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ぼくのそんごくう その4
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雅人がK談社の雑然とした「少女クラブ」編集部の部屋に入ると、新人編集者の新井が顔面蒼白で先輩編集者の丸山の前に立っていた。
「手塚先生が消えました!64ページの別冊付録を予定していたから、並木ハウスに進捗を確認に行ったらどこにもいませんでした。心当たりの旅館やホテルを手当たり次第に探しましたが見つかりません」
「何か思い当たることはないのか?」
「―――そう言えば、『鉄腕アトム』が急きょカラーページになったので締め切りが早まったとK文社の桑田さんが言っていました」
「ふうむ。桑田が怪しいな。あいつ、どこにいる?」
「『少年』の編集部に行っても誰も知らないって教えてくれないんですよ」
「こりゃ桑田がどこかに連れ出してカンヅメにしているな」
「どうしたらいいですか!?このままじゃ、ボク、クビですよ!」
丸山は腕組みをして考え込んだ。
「あのう…」
雅人が恐る恐る丸山と新井に話しかけた。
「ん?誰だ、君は?勝手に編集室に入って来たら困るな」
丸山がジロリと雅人を睨み付けた。
「丸山さん、彼、見覚えがありますよ。トキワ荘の住人で手塚先生のマネージャーですよ!」
「マネージャーじゃないよ!遠い親戚の者です」
「その遠い親戚が何の用だね?今は君の相手をしている暇はないんだよ」
「みなさん、手塚治虫を捜しているのでしょ?協力しますよ」
「本当かね!何か心当たりがあるのか?」
「恐らく神戸の実家に遊びに行ったのだと思います」
「神戸だと!?新井!さっそく神戸に行って捕まえてこい!」
「ちょ、ちょっと待って下さい。先ほど神戸には電話で確認しましたが、まだ手塚は現れていませんでした。俺が捜しに来ることを予想して、どこか関西の旅館に潜伏しているのだと思います」
「関西のどこにいるのかわからないのかね?」
「それはわかりません。でも……」
雅人は一歩前に踏み出して、丸山の正面に立った。
「丸山さん。このK談社の『少女クラブ』の編集部と『少年』のK文社は同じビルの中にありますね?」
「まあな。実質的にK文社の経営権を握っているのはK談社だからな。俺たちの編集部はこのビルの三階だが、K文社は五階にある。それがどうした?」
「このビルの郵便受けは共通でしょ。すべての郵便物が同じところに届くんじゃないですか?」
「ああ。一階の郵便部にすべての郵便物が集められる」
「『鉄腕アトム』はカラーページなんでしょ。だったら締め切りが早いから描けた分だけ先に送られてくるんじゃないかな」
「なるほど!そうですよ!郵便物を見張っていたらきっと桑田さんが原稿を送ってきますよ」
「よし!郵便部へ行こう!」
雅人は丸山と新井の後についてビルの一階にある郵便部の部屋を訪れた。
「あれ?丸さん、何の用?」
顔なじみのメール係の男が不思議そうに丸山に聞いた。
「いや。うちの急ぎの原稿が届いてないかと思ってね。俺たちで仕分けを手伝うから、郵便物を見せてくれよ」
「おっ!手伝ってくれるなら大歓迎だぜ」
「すまん!恩に着る!」
丸山と新井は郵便物をドサッと机の上に広げ、原稿サイズの書留郵便を懸命に探した。
「俺もお手伝いします」
「ああ!よろしく頼む。K文社宛ての封筒はすべてチェックしてくれ!」
二日間、そうして郵便物を探していると遂に新井はK文社宛ての原稿が入った書留郵便を見つけた。
差出人は『鉄腕アトム』の担当の桑田だった。
「ありました!間違いありませんよ、丸山さん!」
「差出人の住所はどこだ!?」
「きょ、京都です!京都市中京区の旅館です!」
「ちくしょう!京都まで逃げやがったのか!新井!今日の夜行列車に乗って京都へ行け!」
「は、はい!」
「俺もついて行っていいですか?あいつの首根っこをつかんで説教してやる!」
こうして雅人と新人編集者の新井は京都行きの夜行列車に飛び乗ったのだった。
翌朝、京都に着いた新井と雅人は目的の旅館に行って部屋を取った。
中居に案内されて廊下を歩いていると、突然新井たちの目の前に寝間着姿の治美が現れた。
治美は歯ブラシを口にくわえ、届いたばかりの朝刊を持って立っていた。
「あらあら、新井さん!?どうしてこんな所にいるのかしら?」
治美は楽しそうに微笑みながら言った。
「先生が消えたから追いかけてきたんですよ!」
「おい!治美!よくもまあ銭湯に行くと言って京都まで逃げて来たな!」
「あれれ!?雅人さんまで来たの?だったらちょうどいいわ。一緒にエリザさんとこ行きましょうよ」
と、治美が泊まっていた部屋のふすまを開けて「少年」の編集者の桑田も廊下に出てきた。
桑田は新井の姿を一目見て心底驚いていた。
「よ、よくここがわかったな」
「ひどいじゃないか、桑田さん!抜け駆けなんかして!」
「まあまあ!俺のとこの原稿はもう終わったよ。俺は原稿を持って東京に帰るから、あとはお前の原稿を描いてもらいな」
桑田は全く悪びれずにそう言った。
新井は治美に詰め寄った。
「手塚先生!『火の鳥』の別冊64ページ!今すぐ描いていただきます!」
