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第二章
13話
しおりを挟む「皆さんお話があります」
春蕾は自室へ皆を招き入れると、夜鈴が全ての窓や扉を確認し、春蕾に目配せする。
それを確認した後、春蕾は静かに深呼吸をして、太子と飛龍に向き直った。
「私の本当の名は、司春蕾です。」
「司春蕾…あの司家の下級文官か?!」
「下級文官?!と言うことは、男…?」
春蕾の言葉を聞くなり酷く驚いて、目を丸くする2人。そんな2人を気まずそうな顔で見上げる。いや、実際気まずいなんてものではない。
「だ、だから、この不毛な争いは辞めていただけませんか」
「「…」」
2人は驚いたまま顔を見合わせ、2、3度瞬きをしてから、信じられないという風にまた春蕾をまじまじと見つめる。
まさか奪い合う女が冴えない下級文官だとは思いもしなかっただろう。
「ぷ、あはははははは!!!」
ついに堪えきれなくなった劉帆が盛大に吹き出した。
腹を抱えて大笑いする彼は涙まで流し、隣にいる磊はこの状況にダラダラと冷や汗を流す。
「春麗が…春蕾だったと…。女装までして私に近づいた目的は?」
太子はすぐに鋭い目つきで春蕾を見た。
何か目的があると疑うのも無理はない。
「目的などございません。こうするしかなかったのです。王が直々に夜伽に送った妃が男だったなどと知られては、王や殿下の顔に泥を塗ることになると思い…」
「それで女装をしていたと言うわけか」
太子はなるほどとしばらく考えた後、納得して素直にその言葉を受け止めたらしかった。
これで一先ず誤解は解けて、春蕾の首は守られた。
しかし、まだ納得していない者の存在を忘れてはならない。
「ちょっと待て。では、15年もの間、私に正体を隠していた理由は何だ。」
「15年も前の事など覚えていませんし、飛龍将軍が勝手に勘違いしていただけでしょう。」
「あはははははは本当に面白すぎるのだがくくっ」
春蕾の答えを聞き、いつもより険しい顔になった飛龍に劉帆がまた吹き出して、今度は膝から崩れ落ち、バンバンと床を叩いて大笑いしている。
そんな2人を見て、太子も袖で口元を隠してくすくすと笑っている。
それをばつが悪そうに睨みつける飛龍の視線に気がついた磊が、震え上がりながら劉帆に声をかける。
「劉帆将軍笑いすぎです!!こ、殺されますよ!!」
「面白すぎて無理だあはははははは」
「劉帆…お前…」
「くくく…こんなに笑ったのは久しぶりだ。ありがとう春蕾。ぶはっ!!」
「劉帆将軍!!」
「と、とにかく!私は男ですので、飛龍将軍の妻にも、太子殿下の妃にもなりませぬ」
「「何故だ」」
「へ?」
キッパリと言い切ったのに、間髪入れずに返された予想外の2人の返事に、春蕾は思わず力の抜けた声を漏らした。
先ほど私は男だと言ったよな…?
あれ?…まだ言ってないんだったか…?
