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38.前略、◯◯へ
しおりを挟む「行ってきます、シェリ」
「行ってらっしゃい、ユーリ」
ユーリは玄関で見送ってくれるイシェリアの唇にキスをすると、フッと美麗な笑みを彼女に向け、頭を撫でた後玄関を出て行った。
「――さて、家事をやりましょうか」
イシェリアは声を出して気合を入れると、行動を開始する。
ユーリとイシェリアは教会に婚姻届を提出し、晴れて夫婦となった。
ユーリは暗殺組織から抜け、今は公爵家を手助けしつつ、器用な腕を活かして『何でも屋』みたいなことをやっている。
暗殺組織から抜ける際に一悶着あったみたいだけれど、ユーリは実力で黙らせたらしい。
「もう二度と関わらない」という念書も書かせたそうだ。
イシェリアも働こうとしたが、ユーリに、
「朝は『行ってらっしゃい』と見送ってくれて、僕が帰ってきたら『おかえり』と迎えてくれたらすごく嬉しいです。一日の疲れが吹っ飛びます」
と有無を言わせない笑顔で言われ、今は家で家事と料理の上達の為に奮闘中だ。
アーテルを時々喚び出して貰い、お喋りするのも楽しみの一つになっている。
アーテルは昔のユーリの口調に似ているので、あの頃を思い出して懷かしさについ声が弾むと、それを敏感に察した彼が、
「シェリは本当に“昔”の僕が大好きですよね。“今”の僕はいつになったら追い付き追い越せるのか……」
と、不貞腐れてしまって宥めるのが大変だが、その様子が可愛いとも思ってしまうのは内緒だ。
口調は昔に戻すつもりは無いらしい。今の方が周りに見くびられることは無いから、だそうだ。
そして、頬や額のキスは『挨拶』では無いことを知ったのは、結婚後の買い物時での店主の言葉からだった。
いつものように、ユーリが不意打ちにイシェリアの頬にキスをし、彼女も自然とそれを返したところ、最近世間話をするようになった店主が笑いながら言葉を投げてきた。
「前々から思ってたけどさ、人前で口付けだなんて、本当に仲が良いねぇ、アンタ達は。いつまでも仲睦まじい新婚夫婦で羨ましいよ」
「え? これって普通に『挨拶』じゃ……?」
「はぁ? ――あっはっは、まさか! さすがに『挨拶』で口付けはしないさね! みーんな言葉で返してるよ? これ常識さ!」
「へ、ええぇっ!?」
驚愕の声を発し、一緒にいたユーリの方にバッと勢い良く振り向くと、彼はイシェリアを見ながらニコニコと微笑んでいた。
「あっちゃー、バレちゃいましたねぇ」
悪びれもせず笑顔でそう言ってのけたユーリに、イシェリアは呆れを通り越して笑ってしまったのだった。
イシェリア達が平和な日々を噛み締めている最中、王城でとんでもない事件が起きた。
『幻影魔法』を掛けられ、一日中ずっと叫んで喚いて涎と鼻水を垂れ流していたコザックが、牢から忽然と姿を消したのだ。
牢の鍵は掛かったまま、脱獄の跡など何も無く、本当に煙になって消えたかのように――
誰かが脱獄を手助けしたのは考え難かった。
見張りの騎士が常に二人、交代をしながら片時も離れずに、牢の入口の前で目を光らせて見張っていたのだから。
身体と身辺検査はしていたのだが、もしかしたら、我々の目を掻い潜って『移動ロール』をどこかに隠し持っていたのかもしれない――
フレデリックがユーリ達の家を訪ね、彼の重苦しい声音でその話を聞かされた時、
「あのド変態クズ元王は、長きに渡る『幻影魔法』で精神を破壊される一歩手前だったと思います。仮に魔法が解けて脱獄しても、気が極端に弱った状態は長期間続くでしょう。そんな状態では何も出来ませんよ」
と、ユーリはイシェリアの不安を取り除く言葉を言ってくれたが、彼女の心に落とされた小さな影はまだ消えないままだった。
――だけど。
(例えあの人が『洗脳魔法』を使う人を連れて目の前に現れたとしても、私は絶対に掛からない。だって、今は私が心から愛する人がちゃんといるのだから。あの人には絶対に屈しない!)
イシェリアの強い意志が込められた黄金色の瞳を見て、ユーリは頷くと彼女の身体を強く抱きしめた。
「大丈夫です。貴女は僕が必ず護ります。もう二度と、貴女にあんな辛く苦しい思いは絶対にさせません。――させてたまるかよ……ッ!!」
最後に呟かれた、そのユーリの悲痛な声音に、イシェリアは『自分は大丈夫だ』という気持ちを込めて、彼をギュッと抱きしめ返した。
――そう、大丈夫だ。
私はあんな人なんかに屈しない。負けやしない。
もう、あの人の前でガタガタ震えたりなんかしない。泣いたりなんかしない。
あの人を喜ばせることなんて、決してするもんか!
今の“幸せ”を、あの人なんかに絶対壊されやしない!!
――私は逃げずに立ち向かう。
“幸せ”を守り続ける為に。
“愛する人”の傍にい続ける為に。
――だから。
もし、また私の前に姿を見せたのなら。
必ず――再び、あの牢の中に帰してあげましょう。
前略、“陛下だった人”へ。
今度こそ、貴方とは。
“金輪際、さようなら”――
Fin.
※後書き※
ド変態は、最後の最後まで粘っこくしつこかった……。
けれど、精神的に一回り成長したイシェリアには敵わないでしょう。最凶の夫も傍についていますし、ね。
ド変態野郎の気持ち悪さに屈せず、ここまでお読み下さった勇者の皆様に、深く深く感謝を申し上げます。本当にありがとうございました!
このド変態の所為で、不快な思いをされた方もいらっしゃると思います……。話が増すごとにキモくなっていくド変態……いや本当申し訳ございませんでした!
お気に入り、いいね、エールを下さった皆様、沢山のやる気を与えてくれて、皆様一人一人に感謝のお礼を言って回りたいほどありがとうの気持ちで一杯です。
感想を下さった皆様、本当に心温かで素敵な方ばかりで……。感想欄を開く度に顔がニヤけて大変でした。皆様とのやり取りは心の宝物です!とても幸せな時間を本当にありがとうございました!
それでは、また次の作品でもお会い出来ますように――
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