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フィルムは生きている その2
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約束の時間午前十時きっちりに二人の紳士がやって来た。
雅人が玄関に迎えに出ると白髪の紳士が言った。
「東映の者ですが、手塚先生にお会いしたいのですが」
「お待ちしておりました。どうぞ、おあがりください」
雅人が応接室に二人の紳士を通すと、ねぼけまなこの治美がソファーに座って待っていた。
若い方の男は治美の姿を見て驚いた。
男はここに来る前に手塚治虫の作品は何冊も読んできた。
どれも独創的で理知的で素晴らしいアイデアにあふれた作品だった。
男にはあの作品群と目の前で眠そうな顔で座っている治美とがどうしても結び付かなかった。
二十五歳になった治美はまるでハリウッド映画から抜け出してきたような容姿端麗な金髪美女だった。
だが気だるそうに眼をこすっている姿からはまったく知性が感じられなかった。
白髪の紳士が口を開いた。
「実は今度東映動画で手塚先生の作品を原作にして長編動画映画を作りたいのです」
「わかりました!やりましょう!」
治美はその白髪の紳士の手を取って即答した。
「えっ!?まだなんの説明もしておりませんが?」
「わたしが『漫画王』に連載している『ぼくのそんごくう』のアニメ化でしょ」
「そ、その通りです。どうしてそれがわかったのですか?」
「東映はこの10月22日に日本初の総天然色長編漫画映画『白蛇伝』を作ったでしょ。あれは日本のアニメ史に残る素晴らしいアニメでした。きっと将来10月22日は『アニメの日』と呼ばれることでしょうね」
「それはどうも…」
「『白蛇伝』は中国の有名な民話ですよね。アニメーションで『白雪姫』や『シンデレラ』みたいな西洋物を作ったらディズニーには到底かないません。だから東映動画では中国を舞台にした『白蛇伝』を作ったのでしょ?となると今度も中国を舞台にした映画を作るのじゃないかと思ったのです」
「なるほど!」
「そしてわたしの作品の中で中国を舞台にした物語と言えば『ぼくのそんごくう』です」
「素晴らしい慧眼をお持ちだ!感服いたしました」
「わたしは以前からアニメーションをやりたくてやりたくてしょうがなかった。ぜひその映画にわたしも参加させて下さい!ストーリーボードから入ります。この仕事を通じてわたしもアニメ制作のノウハウを勉強をさせてもらいます」
治美が二つ返事で快諾したため、東映動画から来た二人の紳士は大喜びで帰っていった。
二人っきりになると雅人は治美の肩を叩いて喜んだ。
「やったな!これでいよいよアニメーション制作が始まるんだな!思えばここまで来るまで長かったな」
「はい!わたしも感無量です!」
「俺がマネージャーをするのも治美がアニメを作るまでと言う約束だったからな。ようやく俺もお役御免だな」
「えっ!?そんなこと言いましたっけ?」
「いまさら誤魔化しはきかないからな」
「チッ!覚えていたのか」
「そんなことより素人の俺に教えてくれよ。漫画映画ってどうやって作るんだ?ストーリーボードってどんな物なんだい?」
「まあなんと言いますか、わたしもよく知りませんが、映像イメージを描いた漫画映画の設計図みたいなものですよ」
「よくわからんな。どんな物か描いてみてくれよ」
「か、描く………?」
「ああ!いつものようにコミックグラスを使ってパッパッとトレースしてくれよ」
「―――コミックグラスにはストーリーボードみたいなアニメの資料は保存されていません!わたし、実際にどうやってアニメ作るのなんか知りませんよ」
「でもお前は今、『中学一年コース』にアニメ制作者の漫画を描いているじゃないか?『フィルムは生きている』という漫画映画を作ることを夢見て地方から大都市に出てきた青年の青春物語だ」
「あの漫画はあくまでもフィクションだから参考になりませんね」
「それじゃあ、この先どうやってアニメを作るつもりなんだ!?」
「どうしましょう、雅人さん!?安請け合いしたけどわたし、何も考えていませんでした!」
治美は雅人の腕にすがりついて右に左に揺さぶった。
「う~~~ん………」
目を閉じ腕組みをした雅人は、体を左右に揺らしながら考え込んだ。
「本物の手塚治虫はこの後どうするんだ?」
「東映動画の嘱託として長編アニメ『西遊記』の原案構成・演出を担当して東映動画スタジオに通います。映画は昭和35年8月14日に公開されます。そして手塚先生は昭和36年6月に手塚プロダクション動画部を設立。同年12月、株式会社虫プロダクションとして正式発足し、37年9月、第1作目の『ある街角の物語』を完成させます」
治美は誇らしげに言った。
「それで治美はその『西遊記』や『ある街角の物語』を観たことはあるのか?」
「ちょっと待って下さい。実はコミックグラスに少しですが、有名な手塚アニメの動画ファイルも保存されていますから調べてみますね」
治美はコミックグラスを操作して、動画フォルダを検索し始めた。
「『ある街角の物語』はありました!でも『西遊記』は見当たりませんね」
「治美は『西遊記』の映画を観たことないのか?」
「そりゃ手塚フアンとしては一度は観ていますよ。でも子供の頃だからよく覚えていません。それに正直言ってわたし、手塚アニメはあまり好きじゃないんです」
「ほほう!それは意外だな」
「アニメは手塚先生一人の作品じゃないでしょ。他のいろんな人の手や考えが混じっているから純粋な手塚作品とは思えないんです。それに手塚先生がアニメなんかうつつを抜かさずに漫画だけに専念してくれたなら、もっと長生きして、もっと沢山の漫画を描けたと思うんですよ」
