REMAKE~わたしはマンガの神様~

櫃間 武士

文字の大きさ
上 下
17 / 128

ぼくはマンガ家 その1

しおりを挟む
 昭和29年4月26日、月曜日。

 雅人は学校から帰ってくるとすぐに部屋着に着替え、茶の間で両親とちゃぶ台を囲んで夕ご飯となった。

 おひつのご飯と鍋の豆腐の味噌汁を母親によそってもらい、全員で「いただきます」と手を合わせた。

 ちゃぶ台の真ん中に置かれた丼ぶりの漬物とコロッケが唯一のおかずだ。

 ラジオもテレビジョンもないから全員顔を合わせて会話するしかない。

 雅人が飲み込むように急いでご飯を食べていると、母親が尋ねてきた。

「そういやこの前の金髪の変な、どうなったんや?」

 雅人の母親が漬物をボリボリとかじりながら雅人に尋ねてきた。

「あの娘ならエリザんちに下宿してるよ」

「ええ!?大丈夫かいな?あの娘、今流行はやりのノイローゼってやつちゃうか?」


 終戦からしばらくは、みんな住む所と食べ物を探して毎日生きてゆくだけで精一杯だった。

 昭和29年になってようやく生活も安定してきてゆとりができた頃、ノイローゼという言葉が流行してきた。

「衣食足りてノイローゼを知る」というやつである。

 この当時、ノイローゼはちょっと高級な病気みたいで、ぜいたくな悩みだと思われていた。


「あの金髪娘、エリザお嬢さんとこで使用人にしてもらったらどうや?」

「あそこにはもう通いの家政婦の岡田さんがいるし、住み込みの横山さんだっているじゃないか」

「もう一人ぐらいええやない。あそこは金持ちやしお屋敷もだだっ広いし」

「いや。勝手に俺らが決める話じゃないし……」

「なんかあの娘、危なげで面倒みてあげないかんような気がするんや」

(治美はオフクロのひ孫だからな。何か感じるところがあるんだな…)

 治美の正体を知っているのは今のところ雅人とエリザだけだった。

 どうせ誰も信じないだろうし、面倒なことになるだけなので、誰にも治美が未来人だということは知らせないと決めていた。

「武士は相身互いちゅうしな、困っとるようなら手助けしたらなあかんよ」

「俺もそのつもりだよ。それでオフクロに頼みがあるんだ。オフクロの知り合いの赤本屋を紹介してくれよ」

「赤本屋を?」

「駄菓子屋に置いてる赤本の仕入れ先だよ。いいだろう?」

「別にええけどなんで?」

「治美が描く漫画を買ってもらうんだ!」

「ま、漫画……!?あの娘さん、漫画なんか描けるんか!?」

「うん。物凄くうまいんだ。あれならきっと売れるよ。間違いない!」

「へぇー、まさか漫画とはなあ………」

「とりあえず何冊か長編を描き貯めする。そして夏休みになったら俺が大阪の赤本屋に売り込みに回るって計画だ」

「そない夢みたいなこと言うて!漫画なんて儲からへんよ」

「大丈夫さ!それより仕入れ先の中で一番羽振りの良さそうな赤本屋を紹介してくれよ」

「それはええけど、あんた、受験勉強はどうするんや?来年は入試やろ?」

 都合は悪くなったので、雅人は聞こえないふりをした。

 無言で茶碗にお茶をぶっかけると、残った白米を急いでかっこんだ。




 雅人がエリザのお屋敷に出かけると、番頭の横山が出迎えた。

 雅人はこの少し年上の番頭が苦手だった。

 一昨年、エリザの両親が仕事でいなくなるので住み込みで雇われたのだが、いつも暗い表情で黙々と働いている。

 横山はいつも雅人が来ると「また、貧乏人の小せがれが来やがった」とばかりに露骨に嫌そうな顔をする。

「エリザお嬢様は今日はバレー教室です。お帰りは遅くになりますよ」

「いえ。エリザでなく治美はいますか?」

「おや?。治美さんに会いに来られたのですか。呼んでまいりますので、応接室でお待ちください」




 雅人と治美は応接室で二人っきりになると、膝を突き合わせて今後の計画を練るのだった。

「それでは、第一回『手塚治美を手塚治虫にして、日本を漫画と漫画映画の世界一の大国にする計画』のための会議を開始する!」

「はーい!」

「今になって気が付いたのだが、『手塚治美』と『手塚治虫』は一文字しか違わないんだな」

「今更ですか!?」

 治美が呆れ顔で笑った。

「『治美』って名前はやっぱり、お前の父親が手塚治虫から取ったのか?」

「それもあるでしょうが、パパとママの出会ったのが『晴海はるみ』のコミケだったから『治美はるみ』と名付けたって言ってました。ダブルミーニングですね。パパってセンスいいわ!」

