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ロック冒険記 その3
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「カンニンしとぉくれやす。うち、背景や人物を描いた絵ならもう送っとります」
「絵を描くスピードも見たいんだよ。そうだな。喫茶店に座ってホットケーキを食べてるカップルの絵をフカンで描いてみてくれないか」
「い、今からどすか…?今はうち、お仕事中なのどすが…」
「バッパッと描いてみてくれ」
「せわしないお人やなあ。かなんなあ…」
章子は厨房の方を気にしてチラチラと振り返り、指でオデコをポリポリとかいた。
「しょがおへん。そない言うなら描いてみせましょか!」
章子は鉛筆を取ると、腰を曲げて顔を紙に近づけ、サラサラと絵を描き始めた。
まったく描き直しをせずに、一度も彼女の手は止まらなかった。
見る見るうちに向かい合って座る男女の姿が出来上がった。
男の方はコーヒーを飲み、女はシロップのかかったホットーケーキをおいしそうに食べている。
「見事だ!一分かからなかった!」
「かわいらしいい女の子ね。いかにも子供マンガと言った感じのほのぼのとした絵柄だわ」
「おおきに」
緊張していたのだろう、章子は顔を上気させて言った。
「手塚先生のタッチに似てますね。やはり手塚先生の絵を真似てマンガを描き始めたのでしょうね」
「おっしゃる通りどす。うち、手塚先生の単行本はみんな持っとります」
「アシスタントとしては即戦力だわ」
治美は立ち上がって右手を差し出した。
「小森章子さん、合格よ。用意ができたら神戸北野町を訪ねてきて」
「え、ほんまどすか!?おおきに!おおきに!」
章子は治美の手を握りしめ、何度も何度もお辞儀をした。
と、奥の厨房の方から男の怒鳴り声がした。
「おい!何を油売っとるんや!早く戻って来んかい!」
厨房にいたマスターが章子を呼びつけたのだ。
「す、すみまへん!うち、もう戻らへんといけません」
章子はペコペコとお辞儀をしながら大慌てで戻っていった。
「僕の読みが外れました!小森章子は未来人ではありませんね」
横山は無意識に胸ポケットをまさぐって煙草を探しながら言った。
しかし、目の間に治美がいるので煙草を吸うのはあきらめた。
横山はコーヒーカップに手を伸ばすと一口飲み、残念そうに言った。
「コミックグラスは使わずに漫画を描いていましたね。彼女は絵の上手いただの漫画家志望の女性です」
「わたしは章子さんが未来人でなくてホッとしてるの」
「どうして?」
「あんな絵の上手な人が手伝ってくれるのなら大助かりよ。未来人ばっかり来てもわたしのマンガを描いてくれないでしょ」
「アシスタントと言っても、手塚先生の場合ただの手伝いじゃなくて、共同作成者ですからね」
「そうそう!」
「しかし、手塚先生も東京に行ったら、自分ひとりで漫画を描けるようにならないと困りますよ」
「大丈夫大丈夫!絵なんて描けば描くほどうまくなるものよ!わたしだってずーとマンガ描いてきたんだから、かなり上達したわよ」
「本当ですかね?だったら喫茶店に座ってホットケーキを食べてるカップルをアオリで描いてみて下さい」
「そ、それぐらいお安い御用よ!」
治美はコミックグラスを外して、鉛筆を握って紙に向かい合った。
治美はじっと固まったまま紙を見つめ、額からは汗が流れてきた。
「どうしました、手塚先生?」
「――アオリって何なの?」
横山はコーヒーを飲み干すとゆっくりと立ち上がった。
「絵の上手なアシスタントさん、沢山雇いましょうね!」
「絵を描くスピードも見たいんだよ。そうだな。喫茶店に座ってホットケーキを食べてるカップルの絵をフカンで描いてみてくれないか」
「い、今からどすか…?今はうち、お仕事中なのどすが…」
「バッパッと描いてみてくれ」
「せわしないお人やなあ。かなんなあ…」
章子は厨房の方を気にしてチラチラと振り返り、指でオデコをポリポリとかいた。
「しょがおへん。そない言うなら描いてみせましょか!」
章子は鉛筆を取ると、腰を曲げて顔を紙に近づけ、サラサラと絵を描き始めた。
まったく描き直しをせずに、一度も彼女の手は止まらなかった。
見る見るうちに向かい合って座る男女の姿が出来上がった。
男の方はコーヒーを飲み、女はシロップのかかったホットーケーキをおいしそうに食べている。
「見事だ!一分かからなかった!」
「かわいらしいい女の子ね。いかにも子供マンガと言った感じのほのぼのとした絵柄だわ」
「おおきに」
緊張していたのだろう、章子は顔を上気させて言った。
「手塚先生のタッチに似てますね。やはり手塚先生の絵を真似てマンガを描き始めたのでしょうね」
「おっしゃる通りどす。うち、手塚先生の単行本はみんな持っとります」
「アシスタントとしては即戦力だわ」
治美は立ち上がって右手を差し出した。
「小森章子さん、合格よ。用意ができたら神戸北野町を訪ねてきて」
「え、ほんまどすか!?おおきに!おおきに!」
章子は治美の手を握りしめ、何度も何度もお辞儀をした。
と、奥の厨房の方から男の怒鳴り声がした。
「おい!何を油売っとるんや!早く戻って来んかい!」
厨房にいたマスターが章子を呼びつけたのだ。
「す、すみまへん!うち、もう戻らへんといけません」
章子はペコペコとお辞儀をしながら大慌てで戻っていった。
「僕の読みが外れました!小森章子は未来人ではありませんね」
横山は無意識に胸ポケットをまさぐって煙草を探しながら言った。
しかし、目の間に治美がいるので煙草を吸うのはあきらめた。
横山はコーヒーカップに手を伸ばすと一口飲み、残念そうに言った。
「コミックグラスは使わずに漫画を描いていましたね。彼女は絵の上手いただの漫画家志望の女性です」
「わたしは章子さんが未来人でなくてホッとしてるの」
「どうして?」
「あんな絵の上手な人が手伝ってくれるのなら大助かりよ。未来人ばっかり来てもわたしのマンガを描いてくれないでしょ」
「アシスタントと言っても、手塚先生の場合ただの手伝いじゃなくて、共同作成者ですからね」
「そうそう!」
「しかし、手塚先生も東京に行ったら、自分ひとりで漫画を描けるようにならないと困りますよ」
「大丈夫大丈夫!絵なんて描けば描くほどうまくなるものよ!わたしだってずーとマンガ描いてきたんだから、かなり上達したわよ」
「本当ですかね?だったら喫茶店に座ってホットケーキを食べてるカップルをアオリで描いてみて下さい」
「そ、それぐらいお安い御用よ!」
治美はコミックグラスを外して、鉛筆を握って紙に向かい合った。
治美はじっと固まったまま紙を見つめ、額からは汗が流れてきた。
「どうしました、手塚先生?」
「――アオリって何なの?」
横山はコーヒーを飲み干すとゆっくりと立ち上がった。
「絵の上手なアシスタントさん、沢山雇いましょうね!」
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