48 / 96
7.君がいることがあたりまえになって
1
しおりを挟む
仕事終わりに熊谷家に立ち寄った。すぐに帰るつもりだったのに、夕飯を用意しているから、と梨花さんに引き留められる。断るのも失礼だから厚意に甘えることにした。
「タクミ、鈴音も手伝ったんだ。にんじんの皮むきした」
「へー、僕より料理できるんじゃない? ケガしなかった?」
「大丈夫だ。ピーラーっていうのは便利だ。タクミもきっとできる」
「そっか」
全くと言っていいほど料理をしないから、家にある調理器具はほとんど購入直後の状態のままだ。包丁とまな板、フライパンは一応持ってはいるが、活躍したことは片手で数える程度。鍋もあるけど、卵を割り落とすだけのほとんど具なしラーメンをごく稀に作るくらい。それすら面倒だと思ってしまう。
だけど、自炊っていうのは本格的に考えたほうがいいかもしれない。鈴音のためにあれこれ買ってしまったから、今月はかなり厳しい。色々と考えているうちに、食卓に座らされた。色鮮やかな料理が並び、ふんわりと出汁の匂いが広がると、食欲をそそられる。
「鈴音がむいたにんじん、これだ」
鈴音は嬉しそうに煮物のにんじんを指差した。皮むいただけじゃん、なんて言うのは野暮だ。鈴音が指差したにんじんを箸でつまみ、口に運ぶ。
「どうだ、おいしいか?」
きっと味付けは梨花さんがしたんだろうけど。にんじんの甘みが引き立つようなちょうどよい塩加減で、文句なしにおいしい。
「うん、おいしいよ。鈴音、すごいね」
「そうか。タクミ、家でも作ってやろう」
「え、ひとりで作れるの?」
鈴音があまりにも得意げに言うから、少し不安になって梨花さんの顔を見る。
「私は隣で指示してただけで、実際に手を動かしていたのは鈴音ちゃんなの。だから、手順さえ覚えちゃえばできるんじゃないかな。あとでレシピ渡すね。鈴音ちゃんね、工藤君に喜んでもらいたいって張り切ってたのよ」
「え、そうだったんだ。すごいな、鈴音は」
「そうだ。もっと褒めてくれ。タクミ、頭も撫でてくれていい」
鈴音の期待に満ちた目にたじろぐ。熊谷さんたちが見ている前でなんて恥ずかしすぎる。
「えっと……帰ったらね」
「今してあげたらいいのに」
「そうだ。鈴音は今してほしい」
頭をずいっと僕の目の前に突き出して、鈴音は僕が撫でるのを待っていた。どうして僕がこんなにも振り回されるのか。ちょっとむかついて、鈴音の頭をわしゃわしゃと、それこそ猫を撫でまわすみたいにしてやった。そのせいで、鈴音の髪が少し乱れてしまったけど、そんなの知ったことか。
「タクミ、鈴音も手伝ったんだ。にんじんの皮むきした」
「へー、僕より料理できるんじゃない? ケガしなかった?」
「大丈夫だ。ピーラーっていうのは便利だ。タクミもきっとできる」
「そっか」
全くと言っていいほど料理をしないから、家にある調理器具はほとんど購入直後の状態のままだ。包丁とまな板、フライパンは一応持ってはいるが、活躍したことは片手で数える程度。鍋もあるけど、卵を割り落とすだけのほとんど具なしラーメンをごく稀に作るくらい。それすら面倒だと思ってしまう。
だけど、自炊っていうのは本格的に考えたほうがいいかもしれない。鈴音のためにあれこれ買ってしまったから、今月はかなり厳しい。色々と考えているうちに、食卓に座らされた。色鮮やかな料理が並び、ふんわりと出汁の匂いが広がると、食欲をそそられる。
「鈴音がむいたにんじん、これだ」
鈴音は嬉しそうに煮物のにんじんを指差した。皮むいただけじゃん、なんて言うのは野暮だ。鈴音が指差したにんじんを箸でつまみ、口に運ぶ。
「どうだ、おいしいか?」
きっと味付けは梨花さんがしたんだろうけど。にんじんの甘みが引き立つようなちょうどよい塩加減で、文句なしにおいしい。
「うん、おいしいよ。鈴音、すごいね」
「そうか。タクミ、家でも作ってやろう」
「え、ひとりで作れるの?」
鈴音があまりにも得意げに言うから、少し不安になって梨花さんの顔を見る。
「私は隣で指示してただけで、実際に手を動かしていたのは鈴音ちゃんなの。だから、手順さえ覚えちゃえばできるんじゃないかな。あとでレシピ渡すね。鈴音ちゃんね、工藤君に喜んでもらいたいって張り切ってたのよ」
「え、そうだったんだ。すごいな、鈴音は」
「そうだ。もっと褒めてくれ。タクミ、頭も撫でてくれていい」
鈴音の期待に満ちた目にたじろぐ。熊谷さんたちが見ている前でなんて恥ずかしすぎる。
「えっと……帰ったらね」
「今してあげたらいいのに」
「そうだ。鈴音は今してほしい」
頭をずいっと僕の目の前に突き出して、鈴音は僕が撫でるのを待っていた。どうして僕がこんなにも振り回されるのか。ちょっとむかついて、鈴音の頭をわしゃわしゃと、それこそ猫を撫でまわすみたいにしてやった。そのせいで、鈴音の髪が少し乱れてしまったけど、そんなの知ったことか。
1
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる