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ある街角の物語 その4
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「昭和38年、1963年1月1日、日本初の長編テレビ用連続アニメ『鉄腕アトム』を放映するわ。この日、日本のアニメーションの歴史は一変し、わたしたちが日本のアニメ文化隆盛の礎を築くのよ!」
治美が具体的な日付まで指定してテレビアニメに挑戦することを宣言した。
部屋の後ろで8mmカメラで撮影しながら聞いていた雅人は治美の暴走ぶりに震え上がった。
最近の治美は自分の持つ未来の知識をまったく隠そうとはしなくなった。
それどころか開き直って自分には予知能力があるのだと吹聴していた。
治美の手塚治虫としての名声は世間に知れ渡り、多少おかしな言動があっても誰も指摘できなかった。
最初こそスタッフ達は『鉄腕アトム』のアニメ化計画に当惑し怖気づいていたが、もともと自由な創作環境を求めて東映動画を辞めてきたような人間ばかりだ。
すぐにみんな治美の計画に賛同し、アニメの未来を切り開く大事業に参加できることに興奮した。
やがてスタジオもスタッフも何の準備もできていないのに、治美は昭和37年1962年11月5日に虫プロダクション作品発表会を開き、「ある街角の物語」と「鉄腕アトム」を公開すると広く世間に発表してしまった。
当然、世間の目は冷ややかだった。
フルアニメーションを作ってきた正統派のアニメーターたちは、治美が作ろうとしていたアニメはただの「電気紙芝居」だと嘲笑した。
自分の原稿料で機材とスタッフを集めて好き勝手なアニメを作ろうとしている治美は、店子を集めて無理やり義太夫を聴かせる落語の長屋の大家と同じだと揶揄された。
これでもしも「鉄腕アトム」のアニメが失敗したら、もう誰も日本でテレビアニメを作ろうとする者は現れないだろう。
テレビアニメが日本で流行らなければ、将来治美の両親は出会うこともなく、治美も生まれて来ないことになる。
治美は背水の陣でアニメ制作に取り組むこととなった。
手塚治虫プロダクション動画部は、「ある街角の物語」を作る映画部と「鉄腕アトム」を作るテレビ部の二つに分かれた。
とにかくアニメを作れる人間が絶望的に不足していた。
雅人は治美に頼まれて人材確保のため四方八方に手を尽くした
最初雅人は「手塚治虫」の名声を利用して「アニメーター募集」の新聞広告を出したのだが「アニメーター」がどんな仕事なのかも知らない人間ばかりやって来た。
そこで月岡や坂本のツテを使って東映動画のスタッフに声を掛けた。
その頃の東映動画は組織が巨大になるにつれ管理主義、効率主義になり、その上組合活動も盛んになり、そういったことに嫌気をさした優秀なアニメーターが次々と治美のもとにやって来た。
雅人はともかく歴史通りに事態を進行させるため、金子に教えてもらった制作者リストをもとに面接をし、新しいスタッフを雇っていった。
杉井儀三郎は後に「杉井ギサブロー」の名前でアニメ監督になる人物だとすぐに気が付いた。
しかし後に「りんたろう」という名のアニメ監督になる林重行という若者が来た時は、危うく見落とすところだった。
「中村和子」が面接に来た時は、女優志望の女性が間違えてやって来たのかと驚いた。
東映動画在籍中から「美人アニメーター」の評判が高かった中村は、ショートカットでスレンダーな美しい女性だった。
面接をしていた雅人はしばしその美貌に心を奪われてボーとなっていた。
と、パタパタとスリッパの音を立てて廊下を誰かが走ってくる音がした。
「中村和子さんが面接に来ているって!?」
面接をしていた応接室のドアを開けて、いきなり治美が飛び込んできた。
「お久しぶりです、手塚先生!」
治美の顔を見て、中村は慌てて立ち上がってお辞儀をした。
治美は東映動画で映画「西遊記」を作っていた頃から中村に目をつけていたのだ。
「雅人さん。彼女、誰かに似ていると思わない。実は手塚作品のヒロインのモデルなのよ」
雅人は中村の顔を見て、すぐに思いついた。
「わかった!サファイアだ!『リボンの騎士』のサファイアのモデルだろう」
「ブッブー!残念でした!違います!ヒントを言うわね。中村和子さんはみんなから『ワコさん』と呼ばれています」
「うーん……。わからないなあ!」
「正解は『三つ目がとおる』に登場するヒロイン『ワトさん』こと『和登千代子』でした!」
「『三つ目がとおる』?何だ、それ?そんな漫画知らないぞ」
「あれ?まだわたし、『三つ目がとおる』って描いてなかったかしら?最近忙しすぎて自分が何をやっているのかわからなくなるわ!」
「お疲れのようですね、手塚先生」
中村が気の毒そうに憐みの目で治美を見た。
治美は頬はやせこけ、徹夜続きで目は真っ赤に充血し、右手の皮膚は紙とこすれて赤むけていた。
「そうなのよ。わたし、もうボロボロなのよね。だからお願い!ワコさんにアニメを手伝ってもらいたいの」
「こちらこそ!私でよろしければぜひお願いします」
「やったあ!それじゃあ、すぐに作画をお願いするわ」
「えっ!?い、今からですか?」
「それとワコさん。広告代理店の萬年社の社員だった穴見薫と言う人と結婚したのでしょ」
「よ、よくご存じで」
(なんだ、人妻だったのか)
雅人は少しがっかりした。
「今度ご主人も連れてきてよね。萬年社からテレビ局に『鉄腕アトム』を売り込んでほしいの」
「でも先生、『鉄腕アトム』のアニメはまだ影も形もないのでしょ」
