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12.薄れていく君の存在

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「そうだ、猫じゃなくて彼女だったんだっけな」

熊谷さんまでそんなことを言い出す。

「そうそう、彼女のこと猫なんて言ってたのよね、工藤君。名前なんだっけ。おかしいな、ド忘れしちゃった」
「あの……おふたりは僕の恋人のことを知っているんでしょうか? そもそも、僕には恋人がいたんでしょうか?」

 おかしなことを聞いている自覚はある。梨花さんも熊谷さんも不思議そうな顔をして僕のことを見ていた。

「知っているというか、仲良くさせてもらってたと思うんだけど。どうしたの? もしかして、別れたとか?」
「わからないんだ。なんだか思い出せなくて」
「思い出せないって、記憶喪失ってこと? でもそんな感じもしないわよね。わたしたちのことは覚えているわけだし」
「そうなんだよ。仕事のことも試験のこともちゃんと覚えてるのに、彼女のことだけすっぽり抜けているような気がして。こんなこと聞くのも変だけど、僕と彼女は一緒に住んでいたんだよね?」

 梨花さんは首を傾げながら、うーんと唸った。

「一緒に住んでいたことは覚えているの?」
「いや、それも記憶にないんだ。だけど、部屋に見慣れない服とかいろいろあって。まるで彼女の存在だけが消えてしまったみたいな感じ」
「わたしもね、なんだか話しているうちに記憶が曖昧になってきた気がするの。親しかったはずなのに、今は名前も顔も思い出せないし。そもそも工藤君に彼女がいたって断言できる自信もなくなってきちゃった。不思議ね」

 彼女はたしかに存在していたはずなのに、少しずつみんなの記憶から消えていっている。そんな感じがした。忘れたくなんかないのに、手を伸ばせば伸ばすほど、彼女の存在が曖昧になっていく。僕はどうしたらいいんだろう。
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