お江戸を指南所

朝山みどり

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第16話 順三郎からの依頼

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「俳句の師匠に入門したい?」と平治郎は驚いて棒読みでこう言った。
「はい、わたしの知り合いが俳句をやりたいそうで・・・その入るからには実力を示したいと・・・」と順三郎が軽く言った。
「わたしは俳句を教えるのではなく、俳句を習いに行った時に、ちょっとだけやったことがあると見える振る舞いを教えてますので、俳句は素人で・・・」と平治郎は答えると
「そうですか?それではその習いに行く礼儀とか、態度とか?を教えていただけますか?」
「普通に教える程度で宜しければ」と答えると
「お願いいたします。習うのはわたしの知り合いでして」とちょっと言葉を切ったが
「そのわたしもお願いします」と平治郎は頭を下げた。
「承知いたしました。お二人一緒でいいですか?」の言葉に
「もちろんでございます。お師匠様」と答えた。

平治郎が戻った時には朝の準備がすんでいた。
「今日は豆腐屋が来たので奴です。お嬢さんが薬草園の隅に植えていた紫蘇を摘んできました」とトセが言いながら、奴の皿を並べる。

「おぉ上手いなこの豆腐」と平治郎が食べるのを見てトセが
「美味しい方の豆腐屋だったので」と答える。
「ほう?美味しい方と言うのがあるのか?」
「えぇ、美味しいほうと普通のほうですね」とトセが答える。
「美味しいほうが少し高いんですよ。だからですね。どちらも贔屓にしてます」とトセが答えた。
「でも、お父様。普通のほうも普通に美味しいですよ」と千夏が言うと
「それはそうですね」とトセも言った。

なんだか、むずかしいのか可笑しいのか分からなかったが、美味しい豆腐を食べるのはいい事だと平治郎は自分を納得させた。

食後のお茶のとき、俳句の入門者が来ると二人に告げた。一人が順三郎と聞いて千夏は顔が火照った。
「今の季節の俳句を少し作っておいて欲しい。面倒かける。いつ来るのか、まだ決まってないから決まったらすぐに言うから」と言うと順三郎は席を立った。

今日は囲碁の相手だ。いつもの仕事だ。

甘酒の生姜涼しき昼下がり
飛ぶように白き足袋行く梅雨の空
鯉のぼり褒められまたも泳ぎだす
鯉のぼり我が家の鯉が一番だ
来客に誇らしげに出す柏餅
初節句鯉はここから登り初め
梅雨の空白き足袋浮く泳ぐごと
泳ぐごと白い足袋行く通り雨
軒先に白い足袋浮く走り梅雨
軒先に朝顔揺れる通り雨
軒先の朝顔揺れる通り雨

ふと思いついて座布団を日に当てておこうと千夏は取りに行ったがトセが既に干していた。
それならと薬草畑の手入れと思ったが、なんとなく俳句が頭に浮かび、忘れないうちに書きとめようとなるので、一日家のなかをうろうろして過ごした。

一方、本宅では
「シンスケが思い出したそうだな」
「はい、チャラチャラした男を見かけたそうです。シンスケは男の顔をちゃんと思い出したのか?」
「本人はそう言ってますね。ただ、その男が浅生屋に絡んでいるのかどうかは別にして美也子屋のあたりをうろついているのは確かです」
「そうか・・・なんでも美也子屋の者が俳句を始めたそうで・・・同じ門を叩かせようかと、ロクスケを入門させようかと今、仕上げています。俳句友達にふさわしくなってますよ。さすが役者はいいですね。思わぬ拾い物たちです」
「それで、美也子屋が外れたらどうするのか・・・」とため息が聞こえた。
「例の空家。臭いと言った者がいたとこで、見つかりました。あそこを買取りまして、庭に手をいれると言った態で調べました。地面の状態が変わったところが四ヶ所ありましてまだ全部掘り起こしてませんが、一つ掘り起こしたところ見つかりました」
「そうか、なんとも不思議なやつよの。順三郎は」と言うと二人は笑いだした。

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