REMAKE~わたしはマンガの神様~

櫃間 武士

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W3 その1

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 1963年、昭和38年の元旦。

 連日連夜、漫画やアニメを作るために徹夜で作業に追われていた虫プロのスタッフもさすがにそれぞれの自宅や実家で正月を迎えていた。

 と言いたいところだが、正月にもかかわらず虫プロの第一スタジオでは数名のアニメーターが鉄腕アトムの原画を描いていた。

 徹夜明けの演出家の山本と坂本の二人は、スタジオの二階から庭を見下ろしながら煙草休憩をしていた。

 すると門の前に一台のタクシーが止まり、黒紋付羽織袴姿の青年と振り袖を着た女性が下りて来た。

「年始の客だな。誰だろう?」

「男の方は横山光輝先生だ。以前手塚先生のところに来ていたので知ってるよ。隣の女性は多分赤塚不二夫先生だな」

「えっ!?赤塚不二夫って女性だったのか。それもあんな美人な!」

「赤塚先生は昔から少女漫画描いているだろう。『ひみつのアッコちゃん』とか。いかにも女性漫画家らしいじゃないか」

「俺は『おそ松くん』しか読んだことないから知らなかったよ。しかし美人だな。なんとか言う女優そっくりだ」

 二人が話している間に玄関が開き、横山浩一と小森章子の二人は母屋の中に消えていった。

 と、また一台門の前にタクシーが止まった。

 タクシーから降りたのはコート姿の若い女性だった。

 女性の顔を一目見た坂本は嬉しそうに言った。

「おっ!望月さんだ!懐かしいなあ!」

「知り合いかい?」

「東映動画で『西遊記』を作っていた時に一緒だった。手塚先生の紹介で東映に来ていたんだ。今は石森章太郎のペンネームで漫画を描いている」

「石森章太郎?ああ、手塚先生が原作を書いてた『快傑ハリマオ』の作者か 」

「えっ!?ハリマオって手塚先生が原作だったのか?」

「なんだ、知らないのか。手塚先生、マガジンから連載依頼があったけどサンデーにマガジンには描かないって約束していたから、内緒で原作だけ書いて石森先生を推薦したそうだぜ」

「ホント!仕事を断らない先生だな!」

 タクシーから降りた望月が反対側の後部座席のドアを開けた。

 望月に支えられながらタクシーの中から白髪の老人がおぼつかない足取りで降りてきた。

「あれは藤子不二雄先生だ!サンデーでオバQを連載している」

「あの老人がそうなのか!?あんなジイサンがオバQみたいなギャグ漫画描いていたとは驚きだ。イメージが狂ったなあ」

「その点石森先生はイメージ通りの美女だなあ」

 坂本と山本は二人の来客がゆっくりと庭を歩き母屋に入ってゆくところを見つめていた。

 すると続けてまた一台、門の前にタクシーが止まった。

 二人が今度は誰が来たのかと見ていると、タクシーの後部座席から赤毛の白人女性が下りて来た。

「おっ!今度は西洋美人の登場だぞ!一体誰なんだ!?」

「手塚先生の親戚だよ。正月に神戸から来られるって先生がおっしゃていた。しかし、あんな美人が来るとは思わなかったよ」

「そう言われてみると手塚先生に似ていると思わないか?次々と美人がやって来るぜ」

「ああ!以前から虫プロは美人が多いと評判だからな。夜のパーティーが楽しみだ」

 二人は煙草の火を灰皿に揉み消すと、再び仕事に戻っていった。 

 


 エリザが応接室で待っているとインクで汚れた仕事着姿の治美が現れてエリザに抱きついた。

「エリザさん!会いたかったよ!」

「久しぶりやな、治美!あんた、痩せたんちゃうか?ちゃんとゴハン食べとるんか?」

「そう言って心配してくれるのはエリザさんだけだよ」

 治美とエリザの二人が熱いハグを交わしていると、着物姿の雅人がひょっこりとやって来た。

「やあ!エリザ!」

 雅人の姿を見つけると、エリザは治美をドンと突き飛ばして雅人の胸に飛び込んでいった。

「この薄情もんが!いつまでうちをほっとくのや!」

「わ、悪かったよ。でも仕事が忙しかったんだよ」

「それはわかっとる!でも待つのももう限界や!」

 エリザは雅人を抱きしめながら振り向き、床に倒れている治美を見下ろした。

「治美!今日はとうとうあんたのアニメがテレビで放映される日や。約束通り雅人は神戸に連れて帰るからな!」

 治美は床にぶつけた腰をさすりながら起き上がった。

「はあ………。約束だからしょうがないですよね。雅人さん、長い間お世話になりました」

「なんや、意外とあっさりしとるな。もっとダダこねるかと思っとたわ」

「だって二人は来年結婚するって歴史で決まっていますからね。逆に結婚してもらわないとわたしのパパが生まれてこなくて困るもの」

 そう言って治美は少し寂しげに微笑んだ。
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