「ふーん…。複雑なフアン心理だな」
雅人が玄関に迎えに出ると白髪の紳士が言った。
「東映の者ですが、手塚先生にお会いしたいのですが」
「お待ちしておりました。どうぞ、おあがりください」
雅人が応接室に二人の紳士を通すと、ねぼけまなこの治美がソファーに座って待っていた。
若い方の男は治美の姿を見て驚いた。
男はここに来る前に手塚治虫の作品は何冊も読んできた。
どれも独創的で理知的で素晴らしいアイデアにあふれた作品だった。
男にはあの作品群と目の前で眠そうな顔で座っている治美とがどうしても結び付かなかった。
二十五歳になった治美はまるでハリウッド映画から抜け出してきたような容姿端麗な金髪美女だった。
だが気だるそうに眼をこすっている姿からはまったく知性が感じられなかった。
白髪の紳士が口を開いた。
「実は今度東映動画で手塚先生の作品を原作にして長編動画映画を作りたいのです」
「わかりました!やりましょう!」
治美はその白髪の紳士の手を取って即答した。
「えっ!?まだなんの説明もしておりませんが?」
「わたしが『漫画王』に連載している『ぼくのそんごくう』のアニメ化でしょ」
「そ、その通りです。どうしてそれがわかったのですか?」
「東映はこの10月22日に日本初の総天然色長編漫画映画『白蛇伝』を作ったでしょ。あれは日本のアニメ史に残る素晴らしいアニメでした。きっと将来10月22日は『アニメの日』と呼ばれることでしょうね」
「それはどうも…」
「『白蛇伝』は中国の有名な民話ですよね。アニメーションで『白雪姫』や『シンデレラ』みたいな西洋物を作ったらディズニーには到底かないません。だから東映動画では中国を舞台にした『白蛇伝』を作ったのでしょ?となると今度も中国を舞台にした映画を作るのじゃないかと思ったのです」
「なるほど!」
「そしてわたしの作品の中で中国を舞台にした物語と言えば『ぼくのそんごくう』です」
「素晴らしい慧眼をお持ちだ!感服いたしました」
「わたしは以前からアニメーションをやりたくてやりたくてしょうがなかった。ぜひその映画にわたしも参加させて下さい!ストーリーボードから入ります。この仕事を通じてわたしもアニメ制作のノウハウを勉強をさせてもらいます」
治美が二つ返事で快諾したため、東映動画から来た二人の紳士は大喜びで帰っていった。
二人っきりになると雅人は治美の肩を叩いて喜んだ。
「やったな!これでいよいよアニメーション制作が始まるんだな!思えばここまで来るまで長かったな」
「はい!わたしも感無量です!」
「俺がマネージャーをするのも治美がアニメを作るまでと言う約束だったからな。ようやく俺もお役御免だな」
「えっ!?そんなこと言いましたっけ?」
「いまさら誤魔化しはきかないからな」
「チッ!覚えていたのか」
「そんなことより素人の俺に教えてくれよ。漫画映画ってどうやって作るんだ?ストーリーボードってどんな物なんだい?」
「まあなんと言いますか、わたしもよく知りませんが、映像イメージを描いた漫画映画の設計図みたいなものですよ」
「よくわからんな。どんな物か描いてみてくれよ」
「か、描く………?」
「ああ!いつものようにコミックグラスを使ってパッパッとトレースしてくれよ」
「―――コミックグラスにはストーリーボードみたいなアニメの資料は保存されていません!わたし、実際にどうやってアニメ作るのなんか知りませんよ」
「でもお前は今、『中学一年コース』にアニメ制作者の漫画を描いているじゃないか?『フィルムは生きている』という漫画映画を作ることを夢見て地方から大都市に出てきた青年の青春物語だ」
「あの漫画はあくまでもフィクションだから参考になりませんね」
「それじゃあ、この先どうやってアニメを作るつもりなんだ!?」
「どうしましょう、雅人さん!?安請け合いしたけどわたし、何も考えていませんでした!」
治美は雅人の腕にすがりついて右に左に揺さぶった。
「う~~~ん………」
目を閉じ腕組みをした雅人は、体を左右に揺らしながら考え込んだ。
「本物の手塚治虫はこの後どうするんだ?」
「東映動画の嘱託として長編アニメ『西遊記』の原案構成・演出を担当して東映動画スタジオに通います。映画は昭和35年8月14日に公開されます。そして手塚先生は昭和36年6月に手塚プロダクション動画部を設立。同年12月、株式会社虫プロダクションとして正式発足し、37年9月、第1作目の『ある街角の物語』を完成させます」
治美は誇らしげに言った。
「それで治美はその『西遊記』や『ある街角の物語』を観たことはあるのか?」
「ちょっと待って下さい。実はコミックグラスに少しですが、有名な手塚アニメの動画ファイルも保存されていますから調べてみますね」
治美はコミックグラスを操作して、動画フォルダを検索し始めた。
「『ある街角の物語』はありました!でも『西遊記』は見当たりませんね」
「治美は『西遊記』の映画を観たことないのか?」
「そりゃ手塚フアンとしては一度は観ていますよ。でも子供の頃だからよく覚えていません。それに正直言ってわたし、手塚アニメはあまり好きじゃないんです」
「ほほう!それは意外だな」
「アニメは手塚先生一人の作品じゃないでしょ。他のいろんな人の手や考えが混じっているから純粋な手塚作品とは思えないんです。それに手塚先生がアニメなんかうつつを抜かさずに漫画だけに専念してくれたなら、もっと長生きして、もっと沢山の漫画を描けたと思うんですよ」
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