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12.薄れていく君の存在

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「おかえりなさい」
「ただいま。工藤連れてきた」

 熊谷さんの横から顔を出して、梨花さんに挨拶をする。

「梨花さん、こんばんは」
「工藤君、いらっしゃい。あ、でもひとり増えるとなると……足りるかなあ。ま、大丈夫か。とにかく上がって。すぐ用意するから」

 梨花さんはにこりと笑うと、身を翻して廊下の奥に駆けていく。

「あの、僕本当に今日来てよかったんですか。やっぱり突然お邪魔するのはご迷惑だったんじゃ……」
「大丈夫。梨花のすぐは本当にすぐだから」

 洗面所で手を洗わせてもらって部屋に入ると、梨花さんはキッチンでせわしなく動いていた。

「何か手伝おうか」
「もうできるから大丈夫。あ、でも手伝ってくれるならこれ運んでくれる?」

 ことりとカウンターの上に置かれたのは、ビーフシチューが注がれた皿。ごろごろと大きめのじゃがいもやにんじんが入っていて、食べ応えがありそうだ。両手で持つと立ち上る湯気が鼻腔をくすぐった。炒めた玉ねぎの甘い匂いに食欲をそそられる。テーブルの上に並べていると、トースターのチン、という音がした。

「バゲットとパスタあるけど、どっちにする? 両方でもいいけど」
「えっと、じゃあ両方で」
「わかった。工藤君意外と欲張りね。いっぱい食べてね」

 ビーフシチューと付け合わせのパスタ、焼きたてのバゲットにサーモンと玉ねぎのマリネ。レストランにでも来たような気分になる。熊谷さんの隣に腰掛け、両手を合わせた。不意に、過去の記憶が頭をよぎる。前に熊谷家にお邪魔したとき、目の前の席も埋まっていた気がする。ここにいたのは、熊谷さんと梨花さんと僕と、彼女?

「工藤君、食べないの?」

 顔の前で手を合わせたまま固まっていた僕の顔を梨花さんが心配そうに覗き込む。慌ててスプーンを手に取り、ビーフシチューを口に運んだ。

「お店出せそうなくらいおいしいよ」
「ありがとう。お世辞だとしても嬉しい」
「いや、お世辞とかじゃなくて。お金払って食べたいくらいだよ」
「そう? じゃあ払ってもらおうかな。あ、そういえば彼女は大丈夫なの? 家で料理作って待ってるんじゃないの?」

 梨花さんは彼女を知っているようだ。やはり、彼女は熊谷家に来たことがあるのかもしれない。
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