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6.僕の過去と夢の話
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最近は試験日が近づいてきたこともあり、優先的に勉強の手助けになるような作業ばかりを割り当ててもらっている気がする。きっと熊谷さんの計らいなのだろう。分解整備は、規則上手を出すことは許されないけれど、吉野さんがやっているのをそばで見学させてもらえた。
「あの、吉野さんはどうして整備士の仕事をしようと思ったんですか?」
これまで作業と関係のない話をしたことがなかったからか、吉野さんは少し驚いた顔をしていた。
「そりゃあ、車が好きだからだよ。まあ、俺はクラシックカーが好きで、そういう車を守れる仕事だから興味を持ったってところかな。俺が会いたかった車が来てくれることはほとんどないけどな」
「そうなんですね……この仕事、楽しいですか?」
「やってるときは汚いし、しんどいし、嫌なことばっかりだけどな。まあ、単純だけどお客さんに感謝されれば嬉しいし、常に新しい知識を得られるのも面白いと俺は思ってるよ。工藤は? なんでこの仕事やってみようと思ったの?」
今朝見た夢を思い出す。元々は、レースメカニックになりたかった。だけど、調べていくうちにそれが簡単ではないことを知ったし、自動車自体に興味を持った今は、整備の仕事ができれば場所はこだわらないという気持ちになっていた。けれど、それはどこかで諦めていたからだとも思う。いずれにしても知識と技術がなければやっていけないのだけど。
「僕も……車が好きだから、ですかね」
「はは、やっぱり工藤もそうなんじゃん」
「そうでした」
吉野先輩につられて笑うと、何故だか頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「なんだ、工藤笑えるんじゃん。しかも、笑うと可愛い」
「なんですか、それ。あんまり嬉しくないです」
「いや、いつも真面目に仕事してるのはわかってるんだけどさ、にこりともしないからなんか色々抱えてるんじゃねえかって心配してたんだよ」
思い当たる節なら、ある。前の職場で一番信頼していた先輩に、償っても償いきれないような怪我を負わせてしまったから。自分のせいで誰かが傷つくのはもう見たくなくて、人と関わるのを心が拒絶していたのだと思う。
鈴音や熊谷さん、そして梨花さん。出会ったばかりだけれど、僕の意思とは無関係に関わり合ってくるような人に囲まれたからだろうか。知らないうちに心のガードが取り払われてしまったみたいだ。それは、いいことなのだろうか。僕にはまだよくわからない。でも、今は話を聞いてもらいたい気分だった。
「前に……」
「うん?」
「前の職場で事故を起こしてしまったんです。僕のミスが原因でした」
吉野さんは手を止めて僕のほうに向き直る。
「その事故で、一番仲の良かった先輩に怪我させてしまったんです。この仕事が大好きだって言ってたのに、きっともうできないんです。僕のせいです。きっと先輩は僕のこと恨んでる」
「……そんなことない。恨むわけないよ」
吉野さんは僕の肩を掴んで目線を合わせてくる。真剣な表情に思わず息を呑んだ。
「あの、吉野さんはどうして整備士の仕事をしようと思ったんですか?」
これまで作業と関係のない話をしたことがなかったからか、吉野さんは少し驚いた顔をしていた。
「そりゃあ、車が好きだからだよ。まあ、俺はクラシックカーが好きで、そういう車を守れる仕事だから興味を持ったってところかな。俺が会いたかった車が来てくれることはほとんどないけどな」
「そうなんですね……この仕事、楽しいですか?」
「やってるときは汚いし、しんどいし、嫌なことばっかりだけどな。まあ、単純だけどお客さんに感謝されれば嬉しいし、常に新しい知識を得られるのも面白いと俺は思ってるよ。工藤は? なんでこの仕事やってみようと思ったの?」
今朝見た夢を思い出す。元々は、レースメカニックになりたかった。だけど、調べていくうちにそれが簡単ではないことを知ったし、自動車自体に興味を持った今は、整備の仕事ができれば場所はこだわらないという気持ちになっていた。けれど、それはどこかで諦めていたからだとも思う。いずれにしても知識と技術がなければやっていけないのだけど。
「僕も……車が好きだから、ですかね」
「はは、やっぱり工藤もそうなんじゃん」
「そうでした」
吉野先輩につられて笑うと、何故だか頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「なんだ、工藤笑えるんじゃん。しかも、笑うと可愛い」
「なんですか、それ。あんまり嬉しくないです」
「いや、いつも真面目に仕事してるのはわかってるんだけどさ、にこりともしないからなんか色々抱えてるんじゃねえかって心配してたんだよ」
思い当たる節なら、ある。前の職場で一番信頼していた先輩に、償っても償いきれないような怪我を負わせてしまったから。自分のせいで誰かが傷つくのはもう見たくなくて、人と関わるのを心が拒絶していたのだと思う。
鈴音や熊谷さん、そして梨花さん。出会ったばかりだけれど、僕の意思とは無関係に関わり合ってくるような人に囲まれたからだろうか。知らないうちに心のガードが取り払われてしまったみたいだ。それは、いいことなのだろうか。僕にはまだよくわからない。でも、今は話を聞いてもらいたい気分だった。
「前に……」
「うん?」
「前の職場で事故を起こしてしまったんです。僕のミスが原因でした」
吉野さんは手を止めて僕のほうに向き直る。
「その事故で、一番仲の良かった先輩に怪我させてしまったんです。この仕事が大好きだって言ってたのに、きっともうできないんです。僕のせいです。きっと先輩は僕のこと恨んでる」
「……そんなことない。恨むわけないよ」
吉野さんは僕の肩を掴んで目線を合わせてくる。真剣な表情に思わず息を呑んだ。
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