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新寶島 その2

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「言っとくが、全部の手塚作品をリメイクする余裕はないからな」

 ともすれば暴走しがちな治美に前もって雅人は釘を刺した。

「もちろん!それぐらいわたしもジュウジュウ承知しております!」

「本当だぞ!影響力のある有名な作品だけを厳選して描いていくんだ」

 雅人はタイトルを書き留めておくために手帳を取り出した。

「まず『地底国の怪人』は実質手塚先生のストーリーマンガのデビュー作ですから外せません」

「『地底国の怪人』な…」 

「『新寶島しんたからじま』発表後、ジャングル物の人気がでます。『ジャングル魔境』、『ターザンの秘密基地』、『有尾人』は必須です」

「ふんふん…」

「世界名作路線の『ファウスト』と『罪と罰』。特に手塚先生は『ファウスト』が好きで、後に『百物語』、『ネオ・ファウスト』という『ファウスト』をモチーフした作品も描きます。

「漫画の描き方を子供たちに教えるために『漫画大学』は絶対必要です。

「アメリカで『ミクロの決死圏』って有名なSF映画を作る元になった『吸血魔団』。

「いろんな絵柄で複雑なストーリーを表現した実験作『化石島』。

「西部劇の『拳銃天使』。時代劇の『平原太平記』

「楽しいコメディの『ふしぎ旅行記』、『珍アラビアンナイト』

「そして有名な初期SF3部作、『ロストワールド<前世紀> 地球編、宇宙編』、『メトロポリス<大都会>』、『来るべき世界 前編・後編』。

「『ロストワールド』は手塚先生が5回もリメイクし、冒頭に「これは漫畫まんがに非ず。小説にも非ず」という一文を掲げたほどの自信作です。

「『メトロポリス』は2001年に大友克洋の脚本でアニメ映画化しています。

「『来るべき世界』は1980年に『フウムーン』のタイトルで24時間テレビのスペシャルアニメとし放映されました」

「もういい!わかった!」

 雅人は両手を激しく振って治美の話を遮った。

「――全部で18冊にもなるぞ!」

「本当はまだまだ描きたい作品が一杯あるんですよ」

「治美の気持ちはよくわかっているよ。でも、そんなに描けるわけないだろう」

「いえ!効率的に漫画原稿を生み出すための手法を考えてみます」

「素人のお前が!?ついこの前までペン入れのことも知らなかったお前がか!?」

「手塚先生は大阪の赤本時代の4年間で34作品36冊の単行本を書きおろしています。同時に雑誌に何本も連載していたんですよ。それに比べたらたいしたありません。わたしは来年の春までに8か月で18冊の単行本を書き下ろすつもりです」

「どうして来年の春までなんだ?」

「来年、わたしは東京に進出します。雑誌の連載を始めるつもりです」

 思いがけない治美の言葉に雅人は目が点になった。

「東京だと!治美、お前が一人で東京でやっていけるのか!?」

「一人じゃないですよ。雅人さん、東京の大学へ行くんでしょ」

「お、お前、俺について来る気か!?」

 治美はニッコリと小悪魔の笑みを浮かべ、じっと雅人の顔を見つめている。

「でも俺が合格するとは限らないぞ!」

「第一志望は落ちましたが、第二志望の大学には合格しますよ」

「―――そうか!お前、俺の未来を知っていたんだな」

「どうせ落とされる大学は試験受けなくていいですよ。受験料がもったいないですからね」





 昭和29年7月26日、月曜日、午前9時。

 治美は横山に頼んで、食堂の壁に幅150センチ高さ80センチの立派な黒板を据え付けてもらった。

 黒板に向かって安村、藤木、赤城の美術部の後輩3名と横山が机に座ってまるで学校の教室のようだった。

 治美が黒板の前に立つと後輩3名と横山までが立ち上がってお辞儀をした。

「起立!」

「礼!」

「着席!」

「はい!みなさん、おはようございます!」

「おはようございます!」

「それではこれから第一回手塚治虫漫画教室を始めます」

 治美が真面目くさった顔で講義を始めた。

 治美は最初は半分冗談で学校ゴッコをしていたのだが、生徒たちが大真面目で講義を聞いているので、次第に治美も真顔になっていった。

 治美は黒板に白いチョークで「新寶島シンタカラジマ」と大きく書いた。

「『新寶島シンタカラジマ』。これが手塚治虫のデビュー長編漫画です。これからみなさんの力を借りて、この戦後初の伝説のストーリーマンガを作ってゆきましょう!」

 次に治美は「マンガの作り方」と大きく書き、その下に「プロット→ネーム→下書き→コマ割り→台詞入れ→線画→ベタ→トーン→オノマトペ」と書いた。

 三名の後輩たちは治美が板書した文を必死にノートに書き写し始めた。

「プロットってのはマンガのスジを考えることね。プロットはもうできています。主人公はこの子、ピート少年です」

 治美はコミックグラスを起動し、ピート少年の顔を黒板上に投影させ、チョークで模写していった。

 たちまち「P」と大きく書かれたシャツを着た可愛らしさと凛々りりしさを併せ持つ少年の絵が完成した。

「ピート少年はお父さんの形見の宝島の地図を見つけて、お父さんの親友だったブタモ・マケル船長の船に乗って宝さがしに旅立ちます。でも、途中で片手片足の悪役、海賊ボアールに捕まって宝島の地図を盗られてしまいます。でもその海賊船は嵐で沈没します。ピート少年と船長は漂流の末に目的の宝島に流れ着きます。
その宝島にはバロンと言う名の青年がターザンのように動物と共に暮らしていました。そこにボアール達海賊も流れ着き、互いに宝探しの競争になります」

 治美は大きな茶封筒を取り出してみんなに見せた。

「これが『新寶島シンタカラジマ』のネームです。横山さん、お願いします」

「はい、先生!」

 横山は立ち上がると治美からわら半紙に鉛筆書きの200ページ程の漫画原稿を受け取った。

 安村、藤木、赤城の3名が一斉に歓声を上げた。

「順番に回し読みしてくれ」

 横山は事前にこの漫画原稿を読んでいたので、隣に座っていた安村に手渡した。

「まあともかく読んで下さい!」

 治美は自信満々だった。
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