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第一章
4話
しおりを挟む春蕾は部屋の真ん中の卓に磊を座らせ、自ら茶を淹れた。
その姿はとても上級文官、いや貴族の御子息だとは思えなかった。
なぜなら、こんな事は当然侍女が行う仕事であるし、ましてや男の春蕾が茶を淹れるなどありえない事だった。
「私は…………司家の血筋の生まれではないんだ」
「それではどうして司家に?」
春蕾はもともと崔国の外れの村の平民の家に生まれた。貧しく、今日生きるのもやっとな世界。
しかし、春蕾の地獄はこれからだった。
突然、敵国の侵略を受けた村は軍の到着を待たずして壊滅。父は出兵したまま帰らず、母は目の前で殺された。
幼かった春蕾は、戦争孤児として人売りに妓楼へと売られることとなる。
幸い優しい姉たちに囲まれ、世話係をしながら、たまに舞の真似ごっこをして遊んだりもしてくれた。
そんな春蕾は幼い頃にこんなことを聞いた事がある。
「姉さんたちはとっても綺麗なのに、どうして下品な男の相手をするの?」
するとみんな困った顔をして顔を見合わせるだけで、誰も何も答えようとはしない。そんな中、1番年上の姉が静かに口を開いた。
「私たちは春蕾と同じ、売られてここに来たの。だから家の後ろ盾もなければ、お金もない。生きていくためにはこうするしかないのよ。それにね、官僚の方だっていらっしゃることもあるのよ?玉の輿に乗れる事だってある。ほら、この前身請けしてもらった菊蘭だって今きっと幸せなはずよ?」
しかし、その2年後、菊蘭姉さんが死んだと言う知らせが舞い込んできた。
身請けされた僅か3ヶ月後、相手の官僚は正妻を迎え、菊蘭姉さんの元に通うことは無くなった。その後、心を病んで病にかかっても見舞いに来ることはなく、孤独に死んだ、と。
春蕾は心底官僚を憎んだ。
なぜ正妻を迎えたのか、菊蘭姉さんを愛していたのではなかったのか。
悔しくて辛くて憎くて、色々な感情がぐしゃぐしゃになって、ある日の夜、春蕾は妓楼を飛び出した。
行くあてもなく、どこに向かっているかも分からない真っ暗な道をただひたすらに走る。
「まぁ大丈夫?」
力なく地面に倒れていた子供に声をかけてくれた幼いながらも玉のように美しい少女。それが兄の妻となった蓮花だった。
誰よりも美しく着飾っていたその人は、柔らかく微笑むと、汚い子供の涙を高価な反物の裾で拭って、躊躇なく抱きしめた。
そして蓮花の屋敷に連れて来られた春蕾は、蓮花が習っていた楽器の音色に合わせて身体を動かした。妓楼で姉たちがやっていた舞の記憶を頼りに、初めて舞ったのだ。
「貴方、お名前は?」
「…春…蕾…」
「美しい名前ね。貴方はきっと素晴らしい剣の使い手になるわ」
蓮花はそう言うと、妓楼に話をつけて春蕾をある家に連れて行った。
そこが武官の名門、司家であったと言うわけだ。
「そんな過去が…」
「父上は私に剣を持たせて舞わせ、剣術の才を見初めて養子として迎え入れたが、舞うことはできても結局人に刃を向けることはできなかった」
「お優しいのですね」
「父上はそれを良しとはしなかったが…」
誰かにこんな話をしたのは初めてで、その日はなんだか心のつかえが取れたように清々しくなれた。
いつの間にか飛龍も姿を現さなくなり、また噂だけが耳に入るようになった。
戦地へと出向いた男は、次々に敵を蹴散らし、その先々で女を連れ込み、遂には妓楼にまで手を出したと。
それだけ女を抱いているのに、なぜそうも踊り子1人に執着するのか。あの好色っぷりからしてやはり、ただ一時の興味なのだろう。
菊蘭姉さんの二の舞になるくらいなら、いっそ私の手で殺してやろう、春蕾はそんなことも考えた。
飛龍が王宮から姿を消してから約1年後の冬のこと。王宮で王様の即位20年の宴が開かれることになった。
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