上 下
86 / 128

ぼくのそんごくう その9

しおりを挟む
「ああ、面白かった!やっぱり黒澤明天才だわ!」

 博多の映画館で映画を観終わった治美は一緒に付き合ってくれた雅人にそう言った。

ってどういう意味だよ?」

「それはもちろん黒澤明手塚先生と同じく天才だっていう意味です」

「お前が手塚治虫なんだから、あまり人前でそんなことを言うんじゃないぞ。自分で自分のことを天才ってうぬぼれていると批判されるぞ」

「いやー、わかっているんですが、ついつい手塚治虫は漫画の神様だなんて自分で言っちゃうんですよね。おかげでわたし、かなり業界でアンチを作っているようです」

「俺もお前の悪い評判をよく聞くぞ。漫画を描きまくっている銭の亡者だと。もう少し仕事量を減らした方がいいんじゃないのか?」

「お金は幾らあっても足りないんです!わたしはこれから虫プロダクションを設立してアニメーションを創らないといけないんですから。個人でアニメ作るのってもうすごーくお金がかかるんですよ」

「ふーん…。その虫プロダクションができるのはいつのことなんだ?」

「1961年、昭和36年に虫プロダクション動画部を設立します。でもその前に来年の12月に東映動画から『ぼくのそんごくう』を原作にしたマンガ映画を作りたいという依頼がきます」

「あっ、それでか。それで『ぼくのそんごくう』が治美にとってとても重要な作品なのか。しかし、もう時間がないじゃないか!」

「そうなんですよ!だから雅人さん、お願いします!わたしを手伝って下さいよ。わたしのマネージャーになって下さい!」

「また、その話か!俺だってお前を助けてやりたいのは山々だが、未来世界のお前の祖父、手塚雅人は手塚治虫のマネージャーなんかしていないだろう。俺がお前のマネージャーになったら歴史がガラッと変わっちまわないか?」

「大丈夫ですよ!雅人さんみたいな凡人の仕事が変わったって歴史に影響するわけないじゃないですか!」

「………………」

「お願い!雅人さんしか頼れる人がいないんです!アニメができるまでの間だけでいいから!」

 治美は雅人の腕をがっしりと捕まえると駄々っ子のように揺さぶりながら懇願した。

「ふう………。このままだとお前、早死にしちまうな。わかった!俺でよければマネージャーになってやるよ」

 ため息交じりに雅人が承諾した。

「やったー!!」

 治美は雅人の腕にぶら下がってはしゃぎまわった。

 雅人は治美を振り払って言った。

「それじゃあ、我々も東京に戻るとするか。トキワ荘のみんなに何か博多土産を買って帰らないといけないなあ」

「ねえ、雅人さん…」

 再び治美がもじもじと上目遣いで話しかけていた。

 雅人は嫌な予感がして警戒した。

「な、何だ!?」

「せっかくここまで来たんだ。阿蘇山へ観光に行きましょうよ」

(そら、来た!)

「駄目だ!駄目だ!駄目だ!」

「お願い!お願い!お願い!わたし、前から一度阿蘇山を見てみたかったの」

「そんな遊ぶ時間はないだろうが!」

 雅人を治美を置いてズンズンと歩き出した。

「遊びじゃないわ。仕事のための取材よ」

 仕事と言われて雅人の足が止まった。

「取材だと?本当なのか?」

「ホント、ホント!これからわたしは阿蘇山を舞台にした作品を沢山描くのよ。えーと、『ケン1探偵長 怪盗マウス・ボーイの巻』でしょ、『火の鳥 黎明編』でしょ、『鉄腕アトム』の最高傑作『地上最大のロボットの巻』でしょ……」

「―――鉄腕アトムの最高傑作だと!?」

 アトムと聞いて雅人の目の色が変わった。

 実は雅人は「鉄腕アトム」が大のお気に入りだったのだ。

「ちなみに、どんな話なんだ?」

「――国を追われた王様が世界最強のロボット、プルートウを作らせます。王様はプルートウが世界最強だと証明するために世界中の名だたるロボットたちを破壊していきます。やがて、プルートウはアトムにも闘いを挑み、阿蘇の火口で最後の闘いを行うのでした」

