満月の夜に君を迎えに行くから

桃園すず

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11.君がいない部屋で僕はひとり

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 布団も掛けず、ベッドに突っ伏して眠っていたようだ。体は重く、節々も少々痛む。それでも今日も仕事があるから、朝ごはんを食べて支度をする。なぜかパンを一度に二枚焼いてしまって、二枚目は冷めて固くなったものを食べる羽目になった。歯磨きをしようとして、ふと手を止める。

(どうして歯ブラシが二本あるんだ?)

 コップに寄り添うように並んだその二本の歯ブラシは、まるで僕以外の誰かがこの家にいることの証のようだ。でも、僕にはそんな相手はいない。妙だと思いながらも自分の歯ブラシを手に取る。鏡に映る自分の顔はなかなか酷い。昨晩の記憶が曖昧だけど、寝付けなかったのだろうか。目の下には青黒いクマがくっきり。目蓋は腫れぼったい。口をゆすいだ後、冷水で顔を洗った。

 クローゼットを開けて、愕然とした。覚えのない女性用の衣服がたくさん並んでいたのだ。女装の趣味があるわけでもないし、意味がわからない。改めて見回すと、家の中は違和感だらけだった。冷蔵庫にしまわれていた餃子は、買ってきたものにしては見た目が酷かった。コンロの上には最近使ったであろうフライパンが出しっぱなしだし、洗いカゴには見慣れないボウルが積まれていた。

 色々と気になるし、正直怖かったけれど、遅刻するわけにもいかないから慌てて家を飛び出した。昨日の土砂降りが嘘みたいな晴天で、乾いた風が頬を撫でる。いつの間にかすっかり秋めいていて、羽織りなしでは肌寒く感じた。

――ちりりん。

 鈴の音がして、足を止める。財布を落としたのかと思って、足元を確認した。背負っていたショルダーバッグの口はちゃんと閉まっていたけれど、念のため中を見てみる。財布はちゃんと鞄の中にあった。でも、ファスナーにつけていたはずの鈴がなくなっていた。

(鈴、なくしちゃったんだっけ……?)

 再び前を向くと、路地の隅からこちらを見つめる金色の瞳が目に入った。黒猫がじっと僕の様子を窺っている。一歩近づくと、物陰に逃げてしまった。野良猫なら警戒心が強くてあたりまえだ。だけど、無性に寂しくて、悲しかった。
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