なぜか真実を告白した本人が1番混乱した。言葉が見つからずに1人狼狽えている春蕾の手を取って、太子は真っ直ぐに見つめて言った。
「春蕾、私は其方を特別だと思っている。女だからではない。これまで女装をして夜伽に参っていたのだから、これからもそうすれば良いではないか。それならば、王にも他の官僚や侍女達にも其方が男だと気づかれることはないだろう」
「太子殿下。それでは夜伽の意味が…」
「他の妃にも手は出していない。私が手を出すまで誰も子を成せないのだから、少しくらい其方に時間を割いても構わぬだろう」
すると今度は反対の手を取って引き寄せ、飛龍が言う。
「15年も探し回ってやっと見つけたのだぞ。そう易々と手放すつもりはない」
「飛龍将軍…。はぁ…私は男なのですよ?!」
「「構わぬ」」
「構わなくないです!」
正体を明かそうが変わらない2人の姿勢に、春蕾はまた頭を抱える。
どうしてこうも面倒なことになってしまったのか。春蕾はただ、文官として一流になりたかっただけなのに。
「それならば、どちらが先に春蕾を惚れさせるか勝負してはどうです?」
さっきまで笑い転げていた劉帆がまた外野から口出ししてきた。
まるで他人事のように面白がってそんな提案をするものだから、大の大人2人がまさか本気にはしないだろうと思っていたのだが。
「良いだろう」
「臨むところだ」
どうしてこうなるのか…。
こうして2人の貴公子による熾烈な戦いが幕を開けたのである。
「おはよう。愛しい春蕾」
目を開くと、寝台に肘をついてその手に頭を乗せて横になり、美しすぎる笑顔でこちらを見る太子殿下と目が合った。
春蕾は一瞬夢か現実か分からなくなったが、勢いよく飛び起きた。
「ぅあああ!!た、太子殿下?!なぜ私の寝台に!」
「どうも1人寝は寂しくてな」
「毎日夜伽の為に妃が来るでしょう」
「昨日は体調不良だと言って断った。心配する必要はない」
「そう言う問題では…」
春蕾は寝台から抜け出し、急いで準備に取り掛かる。
今日とて大事な仕事が山積みだ。
化粧台で髪を結い、寝癖を整えていると、鏡越しにこちらを見つめる太子殿下と目が合った。
誰かに支度を見られることなど無かったので、見られている事がどこか気恥ずかしくてすぐに目を逸らした。
「おはようございます。太子殿下」
「やあ夜鈴。おはよう」
「朝食を春蕾様とご一緒に召し上がられますか?」
「ぜひ頂こう」
すっかり顔馴染みになり、慣れたように普通に会話を交わす2人に置いてけぼりの主人。
何故太子殿下がこんなに私の部屋に馴染んでいるのだ。分からぬ。
大体何故毎度毎度寝台に潜り込んでくるのだこの殿下は。
見張は何してる?ちゃんと太子殿下を見張れよ…。
「ちょ、ちょっと夜鈴!」
「良いではないか。朝餉の支度は任せて、私たちはもう少しここに居よう」
腰紐をキツく結んで姿見で身だしなみを整えていると、ガバッと後ろから抱きしめられ、肩に顎が置かれた。
寝起きとは思えないほどの美しい顔と鏡越しに目が合って、思わずドキッとしてしまう。
「は、離してください!私は支度をせねばなりませぬ」
「嫌だ…。もう行くのか?今日は休みにできないのか?」
ギュッとさらに力を込められ、肩に顔を埋められる。
こうなった殿下はなかなか離れてくれない。甘えたモードだ。
しかし、下級文官が遅刻するわけには行かないわけで。
「駄目です。仕事が山積みですから」
「そうか…それなら夜まで我慢しよう…」
「また夜伽に呼ぶおつもりですか?!他の妃に不満を持たれます。それに、私といたらお世継ぎに恵まれず、この国が滅びてしまいますよ?」
「子ができるかもしれぬ…」
「私は男ですよ!できません!」
「む…」
不服そうな顔の殿下をなんとか引き剥がし、やっと部屋の扉の前にやってきた。
「執務室まで見送ろう」
「駄目です。殿下が来られては皆何事かと大騒ぎになります」
「ツレないなぁ…」
ガラッ
「春蕾……ん。なぜ太子殿下がこちらに?」
「うわ…」
扉を開けると、腕を組んで仁王立ちする飛龍将軍が待っていた。
春蕾を見つけた後、その後ろに立つ人物を見て、一気に眉を顰める。
「いつからこちらにいたのです?」
「飛龍将軍こそ、春蕾の部屋の前で待ち伏せか?」
「私は武官なのでこの者と共に執務へ向かいますが?」
「ほぅ羨ましいな。春蕾、今夜は楽しみだな?」
文句があるか?とでも言いたげに喧嘩越しに言う飛龍と、目が笑っていない笑顔でその挑発にわざと乗っかる殿下。
2人の間にまた稲妻が轟々と鳴り響く。
「い、いってきます!!!」
春蕾はそんな2人を置いてそそくさと廊下を歩くのだった。
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