 結局治美と雅人はたっぷりと阿蘇山を観光して回り、二日後にようやく東京に戻るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

学園ぶいちゅー部~エルフと過ごした放課後

櫃間 武士
ライト文芸
 編集部からの原稿依頼と思ってカフェに呼び出された加賀宮一樹(かがみやかずき)の前に現れたのは同級生の美少女転校生、森山カリンだった。 「あなたがイッキ先生ね。破廉恥な漫画を描いている…」  そう言ってカリンが差し出した薄い本は、一樹が隠れて描いている十八禁の同人誌だった。 「このことを学園にリークされたくなければ私に協力しなさい」  生徒不足で廃校になる学園を救うため、カリンは流行りのVチューバーになりたいと言う。

三限目の国語

理科準備室
BL
昭和の4年生の男の子の「ぼく」は学校で授業中にうんこしたくなります。学校の授業中にこれまで入学以来これまで無事に家までガマンできたのですが、今回ばかりはまだ4限目の国語の授業で、給食もあるのでもう家までガマンできそうもなく、「ぼく」は授業をこっそり抜け出して初めての学校のトイレでうんこすることを決意します。でも初めての学校でのうんこは不安がいっぱい・・・それを一つ一つ乗り越えていてうんこするまでの姿を描いていきます。「けしごむ」さんからいただいたイラスト入り。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

二十歳の同人女子と十七歳の女装男子

クナリ
恋愛
同人誌でマンガを描いている三織は、二十歳の大学生。 ある日、一人の男子高校生と出会い、危ないところを助けられる。 後日、友人と一緒にある女装コンカフェに行ってみると、そこにはあの男子高校生、壮弥が女装して働いていた。 しかも彼は、三織のマンガのファンだという。 思わぬ出会いをした同人作家と読者だったが、三織を大切にしながら世話を焼いてくれる壮弥に、「女装していても男は男。安全のため、警戒を緩めてはいけません」と忠告されつつも、だんだんと三織は心を惹かれていく。 自己評価の低い三織は、壮弥の迷惑になるからと具体的な行動まではなかなか起こせずにいたが、やがて二人の関係はただの作家と読者のものとは変わっていった。

【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く

とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。 まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。 しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。 なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう! そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。 しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。 すると彼に 「こんな遺書じゃダメだね」 「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」 と思いっきりダメ出しをされてしまった。 それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。 「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」 これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。 そんなお話。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

黄色い車が教えてくれたこと

星名雪子
ライト文芸
ー亡き父親の愛車に導かれ、青年は大きな一歩を踏み出す。ー 自分の愛車が故障し、仕方なく亡き父親が使っていた古い車で婚約者・翠を迎えに行く青年・昴。すると、勝手に動き出したカーナビがある目的地へと誘導しようとしていることに気が付く。カーナビが示す目的地とは……?仲違いをしたままこの世を去った父親、重い病で入院している母親。壊れた家族の関係から目を背け続けてきた昴が、亡き父親の愛車に導かれ、一歩踏み出そうとする物語。 ※ほんの一部ですが、今後の展開に暴力描写を含みますのでご了承ください。 ※表紙の写真は私が撮影したものです。夫が実際に所持している車で、この作品のキーとなる「黄色い車」のモデルとなっています。

よしき君の発見

理科準備室
BL
平成の初めごろの小3の男の子のよしき君は和式でのうんちが苦手で、和式しかない小学校のトイレでのうんちで入学以来二回失敗しています。ある日大好きなおばあちゃんと一緒にデパートに行ったとき、そこの食堂で食事をしている最中にうんちがしたくなりました。仕方なくよしき君はデパートのトイレに行ったのですが、和式は開いていてももう一つの洋式のはいつまでも使用中のままでした・・・。

処理中です...