満月の夜に君を迎えに行くから

桃園すず

文字の大きさ
上 下
44 / 96
6.僕の過去と夢の話

3

しおりを挟む
 最近は試験日が近づいてきたこともあり、優先的に勉強の手助けになるような作業ばかりを割り当ててもらっている気がする。きっと熊谷さんの計らいなのだろう。分解整備は、規則上手を出すことは許されないけれど、吉野さんがやっているのをそばで見学させてもらえた。

「あの、吉野さんはどうして整備士の仕事をしようと思ったんですか?」

 これまで作業と関係のない話をしたことがなかったからか、吉野さんは少し驚いた顔をしていた。

「そりゃあ、車が好きだからだよ。まあ、俺はクラシックカーが好きで、そういう車を守れる仕事だから興味を持ったってところかな。俺が会いたかった車が来てくれることはほとんどないけどな」
「そうなんですね……この仕事、楽しいですか?」
「やってるときは汚いし、しんどいし、嫌なことばっかりだけどな。まあ、単純だけどお客さんに感謝されれば嬉しいし、常に新しい知識を得られるのも面白いと俺は思ってるよ。工藤は? なんでこの仕事やってみようと思ったの?」

 今朝見た夢を思い出す。元々は、レースメカニックになりたかった。だけど、調べていくうちにそれが簡単ではないことを知ったし、自動車自体に興味を持った今は、整備の仕事ができれば場所はこだわらないという気持ちになっていた。けれど、それはどこかで諦めていたからだとも思う。いずれにしても知識と技術がなければやっていけないのだけど。

「僕も……車が好きだから、ですかね」
「はは、やっぱり工藤もそうなんじゃん」
「そうでした」

 吉野先輩につられて笑うと、何故だか頭をわしゃわしゃと撫でられた。

「なんだ、工藤笑えるんじゃん。しかも、笑うと可愛い」
「なんですか、それ。あんまり嬉しくないです」
「いや、いつも真面目に仕事してるのはわかってるんだけどさ、にこりともしないからなんか色々抱えてるんじゃねえかって心配してたんだよ」

 思い当たる節なら、ある。前の職場で一番信頼していた先輩に、償っても償いきれないような怪我を負わせてしまったから。自分のせいで誰かが傷つくのはもう見たくなくて、人と関わるのを心が拒絶していたのだと思う。

 鈴音や熊谷さん、そして梨花さん。出会ったばかりだけれど、僕の意思とは無関係に関わり合ってくるような人に囲まれたからだろうか。知らないうちに心のガードが取り払われてしまったみたいだ。それは、いいことなのだろうか。僕にはまだよくわからない。でも、今は話を聞いてもらいたい気分だった。

「前に……」
「うん?」
「前の職場で事故を起こしてしまったんです。僕のミスが原因でした」

 吉野さんは手を止めて僕のほうに向き直る。

「その事故で、一番仲の良かった先輩に怪我させてしまったんです。この仕事が大好きだって言ってたのに、きっともうできないんです。僕のせいです。きっと先輩は僕のこと恨んでる」
「……そんなことない。恨むわけないよ」

 吉野さんは僕の肩を掴んで目線を合わせてくる。真剣な表情に思わず息を呑んだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

処理中です...