「何を言ってるのかよくわからんが、今年は1954年だ。本物の手塚治虫がデビューしたのは1946年。既に8年もデビューが遅れている!この遅れを取り戻すのは並大抵のことじゃないぞ!」

「はい!」

「すべての手塚作品を発表するのは到底無理だ。要所要所、必要最低限の作品を描いてゆこうと思う」

「はい!」

「まずお前の父親は、何という手塚作品が好きで同人誌を描いたんだ?その作品は外せないからな」

「パパはすべての手塚作品を愛していました!」

「ん…………?」

「わたしもパパと同じです!すべての手塚作品を愛しています!」

 相変わらず治美は屈託のない笑顔で微笑んだ。

「いやいや!そうじゃなくて、お前の父親はどんな同人誌を描いたんだ?」

「十八禁なので読ませてくれませんでした!」

「そ、そうなのか?それじゃあ、お前のお母さんは何という手塚アニメが好きで、その登場人物の扮装……コスプレをしたんだ?」

「ごめんなさい!知らないんです」

「なんだと!?」

「パパもママも詳しいことは教えてくれませんでした。両親の馴れ初めなんて恥ずかしくて子供に言えないって……」

「作品の題名がわからないのか。そいつは困ったな」

「やっぱり無理ですか……?」

 不安そうな表情で治美は下から覗き込むように雅人を見つめた。

「いや!無理じゃないぞ!心配するな!いくつか手塚治虫の代表作を発表したらいいさ。しっかりと計画を立てて、着実に作業を進めていけば大丈夫だ!大船に乗ったつもりでいてくれ!」

「はい!」

 治美は笑みを浮かべ、青色の大きな瞳で雅人にじっと熱い視線を送っていた。

「―――雅人さんってわたしと同じ年なのにすっごくしっかりしてますね!昔の人って、みんなそうなのかしら?」

 こんな美少女に褒められて雅人も悪い気はしない。

「任せとけ!おじいちゃん、お前のためなら何でもしてやるからな!」

 雅人はわざとらしく胸をドンと叩いた。

「頼もしいです、雅人さん!」

「あー、治美。ちなみに手塚治虫は生涯、何作ぐらい漫画と漫画映画を残したのかな?」

「作品数はちょっと分かりませんが、マンガは15万ページぐらいかな?」

 治美はさらりと恐ろしい数字を口にした。

「えっ!?何頁だって!?」

「15万ページ」

「じゅ、じゅ、じゅ、15万ページ!!!?」

 嘘だろ!?という言葉を雅人はかろうじて飲み込んだ。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

ぼくたちのたぬきち物語

アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。 どの章から読みはじめても大丈夫です。 挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。 アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。 初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。 この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。 🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀 たぬきちは、化け狸の子です。 生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。 たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です) 現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。 さて無事にたどり着けるかどうか。 旅にハプニングはつきものです。 少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。 届けたいのは、ささやかな感動です。 心を込め込め書きました。 あなたにも、届け。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スメルスケープ 〜幻想珈琲香〜

市瀬まち
ライト文芸
その喫茶店を運営するのは、匂いを失くした青年と透明人間。 コーヒーと香りにまつわる現代ファンタジー。    嗅覚を失った青年ミツ。店主代理として祖父の喫茶店〈喫珈琲カドー〉に立つ彼の前に、香りだけでコーヒーを淹れることのできる透明人間の少年ハナオが現れる。どこか奇妙な共同運営をはじめた二人。ハナオに対して苛立ちを隠せないミツだったが、ある出来事をきっかけに、コーヒーについて教えを請う。一方、ハナオも秘密を抱えていたーー。

【完結】大江戸くんの恋物語

月影 流詩亜(旧 るしあん)
ライト文芸
両親が なくなり僕は 両親の葬式の時に 初めて会った 祖母の所に 世話になる 事に……… そこで 僕は 彼女達に会った これは 僕と彼女達の物語だ るしあん 四作目の物語です。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...