一年で死ぬなら

朝山みどり

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ローズ

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クレアがお盆に乗せて戻ってきたお茶の匂いを嗅ぐとローズは

「いい匂い、それここに会ったお茶でしょ?淹れ方でそんないい匂いに」と言いながら身を起こそうとした。

クレアは手伝いながら、痩せた背中に胸がつぶれる思いだった。

明るい声で

「いつごろ生まれるの?」と聞いた。

「そろそろらしい。そのときは近所の人が来てくれるって。今も時々様子を見に来てくれるの」

「よかった、周りがいい人で」

「ええ、それにクレアが来てくれた。もう遠慮しない、甘える・・」

そう言いながらローズの目から涙がこぼれ始めた。クレアは黙って痩せた背中をずっと撫ぜた。


様子を見に来てくれた近所の人に薪を使う調理台の使い方を教えてもらった。そのうえ、自分のまだ小さい娘を度々よこしてくれた。

メアリーというその娘が、クレアがやっていた刺繍に興味を持ったのでクレアは少しずつ教えて行った。

そのうち、読み書きができないことがわかったので、字も教えてやった。

メアリーは地面に字を書いて覚えた。

ローズはクレアが来てから、少し元気になったようだが、大半はベッドに寝ていた。


一族はクレアの退学に驚いたが、恥さらしの娘のことがうわさにならないように気をつけた。そしてこっそりとその行方を探したが、ほんの近くにいるクレアの行方はわからなかった。



そして、そのときがやって来た。ローズの出産は長い時間がかかった。

結婚前のお嬢さんがみるものではないと近所の人に止められたクレアは台所でお湯を沸かし続けた。

ときおり聞こえるローズのうめき声が弱まって行くのを、手を振り絞って聞いていた。


やがて聞こえたか細い泣き声にほっとした。しばらくして部屋に招き入れられた。

真っ白い顔をしたローズの隣に赤ん坊が寝かせられていた。ローズの手を握ったがそれは冷たく握り返してはくれなかった。

「お嬢さん、クレアさんだっけ。私たちにお茶をご馳走しておくれ。ローズは寝ている。起こしちゃダメだよ。寝ずに頑張ったからね」


台所でお茶と軽い食事をだすと、付き添いをかわった。

「それじゃ、クレアさん、また来るからね」


皆が帰って静かになった家のなかでクレアは自分の残りの時間の事を考えた。


クレアは知らなかったが、こんなに泣かない赤ん坊はいないらしかった。

泣く力も、乳を吸う力もない赤ん坊はしばらくしたら、死んでしまった。

赤ん坊が死ぬのは珍しくないと近所の者は言った。

お産で弱ったローズは赤ん坊の死を受け止められなかった。彼女が生きられないのはクレアにもわかった。

クレアはローズの寝台のそばにずっと付き添い手を握って過ごした。

ある晩、ローズは意識がはっきりとして、力のある目でクレアの目を見た。

「クレア、私わかったことがあるの。私のあの子は死んじゃったけど母親になれたのよ。こんなうれしいことはないわ。大事な者をこの世に生み出したの。この手に抱いたの。引き換えに死んでもいいのよ。でもあの時に死ななかったのはクレアに伝える為なのよ。母親はお産で死んでも悔いないの。子供を愛しているの。産む前から愛してるの。

子供と引き換えに死ぬくらいどうってことないわ。だからね、クレアのお母様もクレアのことをずっと愛しているの。愛したまんま死んだの。今でも愛しているわよ。だってわかるもの。私もあの子を愛しているもの。

だからクレア、あなたは親を殺して生まれたなんていうやつらは蹴っ飛ばして罵ってやればいいわ。そいつらは愛情を知らない可哀想なやつらよ」

そういうとローズは静かに目を閉じて眠った。

クレアは涙が止まらないままローズの言葉を胸のなかで繰り返した。お母様は私を愛している。いまもずっと愛している。私も、私もお母様を愛している。

誰もクレアに母のことを語ってくれる人はいなかった。だが、すぐに会いに行けるんだ。

クレアは顔も知らぬ母の名を呟いた。「お母様、お母様」

この一語に込められる無限の思いを知った。
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