満月の夜に君を迎えに行くから

桃園すず

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5.君のそばで僕はいつかの優しさを思い出す

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「タクミがしてくれるなら我慢する」

 そう言った鈴音は目を瞑って待っている。目を閉じて唇を突き出されると、キスをねだられているように感じられて、ドキドキしてしまう。

「今回だけだからね。明日からは自分でやるように」

 おかしな考えを振り払うように勢いよくシャワーのレバーを倒した。顔にお湯がかからないように気を付けながら洗い流す。水分を含んだ長い髪はずっしりと重たい。見える範囲で泡を落として、最後に地肌を中心にお湯をかける。マッサージするように指先を動かすと、気持ちいいのか鈴音の口元が緩んでいた。

「ほら、これでおしまい。目に入らなかったろ?」
「タクミ、ありがとう」

 そう言った鈴音は、僕の右側に立ったかと思うと、背伸びをして頬に唇を寄せてきた。

「タクミ、大好きだ」

 そう言って、鈴音は風呂場から出ていった。頬に残る柔らかい感触を必死に忘れようとする。鈴音の『好き』は、きっと好きではないはずだ。飼い主とか家族とか、親しい人に対する信頼とかそういった類のものに違いない。そう結論付けて風呂場から出た。

 脱衣所には、用意しておいた着替えが残されていた。床にはいくつも水溜まりができていて、嫌な予感しかしない。着替えの服を掴んで部屋の様子を窺う。鈴音はバスタオルを巻いたまま、ベッドに転がってくつろいでいた。

「鈴音、これ着てって言ったろ。髪もちゃんと乾かさないと風邪ひくよ」
「そうか、忘れていた」

 立ち上がった鈴音は歩きながらバスタオルに手を掛けようとするから慌てて後ろを向いた。

「ここに置いておくから、今度こそ着てね。あとほら、今日買った下着も」

 可愛らしい水色の袋を手に取る。悩んだけれど、どうせ洗濯するときに見るんだから、と袋を開けて中身を取り出した。白地に水色のリボンをあしらった可愛らしいものと、黒の総レースのものが入っていた。梨花さんのチョイスだろうか。

「そうだ、タクミをノーサツするんだった!」
「いや、しなくていいから」

 タグをハサミで切って、重ねて置いておく。

「鈴音、髪乾かしてあげるから服着たらおいで」
「わかった」

 洗面所でドライヤーを出して鈴音を待つ。一応ドライヤーは家にあったけれど、男の髪なんか放っておいてもすぐに乾くし、これまであまり出番がなかった。あの長さでは乾かすのに相当時間がかかりそうだ。鈴音を待つ間に髪の乾かし方を検索する。

「タクミ、黒にしたぞ。見るか?」
「見ません」
「そうか。見たくなったら言ってくれ」
「言いません。ほら、早くおいで」

 鈴音が洗面所に入ってきた。ちゃんと用意した部屋着を着ていてほっと胸を撫で下ろす。
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