REMAKE~わたしはマンガの神様~

櫃間 武士

文字の大きさ
上 下
11 / 128

アドルフに告ぐ その3

しおりを挟む
 ベレー帽を買ってもらいご機嫌の治美は、次に昭和の神戸の景観を見るため屋上遊園地に上がった。

 日曜日のため、屋上は遊具で遊ぶ親子連れで一杯だった。

 治美がいた未来世界ではそごうデパートの屋上遊園地はなくなり、大人たちがビールを飲む場所になっているそうだ。

 空を見上げながら治美が雅人に尋ねた。

「あれ、何ですか?プカプカ浮かんでるの」

 治美が指さす先を見て、雅人が答えた。

「アドバルーンだよ。宣伝文句を書いた長い布を空中に揚げた広告気球だ。アドバルーンとは広告を意味するアドと気球を意味するバルーンを組み合わせた造語だよ」

「へぇー。初めて見ました!この頃はこんな宣伝してたんだ」

「あとセスナ機で空からビラを巻いたり、チンドン屋が演奏しながらビラを配ったりしているよ。未来世界では見たことがないのかい?」

「ビラなんか撒いたら警察に捕まりますよ」

「ふーん。未来世界って窮屈なんだなあ」

「そうそう!みんな普通に歩きながら煙草吸ってましたよね。未来世界では外で煙草ポイ捨てしても罰金ですよ」

「本当かよ!?」

「煙草吸う人、減ってますからね。絶滅危惧種ですよ。だから昨日、横山さんがいきなり目の前で煙草吸い出したからビックリしました。雅人さんも隠れて煙草吸うの、辞めたほうがいいですよ」

「えっ!?何で……!?そうか。これも未来世界の俺が喋ったんだな?」

 治美はニヤニヤしながら雅人を見ている。

「なんで未来世界の俺はこんなにお喋りなんだろう!」



 神戸は北を六甲山、南を海に囲まれた港町である。

 そのため神戸で道案内するときは、東、西、山側、海側で方向を示す。

 三人は屋上の山側に立ち周囲を見渡した。

 神戸は大阪や東京みたいな大都会ではないので、大きなビルもなく大変見通しが良い。

 山側にはさっきまで三人がいた北野の坂道が見え、屋根の風見鶏が特徴的な館や外壁が魚のうろこのように天然石で覆われた家が建っている。

「あの風見鶏の館が『アドルフに告ぐ』の主人公、日独ハーフのカウフマンの自宅のモデルなんですよ!もう一人の主人公、ユダヤ人のカミルの家は元町のパン屋『ブルーメン』なんです。元町にモデルの店ってあるのかなあ。後で元町のアーケード商店街にも連れて行って下さいね」

 治美が興奮して訳の分からないことを一人で喋っている。

「せっかくタイムスリップしたんだから、聖地巡礼しなくっちゃ!」

(聖地巡礼?お遍路さんのことだろうか?)

 いちいち質問するのも疲れてきたので、雅人は治美の言葉を無視した。

「雅人さん達にも『アドルフに告ぐ』を読んでもらいたいなあ。異人館通りに住んでる人が読んだら、感動もひとしおですよ!でも連載始まったのが1983年、昭和58年かあ。30年後ですね…」

「それなんだが、手塚治虫という漫画家はいつデビューしたんだい?」

 治美は例のごとく、未来世界のメガネを操作しながら話し出した。

「えーと、1946年1月1日付の大阪毎日新聞社の『少国民新聞』に新連載の予告が載りました。そして、正月休刊をはさんだ1月4日に『マァチャンの日記帳』という4コママンガの連載が開始されました。これが手塚先生のデビュー作です」

