お江戸を指南所

朝山みどり

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第13話 呉服屋

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さて、千夏とトセはあたらしい足袋を履くと玄関を出た。めずらしく父が家にいるので誘ったのだが家で用事があるというので、二人でまた呉服屋に行くことにした。

今日の千夏は千代の着物を仕立て直した装いだ。千夏を見送る時、平治郎は簪も買ってやらねばと思ってトセにそっと言った。トセは心得顔で頷いた。

今日のトセは風呂敷包みを持っている。それに一枚着物が入っている。

のれんをくぐると番頭がやって来た。トセは驚いたが、流されてはならないと
「少し見せて下さいな」と言った。前回の手代もさりげなくそばによって来たが
「サキチ、あちらのお客様の相談に乗って」と番頭が遠ざけた。
やはり、並んでいる帯は好みだ。と千夏は
「この着物に合わせる帯を探しています」と言った。
「お任せ下さい」と番頭は言うと上がるようにすすめた。
千夏は素直に上に上がり、トセが
「実は着物を一枚持参しました。この着物にも合うものをと思いまして」と言うと
「良いですね。望みをかなえるのがわたくしどもでございます」と言うと
「拝見していいですか?」とトセに言った。それから隅にひかえている小僧を目で呼ぶと
「着物を広げたいのでござを」と言いつけた。

ござに広げた着物を見た番頭は
「これもお嬢様によく似合いそうでございますね。そうですね。お嬢様でしたら、その帯ですと少し物足りないですね。これなどいかがでしょうか?」
と着物に合わせたのは緑と紺と灰色の変わり市松だった。

その帯が着物に重ねられた時、着物は別物になった。
「いいですね」と千夏は言うと帯を手に取り自分の帯の上に重ねてみた。
番頭とトセの目が満足げに細められた。
「お嬢さんこれいいですよ」とトセが言い終わると番頭が
「お嬢様。よくお似合いです」と言った。平凡なセリフだが、番頭は精一杯の賛辞を込めた。
今日はお茶を断って店を出た。
「ちょっと早いけど、この前のお店でお昼にしましょう」と言うことで二人は店に向かった。
「いらっしゃーい」と同じ娘が迎えてくれた。
「こんにちは」と小声で返事すると同じ席に案内して
「今日はカツオのたたきと鯖を炊いたやつ」
「「ひとつずつ」」と声が揃った。
「はい」と娘は離れて行った。
ちょっと早めだと思ったけど、客が多かった。
「こうしてみると、みんなご飯が多い」と千夏が驚いていると
「どうぞ」と料理が来た。
「美味しそう」「まぁ」と思わず言ってしまい
「美味しいですよ」と娘は笑うと入って来た客を
「いらっしゃーい」と迎えた。

さっそく食べ始めたが美味しかった。
もう少しゆっくり食べたいが、ひっきりなしに客が来るからやはり急いで食べて、ちょうど良く娘がお茶のおかわりを注いでくれたのを急いで飲んで席を立った。
「お嬢様。美味しかったですね。食後に甘いものもあればいいんですけどね」とトセが言うと
「ほんとにね」と言っているともう店の前だった。

店に入ると番頭は他の客の相手をしていた。手代がよって来ると
「お嬢様、よくいらっしゃいました」と丁寧に挨拶をした。
「この前」と言いかけると
「覚えております」と手代は答えて上がるようにすすめた。千夏がちょっとためらったのを見たトセが
「ここで」と言ったとき、小僧がやって来て手代に耳打ちした。手代は顔を曇らせたが
「お嬢様、なかでお茶をいかがですか? 一息いれて下さいと番頭が申しております」と言った。トセはそれを聞くと
「お嬢さん、そうしましょう」と言った。

奥に通されてお茶と小さなお饅頭を食べながらトセは
「うん、美味しい。食後の甘いものが欲しかった」とお茶を飲んで
「お嬢さん、次は?」
「次って?」
「いいものありましたか?」
「うん、番頭さんのおすすめを買おうかと」と答えると
「うん、それがいいですね」そう言いながら急須からお代わりを注いで飲むと
「そろそろお迎えが来ますよ。お嬢さん、あまり笑わない方がいいですよ。つんとして」とトセが言っているところに
「お待たせしました」と番頭がやって来た。

「いいえ、お茶が美味しくてゆっくりさせて頂きました」とトセが答えながら立ち上がった。ついで千夏がすっと立った。

番頭は二人を隅に連れて行くと前回のように他の客から見えないように自分の背中で目線を防ぎながら、三反選んだ。
千夏はそのなかで一番派手なのを選んだ。
「いいですね。お嬢さんはもっと派手でもいいですけど・・・」とトセが言うと
番頭は黙って頭を下げると
「確かになにをお召になってもお似合いですね。それとご存知だと思いますが、最近襦袢の袖だけを派手にする工夫がでましてね。今お召の着物を襦袢にしてしまうんですよ。合わせの裏にしてもいいですね」
「なるほど、外側はかっちりしていても内面は嫋かってことでございますね」とトセが見事に食いついた。
「お嬢さん、いいこと聞きました」と言うと番頭のほうを向いて
「お嬢様に似合いのものを見立てていただいてありがとうございます」と挨拶すると
番頭は
「いえ、こちらこそ・・・仕立てたものはお届けさせて下さい」と決意に満ちた声音で答えた。トセは少し迷ったが
「おねがいします」と答えた。
「それでは、そのお手元の風呂敷を持たせていただいて手代がお供致します」隅に控えていた小僧を呼んだ。そして
「いいかい、ゴスケこの包みを持ってお客様のおうちまで一緒に行くんだ。大切に持って行くんだよ」と言った。
「はい、番頭さん」と返事をして包みを持つと
「お嬢様、奥様よろしくお願いします」と頭を下げた。
「では、お嬢さん」とトセは立ち上がった。

すまし顔で店をでた千夏はしばらく歩いてから
「ゴスケさんは五男なの?」と聞いた。
「お嬢様。ゴスケと言って下さい。さんはいりません。それとですね。わたしは七男です。ゴスケはお店で貰った名前です。ニキチ、サキチと上からついていてわたしはゴスケです」とゴスケは答えた。
「そうなの。でもよその小僧さんを呼び捨てはいやだからゴスケさんと呼ぶわね」と千夏が言うとゴスケはちょっと赤くなって
「はい」と答えた。
「あの店に入ってどれくらい?」
「この春で一年です」
「あら、江戸には慣れた?」と千夏が聞くと
「最初は目がまわるようでしたが、平気になりました」
「そう!確かにお店のまわりは賑やかよね。目がまわるかも知れないわね」と千夏が言うのを聞いてトセは
「わたしのうちのまわりは静かだから逆に驚くかもね」と笑って言った。

屋敷について内玄関からゴスケにあがってもらうと台所に座って貰ってトセはお茶の用意をした。
お茶と饅頭で饗されたゴスケは『今日はいい日だ』ともぐもぐしていたが、
一度引っ込んで着替えて、出て来た千夏をみて
「あっ」と驚いた。
「見立てて貰ったもの。毎日着てるの」と千夏が言ったが、ゴスケは千夏が美しくて驚いたのだった。
お茶を飲んだ千夏は
「ゴスケさん近所に美味しいお菓子屋さんがあるの。みんなに持って帰ってあげてね」と言った。
恐縮して遠慮したゴスケだったが、素直に千夏について行ってお菓子を買って貰った。

ゴスケはお菓子を大事に捧げ持って店に戻った。
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