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ジャングル大帝 その1
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昭和30年1月11日、火曜日。
手塚家の茶の間で治美が一人でネームを描いていると、学生服姿の雅人が学校から帰ってきた。
「おかえりなさい、雅人さん」
右手に鉛筆を握り、左手でチョコレートを摘まんでいた治美が顔を上げた。
「来ていたのか、治美。ちょうどいい、手塚治虫宛ての手紙が来てるぞ」
雅人が分厚い封筒を手渡した。
「K文社からだ。きっと仕事の依頼だぞ」
「おっ!やっと来ましたか!」
治美はいそいそと封を切って手紙を取り出した。
治美はしばらくの間じっと手紙を見つめてから言った。
「………達筆すぎて読めません!」
「しょうがないな。貸してみろ」
雅人が手紙を受け取り、代わりに黙読した。
「なんて書いてますか?」
「K文社では新人の漫画家を探していて都内の貸本屋を回って人気のある作品を調べた。その結果、手塚治虫の名前が一番に上がった。ぜひとも手塚先生に連載を前提にした作品を描いていただきたい、だとさ」
「やった!ついに月刊誌の連載だわ!」
「おめでとう!それで何を描くんだ?」
「雑誌の名前は何ですか?」
「えーと…」
雅人は茶の間をキョロキョロと見渡して、畳の上に転がっている雑誌を一冊取り上げた。
「これだ。『少年』だ」
「『少年』ですか!『少年』と言えば『鉄腕アトム』ですよ!」
「それって、お前が初めて家に来た日に話していた作品じゃないか!」
「ええ!後に日本初のテレビ用アニメになる『鉄腕アトム』です!遂にアトムを世に出す時がやってきました!さっそくネームを描きます!」
治美は張り切って右腕をグルグルと回すと、新しいケント紙に向かった。
治美は「長編科学冒険漫画 アトム大使」とタイトルを大きく描いた。
「『アトム大使』?『鉄腕アトム』じゃないのか?」
「最初の構想では科学の進んだ架空の都市の物語『アトム大陸』というタイトルでした。でも大陸だと規模が大きすぎるからもっと個人に絞ってくれってボツにされたそうです。それで内容が決まらないまま『アトム大使』というタイトルだけ決めて予告を掲載しました」
「中身も決めずに先にタイトルだけ予告するのか。すごい話だな。それで大使って何の大使なんだ?」
「宇宙人と地球人の戦争が起きて、ロボットのアトムが平和大使として派遣されるといったお話です。だからアトムは最初ただの脇役でした。でも読者の人気が一番になったので、編集者がアトムを主人公にした話を描いてくれって依頼してきて『鉄腕アトム』の連載が始まりました」
「ふーん。それでアトムはどれぐらいの期間、連載するんだ?」
「えーと、ちょっと待って下さいね」
治美はコミックグラスを操作して調べ始めた。
「『アトム大使』が昭和26年4月号から昭和27年3月号まで連載していますね。その後、『鉄腕アトム』の連載が昭和27年4月号から昭和43年3月号までですね」
「ほう…。17年も連載するのか」
「ゲゲッ!17年!?ちょっと待って!わたし、そんなに長くこの世界にいるつもりないですよ!」
「どんなつもりなんだ?」
「せいぜい2、3年マンガとアニメを作って、日本にマンガを根付かせたら元の世界に帰るつもりです」
(相変わらずお気楽なヤツだな!たった数年でそんなことできるわけないだろう!たとえ出来たとして、都合よく元の世界に戻れる保証はないだろう!)
と、雅人は叫びたい気持ちをグッと堪えて微笑んだ。
「そうかそうか。頑張れよ」
「そうだ!雅人さん!聞いて下さいよ!」
「うん?言ってみろよ」
「手塚先生は、各時代に応じて自身の作品をリライトすることが多く、連載時と単行本とは大幅に内容が違うんですよ。特に月刊誌時代の作品は、本誌掲載分と別冊付録部分と原稿の大きさが違うので、単行本にまとめる際にかなり手を加えているんです」
「コミックグラスに内蔵されている漫画をそのまま模写しても、原稿の大きさが違うということか?大問題じゃないか!?」
「ご安心下さい!わたしのコミックグラスに内蔵された『超完全版手塚治虫全作品集』が凄いのは、連載当時のスタイルそのままに収録されているところです」
「なんだ。だったら何が問題なんだ?」
「手塚先生は過去の作品が収録されるたびにセリフとか変えちゃうんですよ」
「はあ?どういうことだ?」
「例えばですねぇ、1969年3月30日号、週刊少年サンデーという雑誌に『0次元の丘』という読み切りが掲載されたんですよ。これは輪廻転生をテーマにした傑作SFなんです。最初に主人公の弟が勝手にレコードを聴いていたので主人公が怒るんですよ。俺のステレオで『グッド・ナイト・ベイビー』なんか聞くなって。これは1969年当時にこの歌が流行っていたからなんです。でも、後にこの読み切りはいろんな全集に収録されるんですけど、そのたびその当時流行っていた曲目にセリフを変えるんですよ。俺のステレオでピングレディなんか聞くなっとかね」
「なるほど。連載作品は、その時々の時事的なネタが作品に反映されているから困るんだな」
「はい。その当時流行っていた歌とか映画とか使われても、わたしには元ネタがわからないんですよ」
