お江戸を指南所

朝山みどり

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第11話 千夏と順三郎

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千夏は毎日新しく仕立てた紬の着物を着ていた。とくに畑の手入れをするときは必ず、着ていた。
トセは千代の単衣を仕立て直している。袖も丈も目一杯伸ばして、仕立てている。
千代好みの帯だと千夏のはっきりした顔には物足りない。やはり帯を買おうとトセは思った。

さて、千夏は薬草園で順三郎が来るのを待っていた。すると
「千夏殿。草むしりですか?」と声がした。
「はい、一日さぼると大変になりますから」と言いながらいそいそと生垣に近寄った。
順三郎は一瞬目を見開いたが、なにもないような顔になり
「お父様はお仕事ですか?」といつもの会話が始まった。
「はい、仕事の準備のようです。今回は人が多くて打ち合わせも大変なようです」

「そうなんですね。忙しいのはいいですが忙しすぎるのは困りますね」

「ほんとにそうですね」と二人が笑っていると

「坊ちゃん。本宅から人が来ました」と六三が呼びに来た。

「すぐに行く」と順三郎は六三に返事をすると千夏に
「これからは時々、手伝いが来ます。庭をうろうろすることもありますけど、びっくりしないで下さい」と言うと戻って言った。


千夏も手入れをそこで切り上げると家に戻った。

その日、夕食の時父が
「明日、この前俳句入門の手伝いをしたものが、やって来る。なにか話したいことがあるらしいのだ。悪いが迎えてやってくれ」と父が、言った。
「入門は無事出来たんですよね。どうしてでしょうか?」とトセが首を捻り
「また俳句を作って置いたほうがいいでしょうか?桜も終わって初夏ですね」と千夏が言うと
「そうだな。それと、千夏その着物なかなか似合っておる。もう一枚くらい仕立てて置いたらどうだ?」と平治郎が言うと
「そうですね」「お父様、他にもあります」と二人は返事をしたが
「仕立てて置いても損はないだろう。千代の着物もいいが、それは千夏らしさがよく出ている」と平治郎が二人を見ながら言った。
「欲しいものは遠慮せずに買っていいからな」と今度はトセを見ながら言うとトセは新しくお茶を入れながら
「はい、旦那様」と返事をして千夏に笑いかけた。
千夏も笑い返したが、『順三郎様はこの着物がお好きかしら』と思っているのに気づいた。頬が赤くなっているようでドキドキしてしまった。

ところで、七人は本宅に行くと先ず着替えを渡されて湯屋に行くように言われた。
翌日からはいろいろなことを聞かれた。喋る本人は気がつかなくても本宅の者はそこから情報を得ていた。
七人は、順三郎の家の他にも隠れ家にしていた空家が他に二件あった。それで世話係となった亀二郎と共に隠したものを取りに行った。七人全員と本宅からの五人とわざと大所帯で向かった。
最初の家は、痛みが酷かった。

「ここは居心地が悪かったから、万が一の時だね」とセンゾウが言うと

「ほんとだよ。ここは嫌だったね。なんか臭いし・・・」とタカが言った。

「それはタカだけが言ってたよな」とリキが笑った。

「わたしは上品なんだよ。だから臭いとすぐわかるんだ」と鼻をつまみながら、タカが言った。

本宅のものたちはそれをにこにこと聞いていた。

二番目の家はここで生活していたということで食器などが残っていた。
「この家にはなにも隠してないんですよ。ここで暮らして時々あの家を見に行って隙を見て金を取ったら江戸から離れようと思ってたんです」とセンゾウが言った。
「大家はなにも言わなかったのか?」と亀二郎が聞くと
「来なかったから・・・」とセンゾウが答えて亀二郎はなるほどと思った。



翌日はひそかに目をつけていたと言う家を亀二郎とシンスケで見に行った。

亀二郎はちょっと驚いていた。どの家もそんなにはずれにあるわけでないのに、なぜか目立たない。そして空家に見えない。
「そのなんだ。ぱっと家を見たらあれは空家ってわかるのか?」
「えぇ、なんとなくわかります。空家って見るのではなくですね。隠れ家を探すんですよ。こんど江戸を歩いて探してみますか?」とシンスケが言うと
「ほかのロクスケとかもわかるのか?」
「そうですね・・・みんな同じだけど一番上手いのは、サキチかな?」
「そうか、サキチと一緒に歩いてみるかな」と亀二郎は言った。
「あそこで甘酒でも飲んで行こうか?」
「良いですね」とシンスケは言うと道の反対側を歩く男をみて「ん?」と思ったがそのまま歩んだ。





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