「まあまあ。新井さん。せっかくだから一緒に朝がゆを食べません?雅人さんもね!」
治美は二人にイタズラっぽくウインクをして朝食に誘った。
「手塚先生が消えました!64ページの別冊付録を予定していたから、並木ハウスに進捗を確認に行ったらどこにもいませんでした。心当たりの旅館やホテルを手当たり次第に探しましたが見つかりません」
「何か思い当たることはないのか?」
「―――そう言えば、『鉄腕アトム』が急きょカラーページになったので締め切りが早まったとK文社の桑田さんが言っていました」
「ふうむ。桑田が怪しいな。あいつ、どこにいる?」
「『少年』の編集部に行っても誰も知らないって教えてくれないんですよ」
「こりゃ桑田がどこかに連れ出してカンヅメにしているな」
「どうしたらいいですか!?このままじゃ、ボク、クビですよ!」
丸山は腕組みをして考え込んだ。
「あのう…」
雅人が恐る恐る丸山と新井に話しかけた。
「ん?誰だ、君は?勝手に編集室に入って来たら困るな」
丸山がジロリと雅人を睨み付けた。
「丸山さん、彼、見覚えがありますよ。トキワ荘の住人で手塚先生のマネージャーですよ!」
「マネージャーじゃないよ!遠い親戚の者です」
「その遠い親戚が何の用だね?今は君の相手をしている暇はないんだよ」
「みなさん、手塚治虫を捜しているのでしょ?協力しますよ」
「本当かね!何か心当たりがあるのか?」
「恐らく神戸の実家に遊びに行ったのだと思います」
「神戸だと!?新井!さっそく神戸に行って捕まえてこい!」
「ちょ、ちょっと待って下さい。先ほど神戸には電話で確認しましたが、まだ手塚は現れていませんでした。俺が捜しに来ることを予想して、どこか関西の旅館に潜伏しているのだと思います」
「関西のどこにいるのかわからないのかね?」
「それはわかりません。でも……」
雅人は一歩前に踏み出して、丸山の正面に立った。
「丸山さん。このK談社の『少女クラブ』の編集部と『少年』のK文社は同じビルの中にありますね?」
「まあな。実質的にK文社の経営権を握っているのはK談社だからな。俺たちの編集部はこのビルの三階だが、K文社は五階にある。それがどうした?」
「このビルの郵便受けは共通でしょ。すべての郵便物が同じところに届くんじゃないですか?」
「ああ。一階の郵便部にすべての郵便物が集められる」
「『鉄腕アトム』はカラーページなんでしょ。だったら締め切りが早いから描けた分だけ先に送られてくるんじゃないかな」
「なるほど!そうですよ!郵便物を見張っていたらきっと桑田さんが原稿を送ってきますよ」
「よし!郵便部へ行こう!」
雅人は丸山と新井の後についてビルの一階にある郵便部の部屋を訪れた。
「あれ?丸さん、何の用?」
顔なじみのメール係の男が不思議そうに丸山に聞いた。
「いや。うちの急ぎの原稿が届いてないかと思ってね。俺たちで仕分けを手伝うから、郵便物を見せてくれよ」
「おっ!手伝ってくれるなら大歓迎だぜ」
「すまん!恩に着る!」
丸山と新井は郵便物をドサッと机の上に広げ、原稿サイズの書留郵便を懸命に探した。
「俺もお手伝いします」
「ああ!よろしく頼む。K文社宛ての封筒はすべてチェックしてくれ!」
二日間、そうして郵便物を探していると遂に新井はK文社宛ての原稿が入った書留郵便を見つけた。
差出人は『鉄腕アトム』の担当の桑田だった。
「ありました!間違いありませんよ、丸山さん!」
「差出人の住所はどこだ!?」
「きょ、京都です!京都市中京区の旅館です!」
「ちくしょう!京都まで逃げやがったのか!新井!今日の夜行列車に乗って京都へ行け!」
「は、はい!」
「俺もついて行っていいですか?あいつの首根っこをつかんで説教してやる!」
こうして雅人と新人編集者の新井は京都行きの夜行列車に飛び乗ったのだった。
翌朝、京都に着いた新井と雅人は目的の旅館に行って部屋を取った。
中居に案内されて廊下を歩いていると、突然新井たちの目の前に寝間着姿の治美が現れた。
治美は歯ブラシを口にくわえ、届いたばかりの朝刊を持って立っていた。
「あらあら、新井さん!?どうしてこんな所にいるのかしら?」
治美は楽しそうに微笑みながら言った。
「先生が消えたから追いかけてきたんですよ!」
「おい!治美!よくもまあ銭湯に行くと言って京都まで逃げて来たな!」
「あれれ!?雅人さんまで来たの?だったらちょうどいいわ。一緒にエリザさんとこ行きましょうよ」
と、治美が泊まっていた部屋のふすまを開けて「少年」の編集者の桑田も廊下に出てきた。
桑田は新井の姿を一目見て心底驚いていた。
「よ、よくここがわかったな」
「ひどいじゃないか、桑田さん!抜け駆けなんかして!」
「まあまあ!俺のとこの原稿はもう終わったよ。俺は原稿を持って東京に帰るから、あとはお前の原稿を描いてもらいな」
桑田は全く悪びれずにそう言った。
新井は治美に詰め寄った。
「手塚先生!『火の鳥』の別冊64ページ!今すぐ描いていただきます!」
「まあまあ。新井さん。せっかくだから一緒に朝がゆを食べません?雅人さんもね!」
治美は二人にイタズラっぽくウインクをして朝食に誘った。
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