REMAKE~わたしはマンガの神様~

櫃間 武士

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三つ目がとおる その4

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 1991年、平成3年8月16日金曜日。

 コミックマーケット40が開催された。

 会場は雅人が押えていた東京国際見本市協会(A館)と東京国際貿易センター(東館+南館1F+西館+新館1・2F)が使用された。

 サークル数は一万一千、参加者数は二十万人と会場が急遽変更されたため前年よりは少なくなっていた。

 これまではただ提出するだけだった見本誌を、開場前に準備会スタッフが修正をチェックする「見本誌チェック制度」を導入することでようやくコミケは開催された。

 また、今回からはコスプレイヤーの過度の露出に対しても自粛の要請が出された。

 コミケカタログのコスプレに関するページが大きく増え、コスプレに関する注意事項の整理も行われた。

 そしてコミケスタッフ内に独立部署として「更衣室担当」が設置され、更衣室とコスプレ広場も拡大した。

 今回参加を申請しているコスプレイヤーは約二百人。

 雅人は事前に参加者リストを調べてみたが、治美の母親である「中谷幸子」の名前は見つからなかった。



 雅人は初めて見るコミケ会場の熱気に圧倒されていた。

 二十万人の汗や体臭、香水や制汗スプレーが混ざり合った何とも言えない匂いがしていた。

「初代手塚治虫没後25周年記念大会」

 この記念大会を開くことだけが雅人が会場を貸し出す際につけた唯一の条件であった。

 雅人は会場に設置された特設会場の舞台袖から客席を覗いてみた。

 既に何百人もの若者たちが集まって来ていた。 

 参加者の中にちゃんと息子の雅之がいることも確認した。

 トラブルもなく歴史通りに雅之がコミケ会場に現れたのを確認し、雅人はほっと安堵の溜息をついた。

 雅之は堅物な自分の父親がこの会場に主催者として来ていることを知ったら腰を抜かすだろう。


 このイベント会場には手塚治虫のキャラクターのコスプレをしていたら優先的に会場に入れるようにしたため、参加者の大半が手塚作品のコスプレをしていた。

 露出の激しい者から何のコスプレだか雅人にもわからない者まで大勢の女性コスプレイヤーがいた。

 この中に治美の未来の母親がいることを雅人は祈った。

「治美、見ているかい?これがお前がずっと夢見ていた晴海のコミケだよ。お前が蒔いたマンガとアニメの種はこれほどの大木に育ったぞ」

 雅人は会場に集まった大勢の若者を見ていて胸が一杯になった。

「おじさん。大丈夫ですか?」

 雅人の身体がふらつくのを見て、背後から横山大作が心配そうに声を掛けたきた。

「いや。ちょっと会場の熱気にあてられただけだよ」

「もう間もなく始まります。それまでここに座って待っていてください」

 大作に言われてスタッフの一人が折り畳みの椅子を持ってきた。

 雅人がよっこらしょっとばかりに椅子に座った。

 すると、冷たいお茶の入った紙コップをセーラー服姿のショートカットの少女が手渡してくれた。

「どうぞ…」

「ありがとう」

 雅人はお茶を飲みながらゆっくりと周囲を見回した。

 舞台袖にはスタッフのTシャツを着た大学生ぐらいの若者が裏方のポランティアとして走り回っていた。

 立ち去ろうとした少女に雅人は尋ねた。

「君は中学生みたいだけど、手塚治虫のフアンなの?」

「違いますよ。私は兄に頼まれて手伝いに来ただけです」

「おにいさんに…?」

「兄たちがお世話になりました」

 少女は恥ずかしそうに微笑みながらペコリとお辞儀をした。

「もしかして、君は正太郎君と大作君の…」

「妹です、手塚のおじさま!」

「おおっ!そうか!そうか!わしは君がまだお母さんのお腹の中にいた頃を知っているのだよ!あの時の赤ちゃんがもうこんなに大きくなっているのか!」

 雅人が嬉しそうに少女と話していると、スタッフシャツを着た大作が息せき切って走って来た。
 
「手塚さん、大変です!石ノ森章太郎先生が来られました!」

 雅人は驚いてスクッと立ち上がった。

 一応招待はしていたが、まさか来てくれるとは思ってもみなかったのだ。

 未来人で今も残って活躍しているのはもはや彼女ひとりだけだった。

 赤いベレー帽をかぶり、黒縁眼鏡をかけた五十前後の婦人がニコニコしながらこちらに歩いてきた。

 かなり老けてはいるが端正な顔立ちは変わっていない。

 間違いない、望月玲奈であった。



 雅人と玲奈は互いの手を取り合って再会を喜んだ。

「石森先生!いや、今は石ノ森先生か!よく来てくださいました!」

「今日は手塚さんの遺作の発表会でしょ。来ないわけありませんわ。それにこれを預かって参りました」

 玲奈は右手に持った小型のジュラルミンケースを掲げて見せた。

「どこか静かな所でお話をしたいのですが…」

「しかし、もう間もなく手塚治虫の遺作発表会が始まります」

 雅人がそう言う同時に、会場の照明が落とされて真っ暗になった。

 舞台上には白いスクリーンが広げられ、オーバーヘッドプロジェクタがスクリーン上に一枚のOHPシートを投影した。

 舞台上のスクリーンには大きく「漫画の女神様」というモノクロのタイトルが映し出された。
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