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第7話 見つけた
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次のお店は店に入った途端に番頭らしきものが近づいて来た。
「ちょっと見せて下さいな」とトセが先に言うと、笑みを浮かべた男が
「どうぞ、ゆっくり見てください」と頭を下げた。
先ほどの店と同じように先客が、反物を見ていて、若い娘が進められて立ち上がると手代が反物を体に当てた。
「いいねぇ」と母親らしき女が言うと
「ございましょう!お嬢様のような方こそでございますね」と手代がごにょごにょと褒めている。
トセはこの一行が気になったが、千夏は見向きもせずに、ある反物を熱心に見ている。
それは染や刺繍で華やかに彩られた店内で異彩を放っていたが、トセの目には華やぎがたりなかった。
「あの・・・」と小さい声だったが、番頭は聞き漏らさなかった。
「これでございますか」と番頭は小さな声で返事をした。
先客とは真逆の応対だ。
トセは先客の動向と千夏の両方に注意を向けられる位置に移動した。
番頭は自分の体で隠すようにして千夏に反物を見せていた。
番頭は商品の説明をしながら千夏の肩に反物をかけるが、千夏は上がり框に腰掛けたままで奥には行かなかった。その様子を見た先客の母親らしき女はふんと鼻を鳴らすと
「そっちもいいねぇ。迷うねぇ」と声高に言った。
トセはこの美味しいものを食べて幸せだった。それでこの幸せを分けてやろうと思い、先客に向かって目を見張って見せた。そして頷いてみせた。
その後も女が聞えよがしに発する言葉にトセは反応し続けた。
その間に番頭は千夏の肩に反物を当て、それぞれを右と左に分けて置いた。番頭の合図で丁稚がやって来ると左に置いた反物を片付けた。そうやって残った二枚を千夏の両肩に一枚ずつ当てると
「お嬢様、どちらもお似合いです。お好きな方に決められるのが・・・」と言った。
「そう、どれも好きだったけど。どっちが・・・」と千夏は少し考え
「今から作れば単衣かしら?」と問うた。
「そうですね。単衣で作りますね。そして涼しくなったら裏地をつけて仕立てればいいですよ」と番頭が答えるとトセは
「お嬢さん二枚いただけば」と言ったが千夏は
「いえ、一枚で充分です。好きなのを年中着ます」と答えた。
「是非そうして下さいませ。これは丈夫ですし、洗いにも強いですよ」と番頭も千夏の意見に賛成した。
「こちらを」と千夏が指さしたのは比べると地味な色合いの方だ。
「ありがとうございます。お仕立ては無料でわたしどもが致します。裏をつけることを考えた仕立てに致しますので・・・ざっくりと縫いますが体に添いますし、解き易い作りです。それでお嬢様これにあった帯をご覧になりませんか?」
と番頭は満面の笑みでこう言った。
結局、トセは先客で遊ぶ暇がなくなった。
番頭が反物に合わせた五本のなかから、一本を千夏と相談して選んだ。番頭はその場に千夏をたたせると素早く寸法をとった。
届けると言う番頭を断り仕立て上がったら取りに来ることにして二人は店を出た。
「お届けします」と言う店の男の声に母親が
「もちろんだよ。二枚もあるんだよ」と声高に言った言葉に千夏はちらっと目線をやり、トセは知らんふりで店を出た。
残念ながら疲れたトセは母親の言葉が耳に入らなかったのだ。
その日、夕食のとき、千夏が着物と帯を注文したことを知ったシゲ子さんは
「お若いときのお嬢様が呉服屋に行くとすぐに番頭がよって来て、反物を何本も肩に当ててねぇ、どれも皆よくお似合いになるから相客も感心して見ていましてねぇ。お嬢様覚えてらっしゃいますよね。旦那様のお名前があるから、ほんとに・・・わざわざ店に行かなくても呉服屋は争って品物を置いて行きましたねぇ」と言った。
「ほんと、袖を通すひまもないくらい着物があって困ったわね。そう言えばまだ実家にもたくさんあるのでは?持って来て千夏に」と言いかけたところで
「いえ、千夏さんは千夏さんでこちらの旦那様が」とシゲ子さんはあわてて遮って
「あちらの旦那様が京へ上るをおっしゃってましたね」と話題を変えた。
「そうでした。旦那様。父は年ですので心配で、わたくしも一緒に行ってよろしいでしょうか?」と千代が言った。
千夏は父が反対したところなど見たことがない。もちろん父は
「あぁいいよ。予定がはっきりしたら改めて教えてくれ」と言うと母に笑いかけた。
「道中着の手配なんかがありますからね」とシゲ子さんが口を挟むと
「あぁ不自由のないようにな」と父が答えた。シゲ子さんは顎をあげると
「あちらの旦那様に抜かりはございません」と答えた。
