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ある街角の物語 その6

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 実験用アニメ映画「ある街角の物語」の制作は順調に進んでいた。

 最後の焼け野原の街を少女が歩くシーンは日本初の五段マルチカメラを使って撮影し、治美も大満足の素晴らしい出来栄えだった。
 
 作画作業、仕上作業、背景作業、撮影作業、編集作業などは終了し、音楽を高井達雄、効果をラジオ効果音制作グループに依頼した。

 映画部の方はもう大丈夫だと判断した治美は、次に「鉄腕アトム」を制作するテレビ部の人間を集めてミーティングを繰り返した。

 治美は大勢のスタッフが見つめる中、黒板に次のように書いた。

「リミテッドアニメーション」

 スタッフはみんな無言でその文字を見つめていた。

「毎週毎週一話二十五分のアニメを放映するにはフルアニメーションを捨て、リミテッドアニメーションを作らないと無理よ。みなさんはディズニー映画のようなフルアニメーションの美しさに憧れてアニメの世界に入ってきたと思います。リミテッドアニメーションを作ることは手抜きに思え抵抗を感じることでしょう。でもね、制作時間も制作費も可能な限り切り詰めないととても日本ではテレビアニメは作れないわ。文句言ってるだけじゃ何も始まらないわ。今できることをすべてやって、とにかく日本初の連続テレビアニメを放映しましょう!」

 誰も反対する者はいなかった。

 他社の正統派のアニメーターたちはきっと虫プロを批判し、嘲笑することはわかりきっていた。

 だがみんな、どんな批判を受けようとも自分たちはアニメ業界のパイオニアになるのだという覚悟を決めていた。

 治美は次々と標語を黒板に書いて行った。

「なるべく動かすな」

「止まっている絵を動いているように見せろ」

「手を抜け」

「ミスを修正するな」

「同じ絵を何度も使え」

「手抜きがバレそうになったらたまにはれ」

 アニメ会社の社長自らがあまりにも堂々と「手抜き」を宣言するのでみんな苦笑するしかなかった。

 こうして治美のせいで日本のアニメ業界全体が「リミテッドアニメ」に流れていくことになった。



「二十五分のアニメはコマの数にして三万六千コマ。一枚の動画を三コマ撮影すれば必要な動画枚数は一万二千枚になります」

「一万二千枚!?とうてい無理ね」

「六コマ撮りだと六千枚。十二コマ撮りで三千枚。十八コマ撮りだと二千枚。このあたりが絵が動いていると見せることのできる限界です」

「虫プロのアニメーターの生産量を考えたら毎週一話あたり動画枚数二千枚が限界ね。それに合わせて枚数と動かし方を決めていきましょうよ」

「十八コマ撮りですか!?一枚の動画で十八コマも撮影するのですか!?」

「番組の始まりから終わりまでずっと十八コマで撮影をするわけじゃないのよ。例えば見せ場だったら二コマで撮影して滑らかな動きにするし、どうでもいいシーンは五秒ぐらいトメ絵にしたらいのよ。こうやって工夫して平均して二千枚になるようにしたらいいのよ」

「そんな器用なことやれるかなあ…」

「やるしかないでしょ!」

「そうですね。やりましょう!」



 治美は撮影室でスタッフとどうやったら毎週二十五分のアニメを作ってゆけるかを検討した。

 そして出来るだけ動画枚数を減らすため、どこまで枚数を減らしても動いてるように見えるかの実験までした。

「キャラクターの顔のアップを多用して、動かさない『トメ画』で時間を持たせるようにしましょう」

「動画を一枚にしてそのセルをずらしながら撮影して移動しているように見せます。これは『引きセル』と呼びます」

「似たような演技なら何カットも兼用して使います。これを『バンクシステム』と名付けます。要は使いまわしですから、視聴者が何度も見て使いまわしに気づいたら新しいカットを作ります」

「キャラクターの動きは繰り返しの動画にして背景の方をスライドさせます。全身を動かさずに腕とか目とか動かす部分だけを描いて動かします」

「セリフを喋る時は顔をトメにし、口の形を開ける、中間、閉じるの3枚だけ重ねる。これを『口パク』と名付けます」

 治美は次々と手抜きの方法を考え出した。

 さすがにこんな手抜きのアニメーションでは視聴者が離れてゆくのではないかと危惧する者も現れた。

 しかし、治美には自信があった。

「わたしの作るアニメは動きで見せるものではなくストーリーを見せるものなのよ。手塚治虫の本質はストーリーテイラーです。『動き』ではなく『ストーリー』で視聴者を引っ張ってゆきましょう。『鉄腕アトム』はいつどこから見ても面白い一話完結のアニメにします!」
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