REMAKE~わたしはマンガの神様~

櫃間 武士

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メトロポリス その4

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 次に治美と横山は「ロストワールド」を発行してくれたF書房を訪れた。

 F書房はこじんまりとした出版社だったが、もともと児童書を発行していた会社で、社長も漫画に対して理解があった。

「社長さん。お久しぶりです!」

「おお!手塚先生、新作できましたか?」

「はい!ここに!」

 治美はにっこりと微笑みながら原稿の詰まった茶封筒をシュルダーバッグから取り出した。

「『メトロボリス』です」

「素晴らしい!早く読ませて下さい!」



 ちょうど昼飯時になったため、二人はF書房の社長に連れられて近所の大衆食堂で定食をご馳走になった。

 治美と横山が定食を食べている前で、F書房の社長は定食には箸もつけず一心不乱に「メトロボリス」の原稿を読みふけっていた。

「太陽黒点、雌雄同体の人造人間、悪の秘密結社、ロボットたちの人間への反逆…。このわずかなページ数に詰め込まれた濃縮された物語がスピーデイーに展開される!こ、こんな漫画、読んだことありません!そして、メトロポリスをバックに発展する科学文明への警鐘を語る博士の姿に始まり、最後に再び締めくくられるラストシーン!ペーソスが漂う素晴らしい締めくくりだ!手塚先生の彗眼の鋭さには今更ながら舌を巻きます!」

「えへへへ!もっと褒めて!褒めて!自分のことのように嬉しいわ!」

「いえ、ご自分のことでしょうが、手塚先生?」

 社長が怪訝な顔つきで治美を見た。

「ホホホホ!そうですよねぇ!」

 治美は慌てて笑ってごまかした。

 そして「メトロボリス」を読み終えた社長に、治美はもうひとつ原稿の入った茶封筒を差し出した。

「こちらの原稿は何でしょうか?」

 治美は隣に座っている横山を手のひらで指し示した。

「わたしの一番弟子、横山光輝さんの原稿です。彼は物凄い才能の持ち主です。わたしが保証します」

「よろしくお願いします」

 横山は社長に原稿の束を手渡した。

「ほほう。拝見しましょう。タイトルは『白百合物語』ですか」

「はい。可憐な少女、白百合幸子が過酷な運命に翻弄されながらも、気丈に生きていく感動の物語です!」

「どれどれ…。ほう、目次の前に前書きがありますね。丁寧な構成で好感が持てます。舞台は須磨の海岸ですか」

「ええ。やはり地元を舞台にしたお話を描きたかったので………」

 社長はまた昼飯に手も付けずに横山の原稿を読み始めた。

「白百合物語」をF書房に持ち込んだのは、もともとは社長が少女漫画の原稿を欲しがっていたからだ。

 治美はまだ少女漫画を描く予定になかったので横山に相談したところ、実は本物の横山光輝は「音無しの剣」より先に「白百合物語」という少女漫画を描いていたことを知ったのだ。

 そこで急遽、横山は治美のアシスタントをしながら少しずつ「白百合物語」を描いていたのだった。

「白百合幸子が東京から神戸に転校してきます。幸子は担任の西田先生からピアノの実力を認められ、2ヶ月後にある音楽会への出場を勧められます」

「神戸のお嬢様学校の雰囲気が上手に描けていますね。全体的に絵も可愛いし、とっても上品だ。これは女の子に大うけですよ」

 社長は横山の漫画をとても気に入り、その場で採用しただけでなく、来月にまた新しい少女漫画を描くように依頼してきた。

 治美は来月末には次のSF大作「来るべき世界」とともに横山の少女漫画を持ってくることを約束した。



 手塚治虫の新作「ジャングル魔境」と「メトロポリス<大都会>」は11月に発売され、どちらも大ヒット作となった。

 治美は次に初期SF三部作の最後にあたる「来るべき世界」のネームを描きたかったが後回しにした。

 その代わりに「有尾人」「ファウスト」「ふしぎ旅行記」の三作を平行してネームを描いていった。

 そして虫プロ内で治美は安村、藤木、赤城の三名のチーフアシスタントを集めて、書き溜めた分のネームを渡して言った。

「I出版用のジャングル物『有尾人』は安村氏にお願いするわね。これが終わったら同じくI出版用の冒険活劇『地底国の怪人』もまかせるわ。この二作品は登場人物も少ないし、線画の数も少ないのでとにかくスピード重視で描いてね。どれだけ早く描けるか挑戦してみて、安村氏!」

「はい!お任せください!」

 安村はドンと自分の胸を拳で叩いた。

「赤城氏はギャグ漫画家志望よね。コメディの「ふしぎ旅行記」と「珍アラビアンナイト」をお願いするわ。ギャグマンガの描き方も勉強してね」

「あ、ありがとうございます!きっとご期待に応えられるよう頑張ります」

 色白の赤城が頬を赤く染めて治美からネームを受け取った。

「最後に藤木氏。君は文学青年だから世界名作路線の「ファウスト」と「罪と罰」を描いてもらうわ。どちらも読んだことあるのでしょう?」

「はい!まさか世界文学を漫画化するなんて、思いもしませんでした!素晴らしいアイディアです、手塚先生!」

 もちろん治美はゲーテやドストエフスキーを読んだことなどなかった。

 そこで実際に原作を読んだことのある藤木にすべてお任せすることにしたのだった。

「みんなも立派な漫画家になりたいなら、いろんな勉強をしなさいね。小説や映画や舞台や音楽、どんなものでも吸収して漫画の役に立つからね」

(わたしが東京に行く前に、彼らを立派な漫画家に育て上げなくちゃ!)

 この頃になると、治美は手塚作品を発表するだけではなく、漫画家の育成にも力を注ぐようになった。

「年内にこの六冊を必ず単行本化します!頑張りましょう!」

 安村たちは一斉に原稿用紙に向かってペンを走らせていった。
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