29 / 38
29.二人の逢瀬
しおりを挟むそれからユーリアスは、用事がある時以外はロウバーツ侯爵家に行き、温室で内密にイシェリアとの時間を楽しんでいた。
彼女になら何でも話せたので、両親のことや兄のことも、素直な感情で話せた。
「オレさ、兄貴の役に立ちたいんだよ。でもさぁ、いっつも周りのヤツらにナメられるんだよな。兄貴と違って何にも出来ねぇクセにってさぁ。オレだって結構勉強したりしてんだぜ? そう見られないのが悔しいっつーかさぁ」
「はい、ユーリアスが沢山勉強して学んでること、ちゃんと知っていますよ。よく頑張っていますよね? すっごく偉いです」
「……へへっ、だろー? でも誰も分かってくんねぇんだよなぁ……」
「んー……。そうですねぇ……。皆から敬服されるには……あっ! まずは形から入ってみるのも一つの方法だと思いますよ?」
「形から?」
「はい、例えば口調を丁寧語にして、物腰を柔らかくして、頭が良さそうな雰囲気を出すとか?」
「オレが丁寧語ぉ!? 物腰柔らかぁ!? そんなん似合うと思うかぁ?」
「ふふっ。ユーリアスなら、どんな口調でも仕草でも似合いますよ。だってすごく格好良いですから」
「……へへっ、そうかぁ? ま、お前がそう言うんなら考えとくわ。お前こそ、砕けた口調で喋ってもいいんだぜ?」
「うーん……昔からこうなので、今更変えられるかどうか……。一応努力はしてみますね。――あ、やっぱり駄目でした」
「ははっ! その様子じゃ一生ムリそうだな」
……嫌なことがあって気持ちが燻っていても、イシェリアの笑顔を見て、彼女と話をする内にすっかり消えてしまっているのだ。
彼女との時間は、ユーリアスにとって一日で最も有意義で大切なものであった。
そして彼の中で、イシェリアの存在は日に日に大きくなっていき、それが恋慕に変わるまでそう時間は掛からなかった――
「シェリ? どした、本なんか広げて?」
ある日、いつものようにユーリアスが温室に来ると、イシェリアは小さな椅子に座って書物を読んでいた。
「ユーリアス、こんにちは。それが私、もうすぐこの国の王様になる人と、十八歳になったら結婚することになったんです。今日、突然父から聞かされました。だからご迷惑にならないように、この国のことを勉強しようと思いまして……」
「……っ!?」
それを聞いて、ユーリアスは頭をガツンと殴られたかのような衝撃を受けた。
それは『政略結婚』というものだ。貴族の間ではよくある――
「……お前は……、それでいいのか……?」
「親が決めたことですから、逆らえません。……けど……ユーリアスだから告白するのですが、正直に言いますと、思いっ切りイヤです。顔も知らない、会ったこともない人と結婚するなんて。しかも私が『王妃』になるなんて……。そんな覚悟、私にはありません。本当は尻尾を巻いて逃げ出したいです……」
言いながら、イシェリアの黄金色の瞳から涙が零れ落ちた。
ユーリアスは堪らずイシェリアの腰を引き寄せ、その身体を抱きしめていた。
「ユーリ――」
自分の名前を呼ぼうとしたその小さな唇を、自分のそれで塞いで止める。
そして彼女の温かく柔らかな唇を、何度も角度を変え堪能した後、己の舌を彼女の口内に差し込み、濃厚な口付けへと変えた。
イシェリアは、最初こそ身体を硬直させていたが、やがてゆっくり弛緩させると、おずおずとユーリアスの背中に両腕を回した。
二人は時間を忘れて、唇を重ね合った。
「――好きだ……シェリ。愛してるんだ、お前を」
「……私も……です。好きです、ユーリアス――」
唇が離れる度に何度も愛を囁き合い、口内を貪り合う。
――自分は公爵家の次男だ。片や、イシェリアの結婚の相手は、もうすぐこの国の王になる男。
勝ち目なんて、最初からあるはずがない――
頭では分かっていても、初めて心から愛した女性であるイシェリアを簡単には諦められず、その日以降から、会う度彼女に口付けを降らせるようになった。
「こんにちは、ユーリアス」
「おぅ。――シェリ、こっち」
「…………もう、ですか……?」
「あぁ、早くお前を感じたいんだ。いいだろ?」
「……っ。――は、い……」
ユーリアスは頬を赤く染めているイシェリアの手を引っ張り、花々の影に隠れ、人から見えない場所で胡座をかいて座った。
そして、彼女を向かい合わせで自分の脚の上に腰を下ろさせ抱きしめると、間髪を入れず濃厚な口付けを開始する。
「んっ、ユーリ――」
「愛してる、シェリ……」
「……っ」
彼女の温もりと柔らかさが堪らなく、ユーリアスは愛の囁きをしながら何度も口付けを交わし合った。
会ってから別れるまで、ずっと抱きしめ合い濃密なキスをし続けたこともあった。
駆け落ち出来たら、どんなにいいか……。
けれど、王族と公爵家の力は強大だ。例え二人で逃げたとしても必ず連れ戻されて、彼女とは二度と会えなくなってしまうだろう。
そんなのは、絶対に嫌だった。
ずっと髪を茶色に染めて会ってきたが、イシェリアに対して自分を偽るのはもう嫌だったので、ある日、髪を黒に戻して会いに行った。
彼女は最初の方こそ驚いていたが、すぐにニコリと笑って、
「艷やかでとても綺麗な色の髪ですね。私の髪は手入れをしないとすぐに傷んでしまうので、羨ましいです」
……と、言った。ユーリアスは目を瞠り、
「オレの髪と瞳の色を見て、“魔族”だって思わねぇのか?」
と訊くと、イシェリアは首を横に振り、
「貴方が“魔族”であろうと何であろうと、私の大切で愛する人であることに変わりはないですよ」
……そう、照れ臭そうに笑って言った。
彼女に愛されて、彼女を愛して、本当に自分は幸せ者だと感じた瞬間だった。
――そして二人が逢瀬を重ねて数年が経ち、イシェリアが十八歳になる、二日前の日。
ユーリアスはある決心をして、彼女のもとへと向かった――
594
お気に入りに追加
1,666
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
君のためだと言われても、少しも嬉しくありません
みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は…… 暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる