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ブラック・ジャック その2
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横山の内縁の妻、小森章子が漫画家を辞めたがっていると聞き、治美は心中穏やかではなかった。
「章子さん、もう少しだけ赤塚不二夫役を続けてくれないかしら?ほら、来年には『おそ松くん』もテレビアニメが放映されるのでしょ。なんとかそれまでは頑張ってほしいなあ」
「もう日本には十分テレビアニメが定着していますよ」
そう言って横山はコミックグラスで年表を確認した。
「『スーパージェッター』『宇宙パトロールホッパ』『ドルフィン王子』『宇宙エース』『遊星少年パピイ』『ハッスルパンチ』『戦え!オスパー』…。今年だけでこんなに新しいアニメが放映されますよ」
「でもね、肝心の手塚先生のアニメがないのよ!本当なら1月に『宝島』って1時間アニメが放映されていたのに、虫プロがわたしの企画書をボツにして作ってくれなかったのよ」
「うーむ。確かにここにきて随分と虫プロの歴史が歪んできましたね」
「不思議よね。いままでは割と歴史通りに物事が進んでいたのに」
「僕らみたいな不確定要素が虫プロにいるのではないですか?」
「不確定要素…?」
「何か思い当たることがあるでしょ」
「ヤマケン!彼が虫プロに来てから歴史がどんどん狂ってきたわ!」
横山は大きくうなずいた。
「ヤマケンという人物は、僕らと同じように未来からタイムスリップしてきた人間ではないでしょうか?」
「ヤ、ヤマケンが未来人!?」
治美は驚いたが、確かにそう考えると辻褄が合う。
「何か思い当たることがありませんか?」
「そう言えば、ヤマケンはよく『アニメオタク』って言葉を使っていたわ。わたしは何とも思わなかったのだけど、周りの人たちに『オタク』ってどういう意味か聞かれていたわ」
「それですよ!昭和40年の日本にまだ『オタク』という言葉は生まれていません」
「そっか!ヤマケンも未来人だったのかあ…。だったら一緒に仲良くしてくれたらよかったのに」
「僕らを過去の世界に連れて来た存在と敵対する存在がヤマケンを連れてきたとしたらどうでしょう。僕らは時空間を超越した存在の手駒として代理戦争をやらされているのです」
「面白そうなお話ね。その設定で一本漫画を描いてみたいわ。でもわたしたちとヤマケン、どちらが正義の主人公なのかしら?」
「そりゃあ、勝った方が正義ですよ」
そう言って横山は胸ポケットをまさぐって煙草をさがした。
治美が無言で睨み付けたので仕方なく横山はそばに置いてあった見舞いのバナナを一本手に取った。
「ヤマケンが未来人としたら彼の目的は何かしら?どうして虫プロに入ったの?わたしの邪魔をするため?」
「ヤマケンは未来の知識があるから、売れるアニメの尻馬に乗ろうとしただけのただの俗物でしょう。ヤマケンはアニメの知識はあるが自分ではアニメを作る能力もないそれこそただのアニメオタクですよ」
「なるほどね。言われてみれば確かにそんな雰囲気をしていたわ」
「飽くまでも僕の想像に過ぎませんがね。あいつが未来人だと分かってもどうすることもできませんし、何のお役にも立てません」
「いえ。横山さんのおかげで希望ができたわ」
「それはまたどうして?」
「ヤマケンは金儲けのためだけにアニメを作るのでしょ。だったら売れるとわかっているヒット作ならば虫プロでアニメを作ろうとするはずよ。きっと『ジャングル大帝』や『リボンの騎士』といったヒット作はアニメ化すると思うの」
「でもそれだと、失礼ですが『W3』みたいなあまりヒットしなかったアニメは作らないのではないですか?」
横山の容赦ない指摘に治美はガクッとうなだれた。
「『W3』自体は名作だったのよ。でも裏番組が強すぎたわ」
「『W3』の裏番組って何だったのですか?」
