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第5話 呉服屋にて
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父が行きたくないなぁといった様子で家を出ると千夏とトセは買い物に行くために着替えた。このまえキヨちゃんと冗談で言ったようなことをトセが言うのを聞きながら千夏は足袋をはいた。
たしかに足袋だけでも新品が欲しいなと思ったが、弾む気持ちは変わらない。
午前中に一軒行って、父の推薦の飯屋でお昼をすませて午後に一軒まわるつもりだ。
「いらっしゃいませ」の声に迎えられて店に入った。色の洪水だと思った。
二組の先客と店の者がちらりとこちらを見た。
「どうぞこちらへ」案内されたが
「ちょっと見させて貰っていいかしら」とトセは言うと店内をゆっくりと回りだした。千夏もトセについて慎重に草履をすすめた。踵がぱかりと浮かないように気をつけて一足一足歩む。
ふと飾ってある帯に目が行った。今着ている母の小袖にこの帯が合いそうだと思ったが、慎重に・・・と思って他に目をやる。
「お嬢様に見立てて下さいな」とトセが脇に控えていた手代に言うと千夏は案内されるままに腰掛けた。
「お嬢様、こういったものはどうでしょうか?お姿を拝見させていただきまして・・・」と持って来たのは、もう用意されていた反物だった。
それは千夏が思い描いていたものより華やかでなにより大柄で大胆な模様だった。
「今、お召のものも優しくてお似合いですが、せっかくのお嬢様をおもいきり飾るのはいかがでしょうか?」と後半はトセに向かってその手代は言った。
「なるほどね、やっぱりお嬢さんはだれよりも綺麗?」とトセは小声で手代に言った。
「はい、いろいろなお嬢様や奥方様のなかでも・・・お美しくて」と小声で返事が帰って来た。
「正直に申し上げてわたくしども買い物に慣れておりませんので、よくわかりませんで・・・」とトセが言うと先客がちらりとこちらを見て、馬鹿にしたようにふっと笑った。
「さようでございますか?それでしたら、ちょっとこのなかで当ててみて下さい。反物で見るよりよくわかります」と手代がすすめた。トセがうなづいたのを確認して千夏は
「お願いします」と言ったが
「お嬢様、なかに上がられませんか?立ち姿が映えます」と言われてなかに店に上がった。
なかでも華やかな一反を千夏に当てると手代はトセを見た。
トセはうなづいたが
「お嬢様、いかがですか?顔映りもいいですし、柄の華やかさに負けてません」と手代が静かに言った。彼の声は隠しきれない興奮で少し上ずっていたがトセも千夏も気がつかなかった。
それから手代は用意した反物を一枚、また一枚と千夏に当てていった。
「どれもお似合いですね」とトセに話しかけたが、トセは少し疲れた顔になってしまっていた。
どれも似合うのはわかった。故に決められないし、目が疲れたし、いや色々疲れた。
千夏も同じだった。すすめられたのがどれも思ってもみなかった華やかなものばかりで・・・しまいにはどれも同じように見えて来た。
遠くからみていた番頭はここは自分の出番だなとやって来ると
「お嬢様。お茶でもいかがですか。奥にささやかな庭があります」と隅に二人を案内した。確かに小さな庭だったが、手入れの行き届いた苔の緑と松の緑が疲れた目を休めてくれた。
二人がゆっくり話を出来るように手代も番頭も下がって行った。
「お嬢さん、わたくしはお嬢さんは器量よしだと思っておりましたが、今日は圧倒されました。お嬢さんは江戸で一番です。一番の美人です」
「なに言ってるの。反物は?」
「今日は決められません」とトセはきっぱりと言った。
「一応なにか買う?」
「いえ、買いません。一度落ち着きませんと」と言ったあと
「気がついていましたか?他のお客様の目」と小声で言うと間をあけて
「嫉妬の目でした。お嬢様の美しさに嫉妬」とささやいた。
「いやぁね。トセったら」と千夏が言うと
「トセの目は確かです。お茶を頂いたのでお暇してお昼にしましょう」