「予言するわ!『鉄腕アトム』は穴見薫さんの紹介でフジテレビから放映されるわ。スポンサーは明治製菓よ。わたしの予言ってよーく当たるのよ」
またまた治美は、具体的すぎる予言をするのだった。
治美が具体的な日付まで指定してテレビアニメに挑戦することを宣言した。
部屋の後ろで8mmカメラで撮影しながら聞いていた雅人は治美の暴走ぶりに震え上がった。
最近の治美は自分の持つ未来の知識をまったく隠そうとはしなくなった。
それどころか開き直って自分には予知能力があるのだと吹聴していた。
治美の手塚治虫としての名声は世間に知れ渡り、多少おかしな言動があっても誰も指摘できなかった。
最初こそスタッフ達は『鉄腕アトム』のアニメ化計画に当惑し怖気づいていたが、もともと自由な創作環境を求めて東映動画を辞めてきたような人間ばかりだ。
すぐにみんな治美の計画に賛同し、アニメの未来を切り開く大事業に参加できることに興奮した。
やがてスタジオもスタッフも何の準備もできていないのに、治美は昭和37年1962年11月5日に虫プロダクション作品発表会を開き、「ある街角の物語」と「鉄腕アトム」を公開すると広く世間に発表してしまった。
当然、世間の目は冷ややかだった。
フルアニメーションを作ってきた正統派のアニメーターたちは、治美が作ろうとしていたアニメはただの「電気紙芝居」だと嘲笑した。
自分の原稿料で機材とスタッフを集めて好き勝手なアニメを作ろうとしている治美は、店子を集めて無理やり義太夫を聴かせる落語の長屋の大家と同じだと揶揄された。
これでもしも「鉄腕アトム」のアニメが失敗したら、もう誰も日本でテレビアニメを作ろうとする者は現れないだろう。
テレビアニメが日本で流行らなければ、将来治美の両親は出会うこともなく、治美も生まれて来ないことになる。
治美は背水の陣でアニメ制作に取り組むこととなった。
手塚治虫プロダクション動画部は、「ある街角の物語」を作る映画部と「鉄腕アトム」を作るテレビ部の二つに分かれた。
とにかくアニメを作れる人間が絶望的に不足していた。
雅人は治美に頼まれて人材確保のため四方八方に手を尽くした
最初雅人は「手塚治虫」の名声を利用して「アニメーター募集」の新聞広告を出したのだが「アニメーター」がどんな仕事なのかも知らない人間ばかりやって来た。
そこで月岡や坂本のツテを使って東映動画のスタッフに声を掛けた。
その頃の東映動画は組織が巨大になるにつれ管理主義、効率主義になり、その上組合活動も盛んになり、そういったことに嫌気をさした優秀なアニメーターが次々と治美のもとにやって来た。
雅人はともかく歴史通りに事態を進行させるため、金子に教えてもらった制作者リストをもとに面接をし、新しいスタッフを雇っていった。
杉井儀三郎は後に「杉井ギサブロー」の名前でアニメ監督になる人物だとすぐに気が付いた。
しかし後に「りんたろう」という名のアニメ監督になる林重行という若者が来た時は、危うく見落とすところだった。
「中村和子」が面接に来た時は、女優志望の女性が間違えてやって来たのかと驚いた。
東映動画在籍中から「美人アニメーター」の評判が高かった中村は、ショートカットでスレンダーな美しい女性だった。
面接をしていた雅人はしばしその美貌に心を奪われてボーとなっていた。
と、パタパタとスリッパの音を立てて廊下を誰かが走ってくる音がした。
「中村和子さんが面接に来ているって!?」
面接をしていた応接室のドアを開けて、いきなり治美が飛び込んできた。
「お久しぶりです、手塚先生!」
治美の顔を見て、中村は慌てて立ち上がってお辞儀をした。
治美は東映動画で映画「西遊記」を作っていた頃から中村に目をつけていたのだ。
「雅人さん。彼女、誰かに似ていると思わない。実は手塚作品のヒロインのモデルなのよ」
雅人は中村の顔を見て、すぐに思いついた。
「わかった!サファイアだ!『リボンの騎士』のサファイアのモデルだろう」
「ブッブー!残念でした!違います!ヒントを言うわね。中村和子さんはみんなから『ワコさん』と呼ばれています」
「うーん……。わからないなあ!」
「正解は『三つ目がとおる』に登場するヒロイン『ワトさん』こと『和登千代子』でした!」
「『三つ目がとおる』?何だ、それ?そんな漫画知らないぞ」
「あれ?まだわたし、『三つ目がとおる』って描いてなかったかしら?最近忙しすぎて自分が何をやっているのかわからなくなるわ!」
「お疲れのようですね、手塚先生」
中村が気の毒そうに憐みの目で治美を見た。
治美は頬はやせこけ、徹夜続きで目は真っ赤に充血し、右手の皮膚は紙とこすれて赤むけていた。
「そうなのよ。わたし、もうボロボロなのよね。だからお願い!ワコさんにアニメを手伝ってもらいたいの」
「こちらこそ!私でよろしければぜひお願いします」
「やったあ!それじゃあ、すぐに作画をお願いするわ」
「えっ!?い、今からですか?」
「それとワコさん。広告代理店の萬年社の社員だった穴見薫と言う人と結婚したのでしょ」
「よ、よくご存じで」
(なんだ、人妻だったのか)
雅人は少しがっかりした。
「今度ご主人も連れてきてよね。萬年社からテレビ局に『鉄腕アトム』を売り込んでほしいの」
「でも先生、『鉄腕アトム』のアニメはまだ影も形もないのでしょ」
「予言するわ!『鉄腕アトム』は穴見薫さんの紹介でフジテレビから放映されるわ。スポンサーは明治製菓よ。わたしの予言ってよーく当たるのよ」
またまた治美は、具体的すぎる予言をするのだった。
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