「なるほどね。ネームが描けたら俺に一番に読ませてくれ。チェックしてやるよ」
手塚家の茶の間で治美が一人でネームを描いていると、学生服姿の雅人が学校から帰ってきた。
「おかえりなさい、雅人さん」
右手に鉛筆を握り、左手でチョコレートを摘まんでいた治美が顔を上げた。
「来ていたのか、治美。ちょうどいい、手塚治虫宛ての手紙が来てるぞ」
雅人が分厚い封筒を手渡した。
「K文社からだ。きっと仕事の依頼だぞ」
「おっ!やっと来ましたか!」
治美はいそいそと封を切って手紙を取り出した。
治美はしばらくの間じっと手紙を見つめてから言った。
「………達筆すぎて読めません!」
「しょうがないな。貸してみろ」
雅人が手紙を受け取り、代わりに黙読した。
「なんて書いてますか?」
「K文社では新人の漫画家を探していて都内の貸本屋を回って人気のある作品を調べた。その結果、手塚治虫の名前が一番に上がった。ぜひとも手塚先生に連載を前提にした作品を描いていただきたい、だとさ」
「やった!ついに月刊誌の連載だわ!」
「おめでとう!それで何を描くんだ?」
「雑誌の名前は何ですか?」
「えーと…」
雅人は茶の間をキョロキョロと見渡して、畳の上に転がっている雑誌を一冊取り上げた。
「これだ。『少年』だ」
「『少年』ですか!『少年』と言えば『鉄腕アトム』ですよ!」
「それって、お前が初めて家に来た日に話していた作品じゃないか!」
「ええ!後に日本初のテレビ用アニメになる『鉄腕アトム』です!遂にアトムを世に出す時がやってきました!さっそくネームを描きます!」
治美は張り切って右腕をグルグルと回すと、新しいケント紙に向かった。
治美は「長編科学冒険漫画 アトム大使」とタイトルを大きく描いた。
「『アトム大使』?『鉄腕アトム』じゃないのか?」
「最初の構想では科学の進んだ架空の都市の物語『アトム大陸』というタイトルでした。でも大陸だと規模が大きすぎるからもっと個人に絞ってくれってボツにされたそうです。それで内容が決まらないまま『アトム大使』というタイトルだけ決めて予告を掲載しました」
「中身も決めずに先にタイトルだけ予告するのか。すごい話だな。それで大使って何の大使なんだ?」
「宇宙人と地球人の戦争が起きて、ロボットのアトムが平和大使として派遣されるといったお話です。だからアトムは最初ただの脇役でした。でも読者の人気が一番になったので、編集者がアトムを主人公にした話を描いてくれって依頼してきて『鉄腕アトム』の連載が始まりました」
「ふーん。それでアトムはどれぐらいの期間、連載するんだ?」
「えーと、ちょっと待って下さいね」
治美はコミックグラスを操作して調べ始めた。
「『アトム大使』が昭和26年4月号から昭和27年3月号まで連載していますね。その後、『鉄腕アトム』の連載が昭和27年4月号から昭和43年3月号までですね」
「ほう…。17年も連載するのか」
「ゲゲッ!17年!?ちょっと待って!わたし、そんなに長くこの世界にいるつもりないですよ!」
「どんなつもりなんだ?」
「せいぜい2、3年マンガとアニメを作って、日本にマンガを根付かせたら元の世界に帰るつもりです」
(相変わらずお気楽なヤツだな!たった数年でそんなことできるわけないだろう!たとえ出来たとして、都合よく元の世界に戻れる保証はないだろう!)
と、雅人は叫びたい気持ちをグッと堪えて微笑んだ。
「そうかそうか。頑張れよ」
「そうだ!雅人さん!聞いて下さいよ!」
「うん?言ってみろよ」
「手塚先生は、各時代に応じて自身の作品をリライトすることが多く、連載時と単行本とは大幅に内容が違うんですよ。特に月刊誌時代の作品は、本誌掲載分と別冊付録部分と原稿の大きさが違うので、単行本にまとめる際にかなり手を加えているんです」
「コミックグラスに内蔵されている漫画をそのまま模写しても、原稿の大きさが違うということか?大問題じゃないか!?」
「ご安心下さい!わたしのコミックグラスに内蔵された『超完全版手塚治虫全作品集』が凄いのは、連載当時のスタイルそのままに収録されているところです」
「なんだ。だったら何が問題なんだ?」
「手塚先生は過去の作品が収録されるたびにセリフとか変えちゃうんですよ」
「はあ?どういうことだ?」
「例えばですねぇ、1969年3月30日号、週刊少年サンデーという雑誌に『0次元の丘』という読み切りが掲載されたんですよ。これは輪廻転生をテーマにした傑作SFなんです。最初に主人公の弟が勝手にレコードを聴いていたので主人公が怒るんですよ。俺のステレオで『グッド・ナイト・ベイビー』なんか聞くなって。これは1969年当時にこの歌が流行っていたからなんです。でも、後にこの読み切りはいろんな全集に収録されるんですけど、そのたびその当時流行っていた曲目にセリフを変えるんですよ。俺のステレオでピングレディなんか聞くなっとかね」
「なるほど。連載作品は、その時々の時事的なネタが作品に反映されているから困るんだな」
「はい。その当時流行っていた歌とか映画とか使われても、わたしには元ネタがわからないんですよ」
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