前略陛下、金輪際さようなら。二度と私の前に姿を見せないで下さい ~全てを失った元王妃の逃亡劇〜

望月 或

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29.二人の逢瀬

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 それからユーリアスは、用事がある時以外はロウバーツ侯爵家に行き、温室で内密にイシェリアとの時間を楽しんでいた。
 彼女になら何でも話せたので、両親のことや兄のことも、素直な感情で話せた。


「オレさ、兄貴の役に立ちたいんだよ。でもさぁ、いっつも周りのヤツらにナメられるんだよな。兄貴と違って何にも出来ねぇクセにってさぁ。オレだって結構勉強したりしてんだぜ? そう見られないのが悔しいっつーかさぁ」
「はい、ユーリアスが沢山勉強して学んでること、ちゃんと知っていますよ。よく頑張っていますよね? すっごく偉いです」
「……へへっ、だろー? でも誰も分かってくんねぇんだよなぁ……」
「んー……。そうですねぇ……。皆から敬服されるには……あっ! まずは形から入ってみるのも一つの方法だと思いますよ?」
「形から?」
「はい、例えば口調を丁寧語にして、物腰を柔らかくして、頭が良さそうな雰囲気を出すとか?」
「オレが丁寧語ぉ!? 物腰柔らかぁ!? そんなん似合うと思うかぁ?」
「ふふっ。ユーリアスなら、どんな口調でも仕草でも似合いますよ。だってすごく格好良いですから」
「……へへっ、そうかぁ? ま、お前がそう言うんなら考えとくわ。お前こそ、砕けた口調で喋ってもいいんだぜ?」
「うーん……昔からこうなので、今更変えられるかどうか……。一応努力はしてみますね。――あ、やっぱり駄目でした」
「ははっ! その様子じゃ一生ムリそうだな」


 ……嫌なことがあって気持ちが燻っていても、イシェリアの笑顔を見て、彼女と話をする内にすっかり消えてしまっているのだ。

 彼女との時間は、ユーリアスにとって一日で最も有意義で大切なものであった。


 そして彼の中で、イシェリアの存在は日に日に大きくなっていき、それが恋慕に変わるまでそう時間は掛からなかった――





「シェリ? どした、本なんか広げて?」


 ある日、いつものようにユーリアスが温室に来ると、イシェリアは小さな椅子に座って書物を読んでいた。


「ユーリアス、こんにちは。それが私、もうすぐこの国の王様になる人と、十八歳になったら結婚することになったんです。今日、突然父から聞かされました。だからご迷惑にならないように、この国のことを勉強しようと思いまして……」
「……っ!?」


 それを聞いて、ユーリアスは頭をガツンと殴られたかのような衝撃を受けた。
 それは『政略結婚』というものだ。貴族の間ではよくある――


「……お前は……、それでいいのか……?」
「親が決めたことですから、逆らえません。……けど……ユーリアスだから告白するのですが、正直に言いますと、思いっ切りイヤです。顔も知らない、会ったこともない人と結婚するなんて。しかも私が『王妃』になるなんて……。そんな覚悟、私にはありません。本当は尻尾を巻いて逃げ出したいです……」


 言いながら、イシェリアの黄金色の瞳から涙が零れ落ちた。
 ユーリアスは堪らずイシェリアの腰を引き寄せ、その身体を抱きしめていた。


「ユーリ――」


 自分の名前を呼ぼうとしたその小さな唇を、自分のそれで塞いで止める。
 そして彼女の温かく柔らかな唇を、何度も角度を変え堪能した後、己の舌を彼女の口内に差し込み、濃厚な口付けへと変えた。
 イシェリアは、最初こそ身体を硬直させていたが、やがてゆっくり弛緩させると、おずおずとユーリアスの背中に両腕を回した。

 二人は時間を忘れて、唇を重ね合った。


「――好きだ……シェリ。愛してるんだ、お前を」
「……私も……です。好きです、ユーリアス――」


 唇が離れる度に何度も愛を囁き合い、口内を貪り合う。



 ――自分は公爵家の次男だ。片や、イシェリアの結婚の相手は、もうすぐこの国の王になる男。


 勝ち目なんて、最初からあるはずがない――



 頭では分かっていても、初めて心から愛した女性ひとであるイシェリアを簡単には諦められず、その日以降から、会う度彼女に口付けを降らせるようになった。


「こんにちは、ユーリアス」
「おぅ。――シェリ、こっち」
「…………もう、ですか……?」
「あぁ、早くお前を感じたいんだ。いいだろ?」
「……っ。――は、い……」


 ユーリアスは頬を赤く染めているイシェリアの手を引っ張り、花々の影に隠れ、人から見えない場所で胡座をかいて座った。
 そして、彼女を向かい合わせで自分の脚の上に腰を下ろさせ抱きしめると、間髪を入れず濃厚な口付けを開始する。

「んっ、ユーリ――」
「愛してる、シェリ……」
「……っ」

 彼女の温もりと柔らかさが堪らなく、ユーリアスは愛の囁きをしながら何度も口付けを交わし合った。
 会ってから別れるまで、ずっと抱きしめ合い濃密なキスをし続けたこともあった。


 駆け落ち出来たら、どんなにいいか……。


 けれど、王族と公爵家の力は強大だ。例え二人で逃げたとしても必ず連れ戻されて、彼女とは二度と会えなくなってしまうだろう。


 そんなのは、絶対に嫌だった。





 ずっと髪を茶色に染めて会ってきたが、イシェリアに対して自分を偽るのはもう嫌だったので、ある日、髪を黒に戻して会いに行った。
 彼女は最初の方こそ驚いていたが、すぐにニコリと笑って、


「艷やかでとても綺麗な色の髪ですね。私の髪は手入れをしないとすぐに傷んでしまうので、羨ましいです」


 ……と、言った。ユーリアスは目を瞠り、


「オレの髪と瞳の色を見て、“魔族”だって思わねぇのか?」


 と訊くと、イシェリアは首を横に振り、


「貴方が“魔族”であろうと何であろうと、私の大切で愛する人であることに変わりはないですよ」


 ……そう、照れ臭そうに笑って言った。



 彼女に愛されて、彼女を愛して、本当に自分は幸せ者だと感じた瞬間だった。





 ――そして二人が逢瀬を重ねて数年が経ち、イシェリアが十八歳になる、二日前の日。



 ユーリアスはある決心をして、彼女のもとへと向かった――



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