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ブラック・ジャック その4
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1965年、昭和40年5月8日土曜日。
竜の子プロダクションのSFアニメ『宇宙エース』の第一話が放映された。
♪宇宙の果てで燃えている 星の炎に照らされて
真珠の瞳の少年が 正義のために戦うぞ
「作詞やなせたかし、作曲いずみたくか。随分と豪華なオープニング曲ね」
シルバーリンクにつかまって空を飛ぶパールム星の王子・エースの姿は治美の目にもカッコよく映った。
監督はかつて虫プロでチーフアシスタントをしていた笹川ひろしであった。
彼はこの後、『マッハGoGoGo』『おらぁグズラだど』『ハクション大魔王』と次々とヒット作の監督をしてゆくのだ。
「これがタツノコプロのアニメ作品第一号か…」
アニメ業界全体の発展のために笹川を虫プロに誘わなくてよかったと治美は「宇宙エース」のアニメを観ながら思った。
そして同年8月29日日曜日。
『ビッグX』を作った東京ムービー制作の生活ギャグアニメ『オバケのQ太郎』の放映が開始した。
東京ムービーは『ビッグX』の時はアニメを作るのが初めてだったため悪い業界人に騙されて大赤字になったそうだ。
だがこの『オバケのQ太郎』は大ヒットして日本中にオバQブームを巻き起こすのだ。
このTBSの日曜19時30分から20時という「不二家の時間」枠ではそれまでは「マイティ・マウス」や「ポパイ」といったアメリカのアニメを放映していた。
それがオバQのヒットによりその後は「パーマン」「怪物くん」といった国産アニメが放映され、次第に海外アニメは姿を消していくのだった。
少年サンデーに連載している原作の漫画は、金子俊夫が失踪した後を継いだ藤木の手で好評連載中だった。
当初、藤木だけでは手が回らず、主人公のオバQと正ちゃんは藤木が描き、その他の登場人物は手の早い石森章太郎こと望月玲奈が手伝って描いていたそうだ。
「藤木氏も玲奈さんもうまくやっているみたいね。よかった…」
リビングルームで寝ころんで「オバケのQ太郎」のアニメを観ながら絵コンテを描いていた治美は、手元に置いていた呼び鈴をチリンチリンと鳴らした。
部屋のドアを開け、ナース服を着た岡田悦子がリビングに入って来た。
「はーい!先生、お呼びですかあ?」
「ちょっと疲れちゃった。点滴をお願いするわ」
「はーい!少々お待ちください」
治美は寝室に入るとベッドに横たわった。
岡田は治美の左手の静脈を確認すると消毒し、手際よく針を突き刺して点滴ラインを接続した。
治美は退院後もたびたび体調を崩したのだが、いちいち病院に行く時間が惜しいので、岡田を専任の看護婦としてスカウトしたのだった。
岡田は治美の看護だけではなく、手の空いてる時は漫画のアシスタントもできたので大助かりだった。
岡田の方も大フアンの手塚治虫の世話をできる上に給料も上がるので、大喜びで半蔵門病院を辞めてきたのだった。
「先生は今は何のお仕事をされていたのですか?」
「『鉄腕アトム』の最終回の絵コンテを描いていたのよ」
「えっ!?アトム、終わっちゃうんですか!?昨日もちゃんと放映していましたよ」
「昨日放映されていたのは第131話『ムーン・チャンピオン』の巻だったわね。良い出来だったわ。担当した富野喜幸君はきっと将来大出世するから名前を憶えておきなさい」
「はあ…。とみの よしゆきさんですね…」
「アトムはまだまだ終わらないわよ。1966年の大みそかまで放送するわ。全193話になる予定よ」
「先生はそんな先のことまで決めているのですか!?」
「だってわたし、未来から来たんだもの。この先何がおきるか何でも知っているのよ」
「アハハ!だったら私の未来を占って下さいよ」
「わたしは占い師じゃないわよ」
治美は枕元に置いたコミックグラスを手に取った。
「このメガネはね、未来世界で作られた物なのよ。これから起こることが年表で載っているの」
治美は岡田にコミックグラスを手渡し、岡田は自分の顔にかけてみた。
「ただのメガネじゃないですか!先生!冗談ばっかし!」
(―――昔、昭和の時代にタイムスリップしてきたばかりの頃、エリザおばあちゃんともこんなやり取りしたわね)
治美はコミックグラスを掛けて歴史年表を調べてみた。
「えーとね、9月1日になったら インドとパキスタンが戦争するわ。13日には1970年に日本万国博覧会が大阪で開催される事が決定するわ。24日には 国鉄がみどりの窓口開設…。って聞いてないでしょ!」
点滴袋のチューブを触っていた岡田が慌てて治美の方を見下ろした。
「あっ!?聞いてます!聞いてますよ!」
「もうすぐ10月からは手塚先生の『ジャングル大帝』の放映が始まるわ。来年の2月には小森章子さんの『おそ松くん』、4月には望月玲奈さんの『レインボー戦隊ロビン』。そして12月には横山浩一さんの『魔法使いサリー』のアニメが放映される」
「手塚先生、時々自分で自分のことを『手塚先生』って呼びますよね。変なの!」
「そうかしら」
「小森さんとか望月さんってどなたのことですか?」
「石森先生と赤塚先生の本名よ。みんな、わたしと同じ未来から来た人間なのよ」
「へぇー。未来から来た人間がみんな漫画家になるんですか?おっかしいの!」
「それもこれもわたしがみんなに漫画家になることを薦めたからなの」
「わかった!それって今度の新作漫画のアイデアなんでしょ。でも、あんまりおもしろくないですよ。読者に受けないと思います」
