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W3 その6
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マネージャーをしていた雅人がいなくなり、代わりに自らを「ヤマケン」と名乗る東京大法学部出身の山崎賢一が治美のマネージメントをするようになった。
ヤマケンはアニメについては素人で、胡散臭い尊大な青年だったが商才にたけていた。
ヤマケンは次々とアトムのキャラクターを使った広告を取って来た。
ただアニメが好きなだけで採算度外視でアニメを作っていた他のスタッフにはヤマケンの仕事っぶりが新鮮に映った。
治美もヤマケンの辣腕を称賛し、ヤマケンの虫プロでの地位はどんどん上がっていった。
こうして治美はヤマケンを信じてアトムの商品化の一切合切を任せた。
マーチャンダイジングで玩具、文具、菓子、衣料等の商品に鉄腕アトムのキャラクターをつけてもらい著作権使用料で稼ぐ。
この商法は日本ではまだやっているところはなく虫プロが最初だった。
今までは漫画キャラクターの商品化は野放しだったが、ヤマケンは虫プロ内に版権部を作ってしっかりと版権管理を行った。
この版権収入は莫大な金額になり、治美はアニメ制作の赤字の補填ができると大喜びだった。
そんなある日、治美はヤマケンに将来の夢を語った。
「ゆくゆくはアトムを海外市場に進出させたいの。まず最初にアメリカにエージェントを通じて売り込むのよ」
「ハハハハッ!日本人の作ったアニメをアメリカ人が買うわけないでしょ!冗談はよしてください、社長!」
ヤマケンは鼻で笑った。
治美は苛立つ心を抑えて真顔で続けた。
「タイトルは『アストロボーイ』に変えるのよ。『アトム』はアメリカのスラングで『オナラ』という意味があるから」
「海外に進出しなくてもアトムは国内で大人気ですよ。日本のアニメは日本人だけが観ていたらいいんですよ」
「いいえ!わたしは日本のアニメを世界中に広めたいの。その第一歩が『アストロボーイ』なのよ!」
「社長はやはり夢想家ですね。経営者ではない。虫プロの経営は僕にまかせて、社長はせいぜい売れる漫画を描いてくださいよ」
ヤマケンだけはいつも治美のことを「社長」と役職で呼んでいた。
(あっ!わたし、この人無理だ!)
治美がヤマケンに自分とは異質な物を感じ取った。
治美はヤマケンを避けるようになり、鉄腕アトムのアニメにもあまり関わらなくなっていった。
治美はアトムのアニメが順調なので虫プロダクションの運営はスタッフにまかせて、自分は以前のように漫画の執筆だけに力を注ぐようにした。
そんなある日、治美はいつものように仕事場の二階で締め切りに追われて必死に漫画を描いていた。
階下からチーフアシスタントの安村が治美に呼び掛けた。
「先生、横山光輝先生からお電話です」
「横山さんから?珍しいわね」
治美は螺旋階段を下りて行って、一階の黒電話の受話器をとった。
「もしもし!わたしです」
「手塚先生、大変です!藤子不二雄先生が原稿を落としました!」
受話器の向こうから切羽詰まった様子の横山の声がした。
「プッ!」
思わず治美は吹き出した。
「原稿落としたぐらいで何よ!自慢じゃないけどわたしなんか日常茶飯事だわ」
治美は笑いながらあまり自慢にならないことを言った。
「それが少年サンデーの『オバケのQ太郎』だけじゃないんですよ。よいこや小学一年生から小学六年生、すべての連載を落としてしまったそうなんです」
「あらら!本物の藤子不二雄先生が新人の頃、実家に帰省したら全く原稿が描けなくなってすべての連載を落としたって事件は『まんが道』で有名ですものね。金子さんもそんなことまで本物のマネして再現しなくていいのに」
「いやー、どうもわざとじゃないみたいですよ。金子さんが失踪したって噂もあるんですよ」
「そんなバカな!」
翌日、治美は横山と示し合わせて金子の様子を見に行くことにした。
その頃の金子はトキワ荘の四畳半の部屋を出て、新宿に「藤子スタジオ」を立ち上げていた。
治美は横山と一緒にタクシーを飛ばして新宿の金子の仕事場に飛んで行った。
神戸時代から治美のアシスタントをし、今は藤子スタジオでチーフアシスタントをしている藤木が一人で治美たちを出迎えてくれた。
「藤木氏!金子さんがいなくなったってホントなの!?」
治美が血相を変えて藤木に詰め寄った。
「わ、わかりません!!」
「わからない!?どういう意味よ!?」
「一昨日、藤子先生はこのスタジオの仮眠室で寝ていました。朝になって起こしに行ったらもぬけの殻でした。みんなで心当たりを捜しているのですが行方が知れません」
「藤子先生から何か話は聞かなかった?つまり、そのう、漫画家を引退したいって話……」
「その話は聞きました。連載中の作品はすべて僕が引き継げとおっしゃっていました」
(金子さんは藤木氏にコミックグラスのことは話したのかしら?)
