剣舞踊子伝

のす

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第一章

10話

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三日三晩、妃の捜索が続けられたが、未だに何の手がかりも掴めず。
それにより、妃を攫った人物がいかに用意周到で、この事件が計画的犯行であったかを示していた。

あの夜から一睡もせずに報告を待つ太子の顔にはクマが出来ており、兵士たちにも疲れの色が見え始めた。
ちょうどその頃、戦場から駆け戻った飛龍と劉帆も王宮へとやって来た。




足早に廊下を歩きながら王宮を守っていた武官と会話を交わす。
武官は、2人の歩く速度に合わせて少し駆け足になっているが、そんなことを気遣ってやれる余裕はない。



「国王陛下の様子は」

「ご自身の部屋から一歩も出られておりません。部屋はもちろん、門や中庭にも兵を配置しておりますので安全かと」

「部屋の警護に当たっているのは誰だ」

「司梓豪(スーズーハオ)将軍です」



司梓豪将軍とは、司家の当主であり、春蕾の父である。
長年戦場で活躍している現役の上級武官で、王や官僚たちからの信頼も厚く、戦でも数多くの武功を挙げてきた剣豪の1人だ。

飛龍と劉帆もその名を聞くだけで安心できた。それと同時に王は彼に任せ、自分たちは太子と妃を守ることに専念することを決めた。




バンッ


「ただいま戻りました」


2人は大広間にいた太子の前に跪き、拱手する。


「よくぞ戻った。雷飛龍将軍、俞劉帆将軍。早速だが、2人と共にもう一度私も妃の捜索にあたる。準備せよ」


太子は椅子から立ち上がり、武官や兵士たちに素早く指示を出ながら、自らも傍に置いた剣に手を伸ばした。
そんな様子を見て、冷静に劉帆が告げる。



「太子殿下、お気持ちは分かりますが、まずは殿下のお命が優先です。妃殿下の捜索は、私と飛龍にお任せを」

「ならぬ。今まさに私の妃の命が危ういのだぞ。ここでのうのうと待つなどできぬ」


ひとまず王と太子の安全を確保すべく、王宮内にとどまるよう飛龍や劉帆が説得するが、太子に何度言っても聞く耳を持たず、酷く取り乱しているのは誰が見ても明らかだった。

それは飛龍とて同じだった。
1人の女のために戦場を放棄し、ここまでやってくるなど、今までの飛龍では考えられない。
劉帆からすれば、こんなに冷静さを失ったこの男を見たことがあっただろうか。と。


その時、ギーッと音を立てながゆっくりと扉が開いた。
暗い影からゆっくりと姿を現したのは、王と並んでも見劣りしないほどの上等な反物や装飾品に身を包んだ上級文官だった。


「太子殿下、将軍方も、そんなに慌てられてどうされたのです?」


この緊迫した状況の中、こちらとは正反対にゆったりとした歩調で歩き、口元には怪しく笑みを浮かべているその男。
太子を守るように飛龍と劉帆が前に立ちはだかり、双璧となって腰の剣に手をかける。


「んふふ。そう焦らなくとも良いでしょう」

「大臣。私の妃が攫われた。犯人は……見当がつくだろうか」


太子はじっと男を睨みつけながら、静かにそう問う。
すると、わざとらしく腕を組んで考える仕草をしてから男は口を開いた。


「ふむ。探している妃というのはもしや…………この前の宴で妃になられた剣舞の踊り子のことですかな?」

「貴様」

「お前。ただの戯れでは済まないぞ」


“剣舞の踊り子”その言葉に反応する太子と飛龍。その反応を見て確信を得たようにまたあの怪しい笑みを浮かべた。
今にも男を殺してしまいそうな剣幕の2人を劉帆が何とか収めようとする。このままでは本当に大臣の息の根を止めてしまいそうである。


「殿下、お下がりください。飛龍も落ち着け!」

「んふふ。どうやらあの女は当たりだったようですな。無事に返して欲しければ、太子殿下、あなたのお命と交換といたしましょう。明日、私の屋敷にお一人でお越しください」

「何故こんなことを」

「簡単なことです。私が王になりたいからですよ。あぁ…そうだ。私に刃を向ければ、女の命など軽く吹き飛ぶことを肝に銘じていてください」


大臣はそう言い残すと高らかに笑って部屋を出ていった。
すぐにでも追いかけて首を刎ねることはできたが、妃の命がかかっている今そんなことはできず、ただ歯をぎりりと鳴らす事しかできなかった。


「やはりあの男が黒幕だったか。仕方ない。私1人で行く。」

「太子殿下、お一人で行かれるのは流石に」

「構わぬ」

「危険です。私どもが共に」

「ならぬ。あの男のことだ。私1人でないと分かれば、本当に妃を殺すかもしれぬ。それだけは決して許さぬ。」


3人は頭を捻った。
他に方法はないか。太子も妃も危険に晒す事なく救い出す方法はないか。

そんな時、1人の少女が名乗りを上げた。


「私なら潜入できるかもしれません」

「君は…」

「春麗様にお仕えしている侍女でございます」


みんなは顔を見合わせた。
確かに武装した男たちが乗り込むより、か弱そうな侍女が行く方が良いだろう。
それに春麗に仕えていた侍女となれば、主人への忠誠心から危険を犯してでも妃の元へやって来るのも頷ける。


「其方の命を危険に晒すことになるぞ」

「構いません。私は剣術も心得ておりますので、いざとなれば戦えます」


太子は少し考えた後、夜鈴の潜入を認め、皆に今回の作戦を伝えた。
夜鈴は今夜大臣の屋敷へ向かい、妃との再会を果たす。将軍2人は闇に紛れて屋敷の裏手から忍び込み、侍従になりすまして内部へ侵入する。
翌日の朝、太子が1人で屋敷を訪ねる。


「良いか。必ず妃を助け出す」

「「はっ」」

「待ってください!それなら私も」

「お前は…なぜここに居る」

「磊…君は今回の件には関係ない。危険だから、ここに残るべきだ」


劉帆が駆け寄ってそう声をかけるが、意志は固いらしく一歩も引こうとはしない。
しかし、磊は下級文官で武術に精通してはいない。いくら助けたいという意思があってもそれでは…


「磊、妃殿下は私が助けるから、君はここにいてくれ。頼むよ」


劉帆は困ったように眉をハの字に下げながら、頭をポンポンと優しく撫でて宥めようとするが、その手を掴んで真っ直ぐに見上げられ、お願いですと頼まれてしまう。


「劉帆将軍、お願いです。私も連れていってください。」

「っ!…//」

「お願いします」

「わ、わかったよ//…ただし、絶対に無茶はしない事。いいね?」

「はい!」


途端に笑顔になる磊に、劉帆はしてやられた。こんな年若い少年に心をかき乱されるとは…。
そんな情けない姿を太子に笑われ、飛龍に呆れられ、散々だったが、こうして5人の妃救出作戦は幕を開けることとなった。
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