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6.僕の過去と夢の話
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お昼に事務所に戻ると、鈴音が従業員たちに囲まれておろおろとしていた。また人見知りしているんだな、と遠巻きに見ていると、僕を見つけた鈴音は一目散に飛んでくる。
「タクミ、仕事終わったか?」
「終わってないよ、これから昼休憩なだけ」
「昼? ごはんか?」
相変わらず食いしん坊だなあと思っていると、従業員たちの視線が集中していることに気づく。鈴音のことを説明しようと口を開いたタイミングで、出前が届いた。わらわらと従業員たちが長机の前に並ぶ。
「ほら、鈴音ちゃんも食べな。俺たちと一緒が嫌じゃなければ」
熊谷さんに声をかけられ、鈴音は顔を綻ばせる。
「食べる。梨花の父、いいやつだな」
「鈴音、ちゃんとお礼して。熊谷さん、すみません、鈴音の分まで」
「くまがい、ありがとう」
鈴音のその一言で、事務所内のあちこちから笑いが漏れる。熊谷さんも笑っていたけれど、帰ったら鈴音には言葉遣いの勉強をさせようと思う。
鈴音は人見知りはするものの、慣れるのは早いようだ。いつの間にか他の従業員たちとも親しげに話している。というよりも、餌付けされているような気がするのはおそらく気のせいではないだろう。
「これはなんだ、このまるいの。おいしい」
「鈴音ちゃん、それは唐揚げだよ。食べたことないの? 俺のひとつやろうか」
「いいのか。ありがたくいただこう」
こんな感じで、鈴音がおいしいと声をあげるたびに誰かしらが自分の皿から分け与えている。鈴音にとってはほとんどのものが初めて食べるものだから、仕方のないことだけど、何度かこれを繰り返すうちに、「工藤はいつも鈴音ちゃんに何を食べさせてるんだ」と僕に苦情が集まった。
「そもそも、鈴音ちゃんと工藤の関係って? 妹とか親戚?」
鈴音を職場に連れてきた時点で、鈴音との関係を明言する必要はあるとは思っていたけれど、こんなにも視線が集まる中で、鈴音を『恋人』と紹介するのはなんだか気が引けた。そういう設定ではあるけど、僕たちはいかがわしい関係ではないから(鈴音の裸を見たことがあるだなんてことは口が裂けても言いたくないし、できれば僕自身の記憶からも消してしまいたいんだ)。
「えっと……幼馴染です」
「タクミ、恋人じゃないのか」
「幼馴染……兼……恋人……です」
結局、言う羽目になった。へえ、と従業員たちは僕と鈴音を交互に見る。僕の思い違いかもしれないけれど、中には下卑た笑いを浮かべる人もいた。やっぱり鈴音をここに連れてくるべきではなかったし、恋人という設定はやめておくべきだったと思った。
「なんで彼女を職場に連れてきたの? 見せびらかしに? かわいいもんね、鈴音ちゃん」
そう言ったのは、田辺さんだった。単なる興味というより、揶揄いを含んだその口調に空気がささくれ立つのを感じた。あからさまな敵意を向けられて、苛立ちが募る。だけど、ここで喧嘩などしては、熊谷さんに迷惑をかけてしまうだけだ。そもそも不用意に鈴音を連れてきた僕が悪い。握りしめた右手をそっと左手で覆い隠した。
「タクミ、仕事終わったか?」
「終わってないよ、これから昼休憩なだけ」
「昼? ごはんか?」
相変わらず食いしん坊だなあと思っていると、従業員たちの視線が集中していることに気づく。鈴音のことを説明しようと口を開いたタイミングで、出前が届いた。わらわらと従業員たちが長机の前に並ぶ。
「ほら、鈴音ちゃんも食べな。俺たちと一緒が嫌じゃなければ」
熊谷さんに声をかけられ、鈴音は顔を綻ばせる。
「食べる。梨花の父、いいやつだな」
「鈴音、ちゃんとお礼して。熊谷さん、すみません、鈴音の分まで」
「くまがい、ありがとう」
鈴音のその一言で、事務所内のあちこちから笑いが漏れる。熊谷さんも笑っていたけれど、帰ったら鈴音には言葉遣いの勉強をさせようと思う。
鈴音は人見知りはするものの、慣れるのは早いようだ。いつの間にか他の従業員たちとも親しげに話している。というよりも、餌付けされているような気がするのはおそらく気のせいではないだろう。
「これはなんだ、このまるいの。おいしい」
「鈴音ちゃん、それは唐揚げだよ。食べたことないの? 俺のひとつやろうか」
「いいのか。ありがたくいただこう」
こんな感じで、鈴音がおいしいと声をあげるたびに誰かしらが自分の皿から分け与えている。鈴音にとってはほとんどのものが初めて食べるものだから、仕方のないことだけど、何度かこれを繰り返すうちに、「工藤はいつも鈴音ちゃんに何を食べさせてるんだ」と僕に苦情が集まった。
「そもそも、鈴音ちゃんと工藤の関係って? 妹とか親戚?」
鈴音を職場に連れてきた時点で、鈴音との関係を明言する必要はあるとは思っていたけれど、こんなにも視線が集まる中で、鈴音を『恋人』と紹介するのはなんだか気が引けた。そういう設定ではあるけど、僕たちはいかがわしい関係ではないから(鈴音の裸を見たことがあるだなんてことは口が裂けても言いたくないし、できれば僕自身の記憶からも消してしまいたいんだ)。
「えっと……幼馴染です」
「タクミ、恋人じゃないのか」
「幼馴染……兼……恋人……です」
結局、言う羽目になった。へえ、と従業員たちは僕と鈴音を交互に見る。僕の思い違いかもしれないけれど、中には下卑た笑いを浮かべる人もいた。やっぱり鈴音をここに連れてくるべきではなかったし、恋人という設定はやめておくべきだったと思った。
「なんで彼女を職場に連れてきたの? 見せびらかしに? かわいいもんね、鈴音ちゃん」
そう言ったのは、田辺さんだった。単なる興味というより、揶揄いを含んだその口調に空気がささくれ立つのを感じた。あからさまな敵意を向けられて、苛立ちが募る。だけど、ここで喧嘩などしては、熊谷さんに迷惑をかけてしまうだけだ。そもそも不用意に鈴音を連れてきた僕が悪い。握りしめた右手をそっと左手で覆い隠した。
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