剣舞踊子伝

のす

文字の大きさ
上 下
4 / 17
第一章

4話

しおりを挟む


春蕾は部屋の真ん中の卓に磊を座らせ、自ら茶を淹れた。
その姿はとても上級文官、いや貴族の御子息だとは思えなかった。
なぜなら、こんな事は当然侍女が行う仕事であるし、ましてや男の春蕾が茶を淹れるなどありえない事だった。



「私は…………司家の血筋の生まれではないんだ」

「それではどうして司家に?」




春蕾はもともと崔国の外れの村の平民の家に生まれた。貧しく、今日生きるのもやっとな世界。
しかし、春蕾の地獄はこれからだった。

突然、敵国の侵略を受けた村は軍の到着を待たずして壊滅。父は出兵したまま帰らず、母は目の前で殺された。
幼かった春蕾は、戦争孤児として人売りに妓楼へと売られることとなる。

幸い優しい姉たちに囲まれ、世話係をしながら、たまに舞の真似ごっこをして遊んだりもしてくれた。
そんな春蕾は幼い頃にこんなことを聞いた事がある。


「姉さんたちはとっても綺麗なのに、どうして下品な男の相手をするの?」


するとみんな困った顔をして顔を見合わせるだけで、誰も何も答えようとはしない。そんな中、1番年上の姉が静かに口を開いた。


「私たちは春蕾と同じ、売られてここに来たの。だから家の後ろ盾もなければ、お金もない。生きていくためにはこうするしかないのよ。それにね、官僚の方だっていらっしゃることもあるのよ?玉の輿に乗れる事だってある。ほら、この前身請けしてもらった菊蘭だって今きっと幸せなはずよ?」


しかし、その2年後、菊蘭姉さんが死んだと言う知らせが舞い込んできた。

身請けされた僅か3ヶ月後、相手の官僚は正妻を迎え、菊蘭姉さんの元に通うことは無くなった。その後、心を病んで病にかかっても見舞いに来ることはなく、孤独に死んだ、と。


春蕾は心底官僚を憎んだ。
なぜ正妻を迎えたのか、菊蘭姉さんを愛していたのではなかったのか。
悔しくて辛くて憎くて、色々な感情がぐしゃぐしゃになって、ある日の夜、春蕾は妓楼を飛び出した。


行くあてもなく、どこに向かっているかも分からない真っ暗な道をただひたすらに走る。


「まぁ大丈夫?」


力なく地面に倒れていた子供に声をかけてくれた幼いながらも玉のように美しい少女。それが兄の妻となった蓮花だった。
誰よりも美しく着飾っていたその人は、柔らかく微笑むと、汚い子供の涙を高価な反物の裾で拭って、躊躇なく抱きしめた。

そして蓮花の屋敷に連れて来られた春蕾は、蓮花が習っていた楽器の音色に合わせて身体を動かした。妓楼で姉たちがやっていた舞の記憶を頼りに、初めて舞ったのだ。


「貴方、お名前は?」

「…春…蕾…」

「美しい名前ね。貴方はきっと素晴らしい剣の使い手になるわ」


蓮花はそう言うと、妓楼に話をつけて春蕾をある家に連れて行った。
そこが武官の名門、司家であったと言うわけだ。





「そんな過去が…」

「父上は私に剣を持たせて舞わせ、剣術の才を見初めて養子として迎え入れたが、舞うことはできても結局人に刃を向けることはできなかった」

「お優しいのですね」

「父上はそれを良しとはしなかったが…」



誰かにこんな話をしたのは初めてで、その日はなんだか心のつかえが取れたように清々しくなれた。






いつの間にか飛龍も姿を現さなくなり、また噂だけが耳に入るようになった。


戦地へと出向いた男は、次々に敵を蹴散らし、その先々で女を連れ込み、遂には妓楼にまで手を出したと。

それだけ女を抱いているのに、なぜそうも踊り子1人に執着するのか。あの好色っぷりからしてやはり、ただ一時の興味なのだろう。
菊蘭姉さんの二の舞になるくらいなら、いっそ私の手で殺してやろう、春蕾はそんなことも考えた。



飛龍が王宮から姿を消してから約1年後の冬のこと。王宮で王様の即位20年の宴が開かれることになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ヤンデレBL作品集

みるきぃ
BL
主にヤンデレ攻めを中心としたBL作品集となっています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ヤクザに囚われて

BL
友達の借金のカタに売られてなんやかんやされちゃうお話です

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

フルチン魔王と雄っぱい勇者

ミクリ21
BL
フルチンの魔王と、雄っぱいが素晴らしい勇者の話。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

処理中です...