「円谷プロの『ウルトラQ』という特撮よ」
「ああ、なるほどね。怪獣ブームの前にはどんなアニメも太刀打ちできませんね」
「わたしはね、別に有名な作品だけアニメにできたらそれでいいのよ。わたしがアニメを作る目的は、将来わたしのママがそのアニメを観てコミケでコスプレするからよ。そもそもわたしのママ、あまりアニメ見ていなかったから。そんなママがコスプレするのならきっと大ヒットしたアニメだと思うの」
「ふーん。そう言えば治美さんのお母様はどんな方なんですか?きっと治美さんに似てお綺麗な方なんでしょうね」
「ママはとっても美人だったわ。でもわたしとは似ていなかったわ。髪も黒いし楚々とした和風美人よ。わたしはエリザばあちゃんの血を受け継いだのね。実はね、いよいよ再来年になったらママが生まれてくるのよ」
「それはおめでとうございます……と言うのも変ですね。会いに行かれるおつもりですか?」
「それがねぇ、母方の親戚とは付き合いがなくて、ママは東京生まれと言うことしか知らないのよ。もっといろいろ聞いておけば良かったわ」
「でしたら僕が探偵を雇って治美さんのお母様を捜してみますよ。お母様の名前と生年月日を教えてくれますか?」
横山が手帳を取り出して治美に尋ねた。
「ありがとう!ママの居場所が分かれば心強いわ。いざとなったら、どんなに嫌がっても無理やりパパとくっつけてやるわ。ママの名前は幸子。旧姓は確か中谷だったかな。誕生日は昭和48年7月14日よ」
「わかりました。難しいとおもいますが、治美さんのお母様を捜してみましょう」
「ありがとうございます!横山さんは本当に頼りになるわ!いつもいつもずっとわたしの味方をして助けてくれる」
「気にしないで下さい。これは自分のためでもあるんです。治美さんが将来生まれて来ないと僕らの運命も変わってしまいますからね」
「なんだ!そういうことですか!」
「ははは!僕と章子が一緒になれたのも、漫画を描いて暮らしていけるのも、みんな治美さんのおかげですからね。この世界にあなたが来てくれて本当によかった!」
「章子さん、もう少しだけ赤塚不二夫役を続けてくれないかしら?ほら、来年には『おそ松くん』もテレビアニメが放映されるのでしょ。なんとかそれまでは頑張ってほしいなあ」
「もう日本には十分テレビアニメが定着していますよ」
そう言って横山はコミックグラスで年表を確認した。
「『スーパージェッター』『宇宙パトロールホッパ』『ドルフィン王子』『宇宙エース』『遊星少年パピイ』『ハッスルパンチ』『戦え!オスパー』…。今年だけでこんなに新しいアニメが放映されますよ」
「でもね、肝心の手塚先生のアニメがないのよ!本当なら1月に『宝島』って1時間アニメが放映されていたのに、虫プロがわたしの企画書をボツにして作ってくれなかったのよ」
「うーむ。確かにここにきて随分と虫プロの歴史が歪んできましたね」
「不思議よね。いままでは割と歴史通りに物事が進んでいたのに」
「僕らみたいな不確定要素が虫プロにいるのではないですか?」
「不確定要素…?」
「何か思い当たることがあるでしょ」
「ヤマケン!彼が虫プロに来てから歴史がどんどん狂ってきたわ!」
横山は大きくうなずいた。
「ヤマケンという人物は、僕らと同じように未来からタイムスリップしてきた人間ではないでしょうか?」
「ヤ、ヤマケンが未来人!?」
治美は驚いたが、確かにそう考えると辻褄が合う。
「何か思い当たることがありませんか?」
「そう言えば、ヤマケンはよく『アニメオタク』って言葉を使っていたわ。わたしは何とも思わなかったのだけど、周りの人たちに『オタク』ってどういう意味か聞かれていたわ」
「それですよ!昭和40年の日本にまだ『オタク』という言葉は生まれていません」
「そっか!ヤマケンも未来人だったのかあ…。だったら一緒に仲良くしてくれたらよかったのに」
