58 / 96
8.君のことばかり考えてしまう
4
しおりを挟む
出かけるのがよほど楽しみだったのか、鈴音はうきうきと歩いている。いつもは手を繋いでいたけれど、今日はなぜか腕を絡ませてくるから困る。なんだかこれって、デートみたいじゃないか。
「タクミ、デートみたいだな」
「え? ただ買い物に行くだけだろ」
心の中を読まれたのかと思って焦った。僕にとってデートなんて縁遠いもので、鈴音以外に女の子とふたりきりで出かけたことなんてなかった。いつもより身だしなみに気を配って、大切だと思う女の子と寄り添って歩いているだけで、浮かれてしまう僕の心を見透かされたような気持ちになる。
「ドラマで見た。恋人とふたりで出かけたらそれはデートじゃないのか?」
「恋人って言っても、僕らはそのフリをしているだけだし」
「じゃあ、本物の恋人になったらいい。鈴音はタクミのこと好きだ。大好きだ。タクミは鈴音のこと嫌いか?」
「嫌いじゃないよ。だけど……」
鈴音は恋人というものがどんなものだかわかっているのだろうか。続きの言葉を紡げないまま黙り込んだ僕の手を鈴音が両手で包み込む。それから、僕の指に自分の指を絡ませてくる。
「……わかった。フリでいい。でも、恋人はこうやって手を繋ぐらしいんだ。外ではこうしよう」
鈴音の白くて細い指と重なると、僕の指の汚れが際立つ。洗っても落ちないこの汚れが、疎ましい。油汚れだけでなく、かさついてささくれ立った指先が僕は嫌いだ。
「タクミの手、好きだ」
「僕は嫌いだよ。こんな、汚くてみっともない手」
「そんなことない。優しくて、あったかい。タクミらしい手だ」
翳りのない瞳でまっすぐに見つめてくる鈴音の言葉に、きっと嘘なんてない。鈴音が好きだと言ってくれるのなら、こんな醜い手でもいつか好きになれるかもしれない。
「鈴音、好きだよ」
どうしようもなく愛おしくなって、言わないつもりでいた言葉がこぼれ落ちた。その言葉に重なるように、自転車に乗った少年たちの声が僕たちを追い越していく。届かなかったかもしれない。それなら、それでもいい。むしろそのほうがいい。
「タクミ、何か言ったか? よく聞こえなかった」
「別に。ありがとうって言っただけ」
「タクミ、デートみたいだな」
「え? ただ買い物に行くだけだろ」
心の中を読まれたのかと思って焦った。僕にとってデートなんて縁遠いもので、鈴音以外に女の子とふたりきりで出かけたことなんてなかった。いつもより身だしなみに気を配って、大切だと思う女の子と寄り添って歩いているだけで、浮かれてしまう僕の心を見透かされたような気持ちになる。
「ドラマで見た。恋人とふたりで出かけたらそれはデートじゃないのか?」
「恋人って言っても、僕らはそのフリをしているだけだし」
「じゃあ、本物の恋人になったらいい。鈴音はタクミのこと好きだ。大好きだ。タクミは鈴音のこと嫌いか?」
「嫌いじゃないよ。だけど……」
鈴音は恋人というものがどんなものだかわかっているのだろうか。続きの言葉を紡げないまま黙り込んだ僕の手を鈴音が両手で包み込む。それから、僕の指に自分の指を絡ませてくる。
「……わかった。フリでいい。でも、恋人はこうやって手を繋ぐらしいんだ。外ではこうしよう」
鈴音の白くて細い指と重なると、僕の指の汚れが際立つ。洗っても落ちないこの汚れが、疎ましい。油汚れだけでなく、かさついてささくれ立った指先が僕は嫌いだ。
「タクミの手、好きだ」
「僕は嫌いだよ。こんな、汚くてみっともない手」
「そんなことない。優しくて、あったかい。タクミらしい手だ」
翳りのない瞳でまっすぐに見つめてくる鈴音の言葉に、きっと嘘なんてない。鈴音が好きだと言ってくれるのなら、こんな醜い手でもいつか好きになれるかもしれない。
「鈴音、好きだよ」
どうしようもなく愛おしくなって、言わないつもりでいた言葉がこぼれ落ちた。その言葉に重なるように、自転車に乗った少年たちの声が僕たちを追い越していく。届かなかったかもしれない。それなら、それでもいい。むしろそのほうがいい。
「タクミ、何か言ったか? よく聞こえなかった」
「別に。ありがとうって言っただけ」
1
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる