100 / 128
ある街角の物語 その6
しおりを挟む
実験用アニメ映画「ある街角の物語」の制作は順調に進んでいた。
最後の焼け野原の街を少女が歩くシーンは日本初の五段マルチカメラを使って撮影し、治美も大満足の素晴らしい出来栄えだった。
作画作業、仕上作業、背景作業、撮影作業、編集作業などは終了し、音楽を高井達雄、効果をラジオ効果音制作グループに依頼した。
映画部の方はもう大丈夫だと判断した治美は、次に「鉄腕アトム」を制作するテレビ部の人間を集めてミーティングを繰り返した。
治美は大勢のスタッフが見つめる中、黒板に次のように書いた。
「リミテッドアニメーション」
スタッフはみんな無言でその文字を見つめていた。
「毎週毎週一話二十五分のアニメを放映するにはフルアニメーションを捨て、リミテッドアニメーションを作らないと無理よ。みなさんはディズニー映画のようなフルアニメーションの美しさに憧れてアニメの世界に入ってきたと思います。リミテッドアニメーションを作ることは手抜きに思え抵抗を感じることでしょう。でもね、制作時間も制作費も可能な限り切り詰めないととても日本ではテレビアニメは作れないわ。文句言ってるだけじゃ何も始まらないわ。今できることをすべてやって、とにかく日本初の連続テレビアニメを放映しましょう!」
誰も反対する者はいなかった。
他社の正統派のアニメーターたちはきっと虫プロを批判し、嘲笑することはわかりきっていた。
だがみんな、どんな批判を受けようとも自分たちはアニメ業界のパイオニアになるのだという覚悟を決めていた。
治美は次々と標語を黒板に書いて行った。
「なるべく動かすな」
「止まっている絵を動いているように見せろ」
「手を抜け」
「ミスを修正するな」
「同じ絵を何度も使え」
「手抜きがバレそうになったらたまには凝れ」
アニメ会社の社長自らがあまりにも堂々と「手抜き」を宣言するのでみんな苦笑するしかなかった。
こうして治美のせいで日本のアニメ業界全体が「リミテッドアニメ」に流れていくことになった。
「二十五分のアニメはコマの数にして三万六千コマ。一枚の動画を三コマ撮影すれば必要な動画枚数は一万二千枚になります」
「一万二千枚!?とうてい無理ね」
「六コマ撮りだと六千枚。十二コマ撮りで三千枚。十八コマ撮りだと二千枚。このあたりが絵が動いていると見せることのできる限界です」
「虫プロのアニメーターの生産量を考えたら毎週一話あたり動画枚数二千枚が限界ね。それに合わせて枚数と動かし方を決めていきましょうよ」
「十八コマ撮りですか!?一枚の動画で十八コマも撮影するのですか!?」
「番組の始まりから終わりまでずっと十八コマで撮影をするわけじゃないのよ。例えば見せ場だったら二コマで撮影して滑らかな動きにするし、どうでもいいシーンは五秒ぐらいトメ絵にしたらいのよ。こうやって工夫して平均して二千枚になるようにしたらいいのよ」
「そんな器用なことやれるかなあ…」
「やるしかないでしょ!」
「そうですね。やりましょう!」
治美は撮影室でスタッフとどうやったら毎週二十五分のアニメを作ってゆけるかを検討した。
そして出来るだけ動画枚数を減らすため、どこまで枚数を減らしても動いてるように見えるかの実験までした。
「キャラクターの顔のアップを多用して、動かさない『トメ画』で時間を持たせるようにしましょう」
「動画を一枚にしてそのセルをずらしながら撮影して移動しているように見せます。これは『引きセル』と呼びます」
「似たような演技なら何カットも兼用して使います。これを『バンクシステム』と名付けます。要は使いまわしですから、視聴者が何度も見て使いまわしに気づいたら新しいカットを作ります」
「キャラクターの動きは繰り返しの動画にして背景の方をスライドさせます。全身を動かさずに腕とか目とか動かす部分だけを描いて動かします」
「セリフを喋る時は顔をトメにし、口の形を開ける、中間、閉じるの3枚だけ重ねる。これを『口パク』と名付けます」
治美は次々と手抜きの方法を考え出した。
さすがにこんな手抜きのアニメーションでは視聴者が離れてゆくのではないかと危惧する者も現れた。
しかし、治美には自信があった。
「わたしの作るアニメは動きで見せるものではなくストーリーを見せるものなのよ。手塚治虫の本質はストーリーテイラーです。『動き』ではなく『ストーリー』で視聴者を引っ張ってゆきましょう。『鉄腕アトム』はいつどこから見ても面白い一話完結のアニメにします!」
最後の焼け野原の街を少女が歩くシーンは日本初の五段マルチカメラを使って撮影し、治美も大満足の素晴らしい出来栄えだった。
作画作業、仕上作業、背景作業、撮影作業、編集作業などは終了し、音楽を高井達雄、効果をラジオ効果音制作グループに依頼した。
映画部の方はもう大丈夫だと判断した治美は、次に「鉄腕アトム」を制作するテレビ部の人間を集めてミーティングを繰り返した。
治美は大勢のスタッフが見つめる中、黒板に次のように書いた。
「リミテッドアニメーション」
スタッフはみんな無言でその文字を見つめていた。
「毎週毎週一話二十五分のアニメを放映するにはフルアニメーションを捨て、リミテッドアニメーションを作らないと無理よ。みなさんはディズニー映画のようなフルアニメーションの美しさに憧れてアニメの世界に入ってきたと思います。リミテッドアニメーションを作ることは手抜きに思え抵抗を感じることでしょう。でもね、制作時間も制作費も可能な限り切り詰めないととても日本ではテレビアニメは作れないわ。文句言ってるだけじゃ何も始まらないわ。今できることをすべてやって、とにかく日本初の連続テレビアニメを放映しましょう!」
誰も反対する者はいなかった。
他社の正統派のアニメーターたちはきっと虫プロを批判し、嘲笑することはわかりきっていた。
だがみんな、どんな批判を受けようとも自分たちはアニメ業界のパイオニアになるのだという覚悟を決めていた。
治美は次々と標語を黒板に書いて行った。
「なるべく動かすな」
「止まっている絵を動いているように見せろ」
「手を抜け」
「ミスを修正するな」
「同じ絵を何度も使え」
「手抜きがバレそうになったらたまには凝れ」
アニメ会社の社長自らがあまりにも堂々と「手抜き」を宣言するのでみんな苦笑するしかなかった。
こうして治美のせいで日本のアニメ業界全体が「リミテッドアニメ」に流れていくことになった。
「二十五分のアニメはコマの数にして三万六千コマ。一枚の動画を三コマ撮影すれば必要な動画枚数は一万二千枚になります」
「一万二千枚!?とうてい無理ね」
「六コマ撮りだと六千枚。十二コマ撮りで三千枚。十八コマ撮りだと二千枚。このあたりが絵が動いていると見せることのできる限界です」
「虫プロのアニメーターの生産量を考えたら毎週一話あたり動画枚数二千枚が限界ね。それに合わせて枚数と動かし方を決めていきましょうよ」
「十八コマ撮りですか!?一枚の動画で十八コマも撮影するのですか!?」
「番組の始まりから終わりまでずっと十八コマで撮影をするわけじゃないのよ。例えば見せ場だったら二コマで撮影して滑らかな動きにするし、どうでもいいシーンは五秒ぐらいトメ絵にしたらいのよ。こうやって工夫して平均して二千枚になるようにしたらいいのよ」
「そんな器用なことやれるかなあ…」
「やるしかないでしょ!」
「そうですね。やりましょう!」
治美は撮影室でスタッフとどうやったら毎週二十五分のアニメを作ってゆけるかを検討した。
そして出来るだけ動画枚数を減らすため、どこまで枚数を減らしても動いてるように見えるかの実験までした。
「キャラクターの顔のアップを多用して、動かさない『トメ画』で時間を持たせるようにしましょう」
「動画を一枚にしてそのセルをずらしながら撮影して移動しているように見せます。これは『引きセル』と呼びます」
「似たような演技なら何カットも兼用して使います。これを『バンクシステム』と名付けます。要は使いまわしですから、視聴者が何度も見て使いまわしに気づいたら新しいカットを作ります」
「キャラクターの動きは繰り返しの動画にして背景の方をスライドさせます。全身を動かさずに腕とか目とか動かす部分だけを描いて動かします」
「セリフを喋る時は顔をトメにし、口の形を開ける、中間、閉じるの3枚だけ重ねる。これを『口パク』と名付けます」
治美は次々と手抜きの方法を考え出した。
さすがにこんな手抜きのアニメーションでは視聴者が離れてゆくのではないかと危惧する者も現れた。
しかし、治美には自信があった。
「わたしの作るアニメは動きで見せるものではなくストーリーを見せるものなのよ。手塚治虫の本質はストーリーテイラーです。『動き』ではなく『ストーリー』で視聴者を引っ張ってゆきましょう。『鉄腕アトム』はいつどこから見ても面白い一話完結のアニメにします!」
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
二階建て空中楼閣のF
鳥丸唯史(とりまるただし)
ライト文芸
扇ヶ谷家のモットー『日々精進』から逃げるようにして始まった大学生活。
住む部屋を探しに行きついたのは謎の不動産屋トウキョウスカイホーム。
おすすめ物件は空を飛んでいる家。
宇宙喫茶で働く宇宙人と、ギタリストの自称天使とシェアハウスだ。
大学では魔術愛好会の会長に恋をされ、空からは鳥人間が落ちてくる。
諦めたはずのベーシストの夢と共に翻弄されながら、俺は非日常生活を強いられ続けるしかないのか?
※約22万文字です。
※小説家になろうに改稿前のがあります。
※たまにコピペがミスったりやらかしてます。気がつき次第修正してます(感想受け付けていないせいで気づくのが遅い)
照(テル)と怜(レイ)
須弥 理恩(しゅみ りおん)
ライト文芸
大学に潜入捜査でやってきた根っから明るい軟派な二十五歳の優男〝怜(レイ)〟と、その大学にモラトリアムと焦燥感を抱えて鬱屈と過ごす大学院生(博士課程)の根暗な二十五歳の眼鏡の青年〝照(テル)〟――
同年代を生きる真逆の若き男達二人による、偶然の出会いと友情を築くまでの物語
時代設定について:架空の現代日本。
ジャンル:なんちゃってポリス物、半日常コメディ。
学童
Tetravinsky
ライト文芸
なんでこの教室には二人しか生徒がいないのか?
こいつら授業はちゃんと受けなくていいのか?
ところで、二人は恋仲なの?
このテの事が気にならない方にだけおすすめします。
タマリのワダカマリ
田中 月紗
ライト文芸
大学を卒業して2年目。
変わり映えのない毎日を送っていた俺「須藤尚希」にとって、あの少女と過ごした時間は、決して忘れることの出来ないものとなったーー。
ありふれた"日常"を過ごす1人の男と、不可思議で奇妙な少女との"非日常"を描いた短編ストーリー。
*1日1話投稿します。
*ノベルアップ+様、カクヨム様にも投稿しています。
アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?
無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。
どっちが稼げるのだろう?
いろんな方の想いがあるのかと・・・。
2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。
あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。
異世界もざまぁもなかった頃、わたしは彼女に恋をした~リラの精を愛したマンガ三昧の日々~
松本尚生
現代文学
「いいな、そういうしっとりした話。繊細で美しい」
生きててよかった。マンガを描いてて、よかった。
そう思って涙した少女の暢子は、綾乃とふたりだけの繭の中にいる。リラの香る繭の中に。
繭の中だけが世界だった。
ふたりの共同作業が始まった。部活を切り上げ寮の部屋へこっそり移動する。カギをかけた寮の一室で、ふたりは黙って原稿用紙に向かった。
まだ何ものにもならない、性別すら同定されない無性の生きものがひしめいていた。生意気ざかりの、背伸びしたがりの、愛らしい少女たち。
1990年、高校生だった暢子は、リラの林を越えてやってきた綾乃の共犯者となる道を選ぶ。
それから20年後の2010年、ふたりは「ノブさん」と「センセイ」になって――。
今回は女性の話です。
まだアナログだった時代のマンガ制作の様子もお楽しみください。
妖怪奇譚【一話完結短編集】
だんぞう
ライト文芸
妖怪をモチーフにした各話完結の短編集。
ほのぼの、切ない、ちょい怖、コメディなど、各話ごとにテイストが異なります。
モチーフとなった妖怪は、お題としていただいたものが多いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる