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3.君は嵐のように僕の心を乱す

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「鈴音、ちょっとあっち向いて座ってごらん」

 鈴音は訝しげな表情を浮かべながら、僕に背を向けて座った。たっぷりとした黒髪をすくって、ひとつに纏める。紐状になった首輪を括り付けてポニーテールに結い上げる。不格好だけれど、一応なんとかなった。

「とりあえずこれで我慢して。あとでちゃんとしたのまた買ってあげるから」
「ありがとう! タクミ、可愛いか?」

 鈴音が飛びついてきた。視覚的にはカバーできたが、こうも密着されてはあまり意味がない。両肩を掴んで鈴音を引きはがす。金色の瞳をゆらゆらと揺らすと、鈴音は不満そうに唇を突き出した。

「タクミ、鈴音のこと嫌いになったか? いつもはタクミからぎゅうってしてくれるのに」
「昨日までとは違うだろ。混乱してるんだ。こうやってくっつかれると、正直困るよ」

 鈴音は渋々といった様子で座布団の上に座った。まだ何か言いたそうにこちらを見ていたけれど、気づかないフリをした。

 マグカップにドリッパーとフィルターをセットして、コーヒー粉を適量入れる。お湯を少量注ぎ、蒸らしている間に焼きあがったパンを皿に移し、バターをひとかけ乗せた。コーヒーの香ばしい香りが広がってきたのを合図に、渦を描くようにお湯を注ぐ。鈴音はすんすんと鼻を鳴らしてマグカップを覗き込んだ。

「タクミ、それはなんだ?」
「これ? コーヒーっていうんだよ。鈴音は飲めるのかな。苦いからやめたほうがいいよ」
「タクミは苦いのに飲むのか?」
「苦いのがおいしいんだよ。ほら、鈴音、パン焼けたから食べてみな」

 念のためバターを薄めに塗ったほうを鈴音に渡す。人間の姿をしているけれど、今の鈴音という存在のことがよくわからなくて。もしも何か起きてしまったら嫌だから。鈴音のまん丸な瞳が僕を捕らえる。目が合うと、嬉しそうに笑って、顔の前で両手を合わせる。

「タクミ、いただきます」
「いただきます」

 僕もそれに倣って手を合わせた。猫の鈴音もきっと、僕と一緒に『いただきます』を言っていたのだろうと思った。鈴音は猫舌らしく、ふうふう言いながらパンに齧りつく。僕はその様子を静かに見ていた。

 真夜中の冬空みたいな深い黒の髪。パンを頬張り、もちもちと柔らかそうに動く頬はうっすらと桃色に染まっている。長い睫の奥に覗くのは、はちみつ色の瞳。子どもっぽい振舞いで忘れそうになるけれど、目の前にいる女の子は完璧と言っていいくらいの美少女だ。
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