今日の日記に千夏は呉服屋で飲んだお茶のこと。マグロといわしのこと。仕立て上がった着物を一番に見せたい人のことを書いた。
「ちょっと見せて下さいな」とトセが先に言うと、笑みを浮かべた男が
「どうぞ、ゆっくり見てください」と頭を下げた。
先ほどの店と同じように先客が、反物を見ていて、若い娘が進められて立ち上がると手代が反物を体に当てた。
「いいねぇ」と母親らしき女が言うと
「ございましょう!お嬢様のような方こそでございますね」と手代がごにょごにょと褒めている。
トセはこの一行が気になったが、千夏は見向きもせずに、ある反物を熱心に見ている。
それは染や刺繍で華やかに彩られた店内で異彩を放っていたが、トセの目には華やぎがたりなかった。
「あの・・・」と小さい声だったが、番頭は聞き漏らさなかった。
「これでございますか」と番頭は小さな声で返事をした。
先客とは真逆の応対だ。
トセは先客の動向と千夏の両方に注意を向けられる位置に移動した。
番頭は自分の体で隠すようにして千夏に反物を見せていた。
番頭は商品の説明をしながら千夏の肩に反物をかけるが、千夏は上がり框に腰掛けたままで奥には行かなかった。その様子を見た先客の母親らしき女はふんと鼻を鳴らすと
「そっちもいいねぇ。迷うねぇ」と声高に言った。
トセはこの美味しいものを食べて幸せだった。それでこの幸せを分けてやろうと思い、先客に向かって目を見張って見せた。そして頷いてみせた。
その後も女が聞えよがしに発する言葉にトセは反応し続けた。
その間に番頭は千夏の肩に反物を当て、それぞれを右と左に分けて置いた。番頭の合図で丁稚がやって来ると左に置いた反物を片付けた。そうやって残った二枚を千夏の両肩に一枚ずつ当てると
「お嬢様、どちらもお似合いです。お好きな方に決められるのが・・・」と言った。
「そう、どれも好きだったけど。どっちが・・・」と千夏は少し考え
「今から作れば単衣かしら?」と問うた。
「そうですね。単衣で作りますね。そして涼しくなったら裏地をつけて仕立てればいいですよ」と番頭が答えるとトセは
「お嬢さん二枚いただけば」と言ったが千夏は
「いえ、一枚で充分です。好きなのを年中着ます」と答えた。
「是非そうして下さいませ。これは丈夫ですし、洗いにも強いですよ」と番頭も千夏の意見に賛成した。
「こちらを」と千夏が指さしたのは比べると地味な色合いの方だ。
「ありがとうございます。お仕立ては無料でわたしどもが致します。裏をつけることを考えた仕立てに致しますので・・・ざっくりと縫いますが体に添いますし、解き易い作りです。それでお嬢様これにあった帯をご覧になりませんか?」
と番頭は満面の笑みでこう言った。
結局、トセは先客で遊ぶ暇がなくなった。
番頭が反物に合わせた五本のなかから、一本を千夏と相談して選んだ。番頭はその場に千夏をたたせると素早く寸法をとった。
届けると言う番頭を断り仕立て上がったら取りに来ることにして二人は店を出た。
「お届けします」と言う店の男の声に母親が
「もちろんだよ。二枚もあるんだよ」と声高に言った言葉に千夏はちらっと目線をやり、トセは知らんふりで店を出た。
残念ながら疲れたトセは母親の言葉が耳に入らなかったのだ。
その日、夕食のとき、千夏が着物と帯を注文したことを知ったシゲ子さんは
「お若いときのお嬢様が呉服屋に行くとすぐに番頭がよって来て、反物を何本も肩に当ててねぇ、どれも皆よくお似合いになるから相客も感心して見ていましてねぇ。お嬢様覚えてらっしゃいますよね。旦那様のお名前があるから、ほんとに・・・わざわざ店に行かなくても呉服屋は争って品物を置いて行きましたねぇ」と言った。
「ほんと、袖を通すひまもないくらい着物があって困ったわね。そう言えばまだ実家にもたくさんあるのでは?持って来て千夏に」と言いかけたところで
「いえ、千夏さんは千夏さんでこちらの旦那様が」とシゲ子さんはあわてて遮って
「あちらの旦那様が京へ上るをおっしゃってましたね」と話題を変えた。
「そうでした。旦那様。父は年ですので心配で、わたくしも一緒に行ってよろしいでしょうか?」と千代が言った。
千夏は父が反対したところなど見たことがない。もちろん父は
「あぁいいよ。予定がはっきりしたら改めて教えてくれ」と言うと母に笑いかけた。
「道中着の手配なんかがありますからね」とシゲ子さんが口を挟むと
「あぁ不自由のないようにな」と父が答えた。シゲ子さんは顎をあげると
「あちらの旦那様に抜かりはございません」と答えた。
今日の日記に千夏は呉服屋で飲んだお茶のこと。マグロといわしのこと。仕立て上がった着物を一番に見せたい人のことを書いた。
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