REMAKE~わたしはマンガの神様~

櫃間 武士

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ブラック・ジャック その3

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 治美の読みは当たった。

 治美が退院してすぐに虫プロから「ジャングル大帝」をアニメ化したいという申し出があったのだ。

 ヤマケンは悪びれもせず打ち合わせのために富士見台の虫プロにまで治美に来て欲しいと言ってきた。

 治美は自分の物ではなくなった虫プロを見たくなかったので、逆にヤマケンを呼びつけた。

 結局、治美と親しかった穴見氏が一人で下井草の家にやってきた。



 応接間に通された穴見は治美の顔を見て一瞬顔を曇らせ、それから深々と頭を下げた。

 想像以上に治美の顔色は悪くやつれていたため、穴見はショックを受けたのだ。

「手塚先生、お久しぶりです。入院されていたとお聞きしましたが、お体の方はもうよろしいのですか?」

「ちょっとした胃潰瘍だったからもうすっかりいいのよ。それよりヤマケン君は来ないの?」

「さすがに先生に会うのはバツが悪いのでしょ」

 かつて鉄腕アトムをテレビ局に売り込んでくれた穴見は広告代理店を辞め、今は虫プロで常務をしていた。

「奥さんのワコさんは元気にしてる?」

「妻は先生が虫プロを辞めた後、すぐにアニメーターを辞めました。先生のいない虫プロにはいたくないと言いました」

「まあ!優秀なアニメーターだったのに惜しいわね。わたしがまた新しいアニメスタジオを立ち上げた時には手伝ってもらうわ」

「それで『ジャングル大帝』のアニメ化のお話ですが。先生が七年間の長期に渡って『少年』に連載された長編大河ドラマです。これをオールカラーの連続テレビアニメにしていくつもりです」

「わーい!カラーにしてくれるのね。遂に日本初のカラーテレビアニメができるのね」

「先生。残念ながら日本初のカラーテレビアニメはついこの前フジテレビで放映された『ドルフィン王子』ですよ」

「えっ!?そうだったの!?チェッ!あなたたちがグズグズしているから先を越されちゃったじゃないの!」

「『ドルフィン王子』は全3話ですが『ジャングル大帝』は1年間、52本の長編アニメですよ。スポンサーは三洋電機で『サンヨーカラーテレビ劇場』と銘打ってサンヨーカラーテレビの販売促進のための番組とします。それにアメリカの三大ネットワークのひとつNBCに売り込むことがもう決定しています」

「NBCに!?よかった!」

「それもこれも『鉄腕アトム』のアメリカでの大ヒットがあればこそですよ」

「日本のアニメが世界に羽ばたいてゆくのね!」

 治美は両手を合わせて夢心地でうっとりと宙を見つめた。

「それでですね、実はNBC側からいくつか条件がでてきたのですが…」

「ギクッ!『鉄腕アトム』の時でもアメリカのテレビ局はいろいろ下らない規制を入れて来て苦労させられたのよね」 

「まず何話から放映してもいいように『鉄腕アトム』みたいな一話完結式にして欲しいと言ってきております」

「そんなバカな!『ジャングル大帝』は親子三代に渡る壮大な大河ドラマなのよ。主人公のレオは最初は生まれたての赤ちゃんだったのが成長し、ジャングルの王様になり、結婚して子供もでき、最後は荘厳な死を迎えるのよ。それが順番変えたらストーリーが無茶苦茶になるわ」

「全52話を二つに分けて第一部はレオの子供時代。第二部はレオが大人になってからの話とします。レオは結婚して子供はできますが、最後まで死にません」

「レオ、死なないの?」

「はい!絶対に死にません!」

 治美はハァーと深く溜息をついた。

「―――それで他の条件はなあに?」

「黒人は出さないでほしい」

「えっ!?重要な役で一杯出てくるわよ。そんなの無理だわ!」

「向こうは黒人問題でうるさいんですよ。どうしても出すのなら悪役はダメで、顔はハンサムに描かないといけません」

「条件はそれだけかしら?」

「あと動物愛護協会もうるさいので人間が動物を虐待するシーンはダメです」

「えっ!?レオの父親のパンジャはハンターに殺されて黒人に毛皮を剥がされるんですよ。それでもレオは人間と動物の対立を仲裁するんですよ。どうするんですか?」

「ストーリーはこちらで大幅に変えさせてもらいます」

 治美は「ジャングル大帝」の漫画のラストシーンを思い起こしていた。

 ムーン山調査隊のただ一人の生存者のヒゲオヤジが、レオの形見の毛皮にくるまってイカダで川を下って行く。
 
 すると人間界からジャングルに戻ってきたレオの息子ルネと偶然出会い、レオが死んだことを告げる。

「帰ったらな、お父さんがどんなに立派に死んだかを話してやろう。ごらんよ。…あの雲お父さんにそっくりだ……」

 一人と一匹が見上げた空には、たてがみをなびかせたレオのような形をした真っ白な雲が浮かんでいる。

 アメリカに売りこむためにはあの感動のラストシーンを切り捨てないといけないのか。

「もうどうでもいいわ。好きにしてちょうだい」

「海外に売り出すためです。どうか我慢してください」

「ちなみにタイトルはどうするつもり?」

「まだ決まってきませんが、『Jungle Emperor Leo』なんてどうでしょうか?」

「『ライオンキング』なんてタイトルはどうかしら」

 治美はいたずらっぽく笑った。

 結局アメリカでのタイトルは『Kimba the White Lion』というわけのわからない物になった。

「ストーリーはもうあきらめるから、ひとつだけ私の意見も聞いてもらえるかしら?」

「なんでしょう?」

「音楽にうーんと予算をかけて!予算の三分の一ぐらいは音楽に使って。ミュージカルの要素も取り入れて、画面に合わせてオーケストラに演奏させるのよ」

「音楽に力を入れるのですか!?せっかくカラーにするのですから、作画に力をいれろっとおっしゃるのならわかりますが…」

 治美はコミックグラスを起動して、保存されている数少ない動画ファイルを検索した。

『ジャングル大帝』は第一話だけが保存されていた。

「第一話だけはわたしに絵コンテ切らせて。あとオープニングとエンディングもわたしが作るわ」

「えっ!?でも先生にまかせるとまた大幅にスケジュールが遅れてしまいますからね……」

「ちゃ、ちゃんと最優先で締め切りに間に合わせるわよ!えーと後はねぇ…」

 治美は穴見の前で隠すことなく堂々とコミックグラスを操作し始めた。

「先生?何をされているのですか?」

「うるさいわね!音楽は『ビッグX』で担当してくれた冨田勲さんにまたお願いして。それでオープニング曲はバリトン歌手の平野忠彦さん、エンディング曲はポップス歌手の弘田三枝子さんに歌ってもらうのよ」

「先生!そこまでもう考えてらっしゃるのですか!?」

「ついでに番組に流すCMソングはエノケン、コメディアンの榎本健一に歌ってもらうといいわ。

♪うちのテレビにゃ色がない。

 隣のテレビにゃ色がある。
 
 あらまキレイとよく見たら、サンヨーカラーテレビ!」

「先生!先生が何をおっしゃっているのか私には付いてゆけません!」
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