「そ、そうかしら…………」
竜の子プロダクションのSFアニメ『宇宙エース』の第一話が放映された。
♪宇宙の果てで燃えている 星の炎に照らされて
真珠の瞳の少年が 正義のために戦うぞ
「作詞やなせたかし、作曲いずみたくか。随分と豪華なオープニング曲ね」
シルバーリンクにつかまって空を飛ぶパールム星の王子・エースの姿は治美の目にもカッコよく映った。
監督はかつて虫プロでチーフアシスタントをしていた笹川ひろしであった。
彼はこの後、『マッハGoGoGo』『おらぁグズラだど』『ハクション大魔王』と次々とヒット作の監督をしてゆくのだ。
「これがタツノコプロのアニメ作品第一号か…」
アニメ業界全体の発展のために笹川を虫プロに誘わなくてよかったと治美は「宇宙エース」のアニメを観ながら思った。
そして同年8月29日日曜日。
『ビッグX』を作った東京ムービー制作の生活ギャグアニメ『オバケのQ太郎』の放映が開始した。
東京ムービーは『ビッグX』の時はアニメを作るのが初めてだったため悪い業界人に騙されて大赤字になったそうだ。
だがこの『オバケのQ太郎』は大ヒットして日本中にオバQブームを巻き起こすのだ。
このTBSの日曜19時30分から20時という「不二家の時間」枠ではそれまでは「マイティ・マウス」や「ポパイ」といったアメリカのアニメを放映していた。
それがオバQのヒットによりその後は「パーマン」「怪物くん」といった国産アニメが放映され、次第に海外アニメは姿を消していくのだった。
少年サンデーに連載している原作の漫画は、金子俊夫が失踪した後を継いだ藤木の手で好評連載中だった。
当初、藤木だけでは手が回らず、主人公のオバQと正ちゃんは藤木が描き、その他の登場人物は手の早い石森章太郎こと望月玲奈が手伝って描いていたそうだ。
「藤木氏も玲奈さんもうまくやっているみたいね。よかった…」
リビングルームで寝ころんで「オバケのQ太郎」のアニメを観ながら絵コンテを描いていた治美は、手元に置いていた呼び鈴をチリンチリンと鳴らした。
部屋のドアを開け、ナース服を着た岡田悦子がリビングに入って来た。
「はーい!先生、お呼びですかあ?」
「ちょっと疲れちゃった。点滴をお願いするわ」
「はーい!少々お待ちください」
治美は寝室に入るとベッドに横たわった。
岡田は治美の左手の静脈を確認すると消毒し、手際よく針を突き刺して点滴ラインを接続した。
治美は退院後もたびたび体調を崩したのだが、いちいち病院に行く時間が惜しいので、岡田を専任の看護婦としてスカウトしたのだった。
岡田は治美の看護だけではなく、手の空いてる時は漫画のアシスタントもできたので大助かりだった。
岡田の方も大フアンの手塚治虫の世話をできる上に給料も上がるので、大喜びで半蔵門病院を辞めてきたのだった。
「先生は今は何のお仕事をされていたのですか?」
「『鉄腕アトム』の最終回の絵コンテを描いていたのよ」
「えっ!?アトム、終わっちゃうんですか!?昨日もちゃんと放映していましたよ」
「昨日放映されていたのは第131話『ムーン・チャンピオン』の巻だったわね。良い出来だったわ。担当した富野喜幸君はきっと将来大出世するから名前を憶えておきなさい」
「はあ…。とみの よしゆきさんですね…」
「アトムはまだまだ終わらないわよ。1966年の大みそかまで放送するわ。全193話になる予定よ」
「先生はそんな先のことまで決めているのですか!?」
「だってわたし、未来から来たんだもの。この先何がおきるか何でも知っているのよ」
「アハハ!だったら私の未来を占って下さいよ」
「わたしは占い師じゃないわよ」
治美は枕元に置いたコミックグラスを手に取った。
「このメガネはね、未来世界で作られた物なのよ。これから起こることが年表で載っているの」
治美は岡田にコミックグラスを手渡し、岡田は自分の顔にかけてみた。
「ただのメガネじゃないですか!先生!冗談ばっかし!」
(―――昔、昭和の時代にタイムスリップしてきたばかりの頃、エリザおばあちゃんともこんなやり取りしたわね)
治美はコミックグラスを掛けて歴史年表を調べてみた。
「えーとね、9月1日になったら インドとパキスタンが戦争するわ。13日には1970年に日本万国博覧会が大阪で開催される事が決定するわ。24日には 国鉄がみどりの窓口開設…。って聞いてないでしょ!」
点滴袋のチューブを触っていた岡田が慌てて治美の方を見下ろした。
「あっ!?聞いてます!聞いてますよ!」
「もうすぐ10月からは手塚先生の『ジャングル大帝』の放映が始まるわ。来年の2月には小森章子さんの『おそ松くん』、4月には望月玲奈さんの『レインボー戦隊ロビン』。そして12月には横山浩一さんの『魔法使いサリー』のアニメが放映される」
「手塚先生、時々自分で自分のことを『手塚先生』って呼びますよね。変なの!」
「そうかしら」
「小森さんとか望月さんってどなたのことですか?」
「石森先生と赤塚先生の本名よ。みんな、わたしと同じ未来から来た人間なのよ」
「へぇー。未来から来た人間がみんな漫画家になるんですか?おっかしいの!」
「それもこれもわたしがみんなに漫画家になることを薦めたからなの」
「わかった!それって今度の新作漫画のアイデアなんでしょ。でも、あんまりおもしろくないですよ。読者に受けないと思います」
「そ、そうかしら…………」
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