治美は藤木の顔をじっと見つめて表情を読み取ろうとした。
藤木は明らかに挙動不審で、何かを隠しているようだった。
治美はいつも金子が漫画を描いていた机の方に向かって歩いていった。
机の上には描きかけの原稿用紙とメガネケースが置いてあった。
治美はメガネケースを静かに開けた。
ヤマケンはアニメについては素人で、胡散臭い尊大な青年だったが商才にたけていた。
ヤマケンは次々とアトムのキャラクターを使った広告を取って来た。
ただアニメが好きなだけで採算度外視でアニメを作っていた他のスタッフにはヤマケンの仕事っぶりが新鮮に映った。
治美もヤマケンの辣腕を称賛し、ヤマケンの虫プロでの地位はどんどん上がっていった。
こうして治美はヤマケンを信じてアトムの商品化の一切合切を任せた。
マーチャンダイジングで玩具、文具、菓子、衣料等の商品に鉄腕アトムのキャラクターをつけてもらい著作権使用料で稼ぐ。
この商法は日本ではまだやっているところはなく虫プロが最初だった。
今までは漫画キャラクターの商品化は野放しだったが、ヤマケンは虫プロ内に版権部を作ってしっかりと版権管理を行った。
この版権収入は莫大な金額になり、治美はアニメ制作の赤字の補填ができると大喜びだった。
そんなある日、治美はヤマケンに将来の夢を語った。
「ゆくゆくはアトムを海外市場に進出させたいの。まず最初にアメリカにエージェントを通じて売り込むのよ」
「ハハハハッ!日本人の作ったアニメをアメリカ人が買うわけないでしょ!冗談はよしてください、社長!」
ヤマケンは鼻で笑った。
治美は苛立つ心を抑えて真顔で続けた。
「タイトルは『アストロボーイ』に変えるのよ。『アトム』はアメリカのスラングで『オナラ』という意味があるから」
「海外に進出しなくてもアトムは国内で大人気ですよ。日本のアニメは日本人だけが観ていたらいいんですよ」
「いいえ!わたしは日本のアニメを世界中に広めたいの。その第一歩が『アストロボーイ』なのよ!」
「社長はやはり夢想家ですね。経営者ではない。虫プロの経営は僕にまかせて、社長はせいぜい売れる漫画を描いてくださいよ」
ヤマケンだけはいつも治美のことを「社長」と役職で呼んでいた。
(あっ!わたし、この人無理だ!)
治美がヤマケンに自分とは異質な物を感じ取った。
治美はヤマケンを避けるようになり、鉄腕アトムのアニメにもあまり関わらなくなっていった。
治美はアトムのアニメが順調なので虫プロダクションの運営はスタッフにまかせて、自分は以前のように漫画の執筆だけに力を注ぐようにした。
そんなある日、治美はいつものように仕事場の二階で締め切りに追われて必死に漫画を描いていた。
階下からチーフアシスタントの安村が治美に呼び掛けた。
「先生、横山光輝先生からお電話です」
「横山さんから?珍しいわね」
治美は螺旋階段を下りて行って、一階の黒電話の受話器をとった。
「もしもし!わたしです」
「手塚先生、大変です!藤子不二雄先生が原稿を落としました!」
受話器の向こうから切羽詰まった様子の横山の声がした。
「プッ!」
思わず治美は吹き出した。
「原稿落としたぐらいで何よ!自慢じゃないけどわたしなんか日常茶飯事だわ」
治美は笑いながらあまり自慢にならないことを言った。
「それが少年サンデーの『オバケのQ太郎』だけじゃないんですよ。よいこや小学一年生から小学六年生、すべての連載を落としてしまったそうなんです」
「あらら!本物の藤子不二雄先生が新人の頃、実家に帰省したら全く原稿が描けなくなってすべての連載を落としたって事件は『まんが道』で有名ですものね。金子さんもそんなことまで本物のマネして再現しなくていいのに」
「いやー、どうもわざとじゃないみたいですよ。金子さんが失踪したって噂もあるんですよ」
「そんなバカな!」
翌日、治美は横山と示し合わせて金子の様子を見に行くことにした。
その頃の金子はトキワ荘の四畳半の部屋を出て、新宿に「藤子スタジオ」を立ち上げていた。
治美は横山と一緒にタクシーを飛ばして新宿の金子の仕事場に飛んで行った。
神戸時代から治美のアシスタントをし、今は藤子スタジオでチーフアシスタントをしている藤木が一人で治美たちを出迎えてくれた。
「藤木氏!金子さんがいなくなったってホントなの!?」
治美が血相を変えて藤木に詰め寄った。
「わ、わかりません!!」
「わからない!?どういう意味よ!?」
「一昨日、藤子先生はこのスタジオの仮眠室で寝ていました。朝になって起こしに行ったらもぬけの殻でした。みんなで心当たりを捜しているのですが行方が知れません」
「藤子先生から何か話は聞かなかった?つまり、そのう、漫画家を引退したいって話……」
「その話は聞きました。連載中の作品はすべて僕が引き継げとおっしゃっていました」
(金子さんは藤木氏にコミックグラスのことは話したのかしら?)
治美は藤木の顔をじっと見つめて表情を読み取ろうとした。
藤木は明らかに挙動不審で、何かを隠しているようだった。
治美はいつも金子が漫画を描いていた机の方に向かって歩いていった。
机の上には描きかけの原稿用紙とメガネケースが置いてあった。
治美はメガネケースを静かに開けた。
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