「今が1954年だから既に8年もデビューが遅れているわけだ。もうこの世界には手塚治虫って漫画家は出てこないんじゃないのか?」

 雅人がそう言うと、治美は腕組みをしてウーンと何やら考え込んでしまった。

 その時山側を見ると、ちょうどあずき色をした電車がビルの二階の大きなアーチ型のトンネルから出てくるところだった。

「『火垂るの墓』の冒頭シーンと同じだわ。あれって阪急電車ですよね?」

 と、突然治美は雅人の腕にすがりつくと必死の形相で言った。

「お願いします!わたしを宝塚に連れて行ってください」

「はあ!?宝塚!?なんでまた、宝塚?」

「宝塚には手塚先生のお家があるんです!わたし、手塚先生にマンガを描くようにお願いします!」

 エリザが何か言おうとしたが、治美の必死の形相にただ肩をすくめるだけだった。

「お願いします!お願いします!お願いします!」

「わかった!わかった!わかったから、腕を離してくれよ」

「ありがとうございます!やっぱり雅人さんは優しいですね。大好き!」

 そう言うと、治美はいきなり雅人に抱きついた。

 雅人は顔を真っ赤にして照れ、エリザが治美の首根っこを掴んで引き離した。 

「お前、おじいちゃん子だったんだな。俺たちは見た目年頃の男女なんだから、人前で抱きついたりするなよ!」

「はーい!」

「宝塚へ行くなら阪急電車の方がいいな。未来世界でも阪急や阪神や国鉄は走っているんだろう?」

「えーと。阪急や阪神はありますが、国鉄ってのは聞いたことありませんよ。つぶれたんじゃないですか」

「国鉄が潰れたりするかなあ?」



 そごうデパートを出た雅人たちは宝塚に行くため神戸阪急ビルにある駅に向かった。

 途中、治美は歩きながらコミックグラスを使って年表を調べていた。

「手塚先生は1928年11月3日、大阪府豊能郡豊中町に生まれました。その後、1933年、手塚先生が5歳の時に兵庫県川辺郡小浜村に引っ越しました」

「豊中町は今は豊中市になってるよ」

「小浜村は宝塚町って名前に変わって、ついこの前、良元村と合体合併して宝塚市になったばかりやで」

「へぇー!宝塚市って生まれたばかりなんですか?」

「そうや。4月1日に宝塚市の誕生をお祝いして、宝塚大劇場で『宝塚歌劇40周年式典』が開かれたところや」

「エリザさん。詳しいですね」

「エリザは宝塚ヅカの大フアンなんだ!」

「そうや!そやから、あのあたりは詳しいんや。ほんまにその手塚って人の家は御殿山のふもとにあるんか?」

「はい。お祖父様が建てた元々別荘だった所に住んでいるはずです」

「ほんま?御殿山はタヌキが出てくるような雑木林やけど、ふもとは高級なお屋敷地帯やで」

「手塚先生は由緒正しい良家の出ですからね。手塚先生のお父様、手塚ゆたかさんは住友伸銅鋼管勤務のエリートで写真家。お祖父様の手塚太郎さんは司法官。そのまたお祖父様の手塚良仙さんは、医者で蘭学者で手塚先生の描いた『陽だまりの樹』という名作歴史漫画の主人公です」

「1928年生まれってことは、今は26歳か。果たして家にいるかな?」

「私のいた未来世界では、手塚先生は漫画を描くために昭和28年の7月に東京都豊島区椎名町のトキワ荘ってアパートに引っ越してます」

「この世界では漫画家になっていないみたいだから、会社勤めしているかもしれないな」

「マンガ家になっていないならお医者さんをしていると思いますよ。おととしに医師国家試験に合格してますから」

「ええっ!?漫画を描きながら医師免許取ったって!?」

「はい」

「そんなん信じられんわ!あんたの話は出鱈目デタラメばっかしや!」

「そりゃ、私も最初知った時は信じられなかったです。でも、私たち凡人と違って手塚先生は天才ですから!それぐらいできても不思議はないです」

 治美は自分ことのように得意満面である。

 しかし、一人で何本も雑誌に連載するだけでも信じられないのに、並行して医学部に通い、インターンをして、医師免許を取るなんていくら天才と言えども人間にできるものなのか。

 雅人は治美のことを信じたかったが、手塚治虫の話を聞くと半信半疑になってきた。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

ぼくたちのたぬきち物語

アポロ
ライト文芸
一章にエピソード①〜⑩をまとめました。大人のための童話風ライト文芸として書きましたが、小学生でも読めます。 どの章から読みはじめても大丈夫です。 挿絵はアポロの友人・絵描きのひろ生さん提供。 アポロとたぬきちの見守り隊長、いつもありがとう。 初稿はnoteにて2021年夏〜22年冬、「こたぬきたぬきち、町へゆく」のタイトルで連載していました。 この思い入れのある作品を、全編加筆修正してアルファポリスに投稿します。 🍀一章│①〜⑩のあらすじ🍀 たぬきちは、化け狸の子です。 生まれてはじめて変化の術に成功し、ちょっとおしゃれなかわいい少年にうまく化けました。やったね。 たぬきちは、人生ではじめて山から町へ行くのです。(はい、人生です) 現在行方不明の父さんたぬき・ぽんたから教えてもらった記憶を頼りに、憧れの町の「映画館」を目指します。 さて無事にたどり着けるかどうか。 旅にハプニングはつきものです。 少年たぬきちの小さな冒険を、ぜひ見守ってあげてください。 届けたいのは、ささやかな感動です。 心を込め込め書きました。 あなたにも、届け。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スメルスケープ 〜幻想珈琲香〜

市瀬まち
ライト文芸
その喫茶店を運営するのは、匂いを失くした青年と透明人間。 コーヒーと香りにまつわる現代ファンタジー。    嗅覚を失った青年ミツ。店主代理として祖父の喫茶店〈喫珈琲カドー〉に立つ彼の前に、香りだけでコーヒーを淹れることのできる透明人間の少年ハナオが現れる。どこか奇妙な共同運営をはじめた二人。ハナオに対して苛立ちを隠せないミツだったが、ある出来事をきっかけに、コーヒーについて教えを請う。一方、ハナオも秘密を抱えていたーー。

【完結】大江戸くんの恋物語

月影 流詩亜(旧 るしあん)
ライト文芸
両親が なくなり僕は 両親の葬式の時に 初めて会った 祖母の所に 世話になる 事に……… そこで 僕は 彼女達に会った これは 僕と彼女達の物語だ るしあん 四作目の物語です。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...