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9.僕に与えられた試練
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一日の勤務を終え、シャワーで濡れた髪を拭いながらロッカー室に戻ろうとしたとき、吉野さんに声をかけられた。事務所ではなく、工場内のすみに呼び出されると、バインダーを手渡される。僕が提出したチェックリストだ。
「どうかしましたか?」
問いかけながらひとつひとつ確認していたら、一番下の項目が未チェックだったことに気がついた。
「あれ、すみません。おかしいな」
点検項目を見てみると、確認した記憶はあるのに記載だけが漏れているようだった。そうだとしても、ミスはミスだ。ぼんやりしていたのだろうか。仕事にも支障が出るだなんて、やっぱり余計なことを考えている場合ではないようだ。
「実はさ、今日が初めてじゃないんだ」
「初めてじゃない?」
吉野さんの声に顔を上げる。まだ猫だった鈴音を迎えにいったあの日から、もう二度とこんなことはないようにと気を引き締めて仕事に取り組んできたはずだ。それなのに、こんなどうしようもないミスが何度もあっただなんて、正直信じられない。
「いつからですか?」
「この一週間くらいかな」
「そんなに前から……本当にすみませんでした」
「工藤、違うんだ。よく見てみて。一度書いたのを消した跡があるように見えない?」
吉野さんが指さす箇所を確認すると、うっすらとチェックをつけた跡が見えた気がした。
「それってつまり?」
「誰かが消したってことじゃないかな」
誰かが。そう言われて田辺さんの顔が思い浮かぶ。けれど、証拠も何もないのにそう決めつけるのはよくない。
「すみません。消せるようなもので書いていた僕がいけないですよね。次からペン変えます」
「いや、そのままでいい。しばらくこのまま様子を見て、犯人を特定しよう」
犯人、という言葉はどうにも物騒な響きだ。僕を陥れようとしていることに、そして吉野さんにまで迷惑をかけたそいつに、苛立ちを感じないわけではない。だけど、できることなら穏便に済ませたい。
吉野さんとふたりで事務所に戻ると、ちょうどロッカー室から出てきた田辺さんと出くわした。彼がやったと決まったわけではない。何事もなかったように振舞いつつ、お疲れ様です、と軽く頭を下げる。
「ねえ、工藤君。俺たち歳近いしさ、仲良くしようよ。この後飲みに行かない?」
「どうかしましたか?」
問いかけながらひとつひとつ確認していたら、一番下の項目が未チェックだったことに気がついた。
「あれ、すみません。おかしいな」
点検項目を見てみると、確認した記憶はあるのに記載だけが漏れているようだった。そうだとしても、ミスはミスだ。ぼんやりしていたのだろうか。仕事にも支障が出るだなんて、やっぱり余計なことを考えている場合ではないようだ。
「実はさ、今日が初めてじゃないんだ」
「初めてじゃない?」
吉野さんの声に顔を上げる。まだ猫だった鈴音を迎えにいったあの日から、もう二度とこんなことはないようにと気を引き締めて仕事に取り組んできたはずだ。それなのに、こんなどうしようもないミスが何度もあっただなんて、正直信じられない。
「いつからですか?」
「この一週間くらいかな」
「そんなに前から……本当にすみませんでした」
「工藤、違うんだ。よく見てみて。一度書いたのを消した跡があるように見えない?」
吉野さんが指さす箇所を確認すると、うっすらとチェックをつけた跡が見えた気がした。
「それってつまり?」
「誰かが消したってことじゃないかな」
誰かが。そう言われて田辺さんの顔が思い浮かぶ。けれど、証拠も何もないのにそう決めつけるのはよくない。
「すみません。消せるようなもので書いていた僕がいけないですよね。次からペン変えます」
「いや、そのままでいい。しばらくこのまま様子を見て、犯人を特定しよう」
犯人、という言葉はどうにも物騒な響きだ。僕を陥れようとしていることに、そして吉野さんにまで迷惑をかけたそいつに、苛立ちを感じないわけではない。だけど、できることなら穏便に済ませたい。
吉野さんとふたりで事務所に戻ると、ちょうどロッカー室から出てきた田辺さんと出くわした。彼がやったと決まったわけではない。何事もなかったように振舞いつつ、お疲れ様です、と軽く頭を下げる。
「ねえ、工藤君。俺たち歳近いしさ、仲良くしようよ。この後飲みに行かない?」
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