そういうとトセは立ち上がり千夏も続いた。
なにも買わないのに丁寧に見送られて二人は店を出た。
それから、父親に進められた店に二人は向かった。
たしかに足袋だけでも新品が欲しいなと思ったが、弾む気持ちは変わらない。
午前中に一軒行って、父の推薦の飯屋でお昼をすませて午後に一軒まわるつもりだ。
「いらっしゃいませ」の声に迎えられて店に入った。色の洪水だと思った。
二組の先客と店の者がちらりとこちらを見た。
「どうぞこちらへ」案内されたが
「ちょっと見させて貰っていいかしら」とトセは言うと店内をゆっくりと回りだした。千夏もトセについて慎重に草履をすすめた。踵がぱかりと浮かないように気をつけて一足一足歩む。
ふと飾ってある帯に目が行った。今着ている母の小袖にこの帯が合いそうだと思ったが、慎重に・・・と思って他に目をやる。
「お嬢様に見立てて下さいな」とトセが脇に控えていた手代に言うと千夏は案内されるままに腰掛けた。
「お嬢様、こういったものはどうでしょうか?お姿を拝見させていただきまして・・・」と持って来たのは、もう用意されていた反物だった。
それは千夏が思い描いていたものより華やかでなにより大柄で大胆な模様だった。
「今、お召のものも優しくてお似合いですが、せっかくのお嬢様をおもいきり飾るのはいかがでしょうか?」と後半はトセに向かってその手代は言った。
「なるほどね、やっぱりお嬢さんはだれよりも綺麗?」とトセは小声で手代に言った。
「はい、いろいろなお嬢様や奥方様のなかでも・・・お美しくて」と小声で返事が帰って来た。
「正直に申し上げてわたくしども買い物に慣れておりませんので、よくわかりませんで・・・」とトセが言うと先客がちらりとこちらを見て、馬鹿にしたようにふっと笑った。
「さようでございますか?それでしたら、ちょっとこのなかで当ててみて下さい。反物で見るよりよくわかります」と手代がすすめた。トセがうなづいたのを確認して千夏は
「お願いします」と言ったが
「お嬢様、なかに上がられませんか?立ち姿が映えます」と言われてなかに店に上がった。
なかでも華やかな一反を千夏に当てると手代はトセを見た。
トセはうなづいたが
「お嬢様、いかがですか?顔映りもいいですし、柄の華やかさに負けてません」と手代が静かに言った。彼の声は隠しきれない興奮で少し上ずっていたがトセも千夏も気がつかなかった。
それから手代は用意した反物を一枚、また一枚と千夏に当てていった。
「どれもお似合いですね」とトセに話しかけたが、トセは少し疲れた顔になってしまっていた。
どれも似合うのはわかった。故に決められないし、目が疲れたし、いや色々疲れた。
千夏も同じだった。すすめられたのがどれも思ってもみなかった華やかなものばかりで・・・しまいにはどれも同じように見えて来た。
遠くからみていた番頭はここは自分の出番だなとやって来ると
「お嬢様。お茶でもいかがですか。奥にささやかな庭があります」と隅に二人を案内した。確かに小さな庭だったが、手入れの行き届いた苔の緑と松の緑が疲れた目を休めてくれた。
二人がゆっくり話を出来るように手代も番頭も下がって行った。
「お嬢さん、わたくしはお嬢さんは器量よしだと思っておりましたが、今日は圧倒されました。お嬢さんは江戸で一番です。一番の美人です」
「なに言ってるの。反物は?」
「今日は決められません」とトセはきっぱりと言った。
「一応なにか買う?」
「いえ、買いません。一度落ち着きませんと」と言ったあと
「気がついていましたか?他のお客様の目」と小声で言うと間をあけて
「嫉妬の目でした。お嬢様の美しさに嫉妬」とささやいた。
「いやぁね。トセったら」と千夏が言うと
「トセの目は確かです。お茶を頂いたのでお暇してお昼にしましょう」
そういうとトセは立ち上がり千夏も続いた。
なにも買わないのに丁寧に見送られて二人は店を出た。
それから、父親に進められた店に二人は向かった。
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