「僕らを過去の世界に連れて来た存在と敵対する存在がヤマケンを連れてきたとしたらどうでしょう。僕らは時空間を超越した存在の手駒として代理戦争をやらされているのです」
「面白そうなお話ね。その設定で一本漫画を描いてみたいわ。でもわたしたちとヤマケン、どちらが正義の主人公なのかしら?」
「そりゃあ、勝った方が正義ですよ」
そう言って横山は胸ポケットをまさぐって煙草をさがした。
治美が無言で睨み付けたので仕方なく横山はそばに置いてあった見舞いのバナナを一本手に取った。
「ヤマケンが未来人としたら彼の目的は何かしら?どうして虫プロに入ったの?わたしの邪魔をするため?」
「ヤマケンは未来の知識があるから、売れるアニメの尻馬に乗ろうとしただけのただの俗物でしょう。ヤマケンはアニメの知識はあるが自分ではアニメを作る能力もないそれこそただのアニメオタクですよ」
「なるほどね。言われてみれば確かにそんな雰囲気をしていたわ」
「飽くまでも僕の想像に過ぎませんがね。あいつが未来人だと分かってもどうすることもできませんし、何のお役にも立てません」
「いえ。横山さんのおかげで希望ができたわ」
「それはまたどうして?」
「ヤマケンは金儲けのためだけにアニメを作るのでしょ。だったら売れるとわかっているヒット作ならば虫プロでアニメを作ろうとするはずよ。きっと『ジャングル大帝』や『リボンの騎士』といったヒット作はアニメ化すると思うの」
「でもそれだと、失礼ですが『W3』みたいなあまりヒットしなかったアニメは作らないのではないですか?」
横山の容赦ない指摘に治美はガクッとうなだれた。
「『W3』自体は名作だったのよ。でも裏番組が強すぎたわ」
「『W3』の裏番組って何だったのですか?」
「円谷プロの『ウルトラQ』という特撮よ」
「ああ、なるほどね。怪獣ブームの前にはどんなアニメも太刀打ちできませんね」
「わたしはね、別に有名な作品だけアニメにできたらそれでいいのよ。わたしがアニメを作る目的は、将来わたしのママがそのアニメを観てコミケでコスプレするからよ。そもそもわたしのママ、あまりアニメ見ていなかったから。そんなママがコスプレするのならきっと大ヒットしたアニメだと思うの」
「ふーん。そう言えば治美さんのお母様はどんな方なんですか?きっと治美さんに似てお綺麗な方なんでしょうね」
「ママはとっても美人だったわ。でもわたしとは似ていなかったわ。髪も黒いし楚々とした和風美人よ。わたしはエリザばあちゃんの血を受け継いだのね。実はね、いよいよ再来年になったらママが生まれてくるのよ」
「それはおめでとうございます……と言うのも変ですね。会いに行かれるおつもりですか?」
「それがねぇ、母方の親戚とは付き合いがなくて、ママは東京生まれと言うことしか知らないのよ。もっといろいろ聞いておけば良かったわ」
「でしたら僕が探偵を雇って治美さんのお母様を捜してみますよ。お母様の名前と生年月日を教えてくれますか?」
横山が手帳を取り出して治美に尋ねた。
「ありがとう!ママの居場所が分かれば心強いわ。いざとなったら、どんなに嫌がっても無理やりパパとくっつけてやるわ。ママの名前は幸子。旧姓は確か中谷だったかな。誕生日は昭和48年7月14日よ」
「わかりました。難しいとおもいますが、治美さんのお母様を捜してみましょう」
「ありがとうございます!横山さんは本当に頼りになるわ!いつもいつもずっとわたしの味方をして助けてくれる」
「気にしないで下さい。これは自分のためでもあるんです。治美さんが将来生まれて来ないと僕らの運命も変わってしまいますからね」
「なんだ!そういうことですか!」
「ははは!僕と章子が一緒になれたのも、漫画を描いて暮らしていけるのも、みんな治美さんのおかげですからね。この世界にあなたが来てくれて本当によかった!」
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