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21.『魔の手』はすぐそこに

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 ロウバーツ侯爵は、非常に焦っていた。


「どういうことだっ!? 陛下はあの娘がいらなくなって離縁したんじゃないのかっ!? 陛下の娘に対するあの入れ込みよう……娘を勘当して暗殺しようとしたなんてバレたら、儂の侯爵の座が確実に失くなってしまう! それだけは絶対に絶対に駄目だ!! あぁっ、一体どうすれば――」
「あなた……」
「父さん……」


 薄い頭を抱えながら執務室をウロウロしているロウバーツ侯爵を、無駄に豪勢な髪型の侯爵夫人と意地悪い顔付きの侯爵令息が心配そうに見ている。


「あのさ、陛下の言う通りにするしかないと思うぜ。偽造したのは多分、父さんの依頼を受けた暗殺者だろ? その暗殺者と連絡を取ることは出来ないのか?」


 令息が助言を出すと、ロウバーツ侯爵はハッと歩きを止め、深く頷いた。


「うむ、確かにそうだな……。再度すぐに暗殺組織に連絡を取って、その暗殺者と話をする算段をつけることにしよう。も失敗しておるし、今回の件といい、組織の外れを引いてしまったな。高い金を出したというのに――」


 ロウバーツ侯爵は執務机に向かいペンを取ると、大きく溜め息をついたのだった。




**********




「イシェリアがいなくなってもう三週間だ……! まだ見つからないのかッ!? くそっ! こんなことになるなら『洗脳』しているからと高を括らず、あの子に『追跡魔法』を掛けておけば良かった……!!」


 部屋の中を再び無意味に歩き回るコザックに、ソファに足を組んで座っていたメローニャは、またもや呆れたように言葉を投げた。



「全く……ちょっとは落ち着なさいよ。この国はそんなに広くないし、あの子の瞳は珍しい色だから捜索隊が必ず見つけ出してくれるわよ。はぁ、ホント早く見つかって欲しいわぁ。王后の事務処理が溜まる一方だもの。さっさと『洗脳』して、今までの分全部やらせなきゃだわ」
「何を言う、そんなのは後だ。私があの子を抱くのが先だ。先日、漸く神官から許可が下りたんだ。私のもとから勝手にいなくなり、こんなに私を心配させ苛つかせた分、“お仕置き”も含めて一日中たっぷりと可愛がってあげるとしよう。『聖なる力』も貰えるし、私と私の国は益々安泰だ」


 イシェリアの、泣き叫んで淫らによがる姿を想像し、コザックの口元に下卑た笑みが浮かぶ。
 折角の美形が台無しの顔だ。


「アタシもあの子の泣く姿は好きなのよねぇ。加虐心が高まってゾクゾクしちゃう。ねぇ、その時はアタシもいていいでしょ? アナタの場合、見られていた方が燃えるでしょうし」
「まぁ、別にいいが……。だが決して私の邪魔はしないでくれよ。あの子の身体に触れていいのは私だけだからな」
「ウフフ、分かってるわよぉ。あの子の泣き顔を見られればいいの。アナタ鬼畜で変態行為が好きだから、開始早々すぐに泣いて喚くかもね?」


 メローニャが桃色の目を細め、口元に半円を描いた時、扉からノックの音が聞こえた。


「何だ」
「失礼いたします、陛下。イシェリア様の行方について、有力情報が入りました」
「何だとっ!? 入れ!!」


 扉を開けコザックの部屋に静かに入ってきた捜索隊の隊長は、二人に向かって一礼する。


「挨拶は不要だ。早速聞かせろ」
「はっ。イシェリア様と思しき薄い茶色の髪と黄金色の瞳を持つ女性が、エスト町で滞在しているそうです。町人からの情報なので間違いは無いかと」
「エスト町だとっ!? 確か……観光名所も目立ったものも無い、村と言っていいほどの小さな町だったよな……。存在感の無い町だし、場所もよく分からないぞ。くそっ、そんな場所にイシェリアが……。盲点だった……」
「もう一つ、黒髪の男と一緒に暮らしているとの情報もありました」
「はああぁッ!? 男と暮らしているぅッ!? しかも薄気味悪い黒髪の男とぉッッ!?」


 捜索隊隊長の衝撃的な言葉に、コザックは目玉がひん剥くほど大きく見開き、部屋中に響き渡る程に声を荒げた。


「おい、まさかイシェリアはその男と寝てないだろうなッッ!?」
「そ、そこまでは我らでも……」
「ちっ、くそッッ!! ――今すぐエスト町に向かう! 私が直接イシェリアを迎えに行く!!」


 眉間に皺を寄せ、碧色の瞳を燃え上がらせ奥歯を強く噛み締めるコザックの顔は、まさに般若のようだった。


「ねぇ、アタシはぁ?」
「メローニャも一緒に来てくれ。すぐに『アレ』をあの子に掛けて貰う」
「いいけど、その前に精神的に弱らせないとダメよ――って、アナタなら全く問題なかったわね、フフッ」
「は? 何がだ? まぁいい、話している時間が惜しい。――君も私達と一緒に来い。魔力はあるだろう? エスト町の場所を思い浮かべて『移動ロール』を使ってくれ。これは使用者が行ったことのある場所でないと使えないからな」
「畏まりました」
「ねぇ、ちゃんとも忘れずに持って行きなさいよ」
「大丈夫だ、懐に入っている」


 言いながら机の引き出しから『移動ロール』を取り出したコザックは、捜索隊の隊長にそれを渡す。
 そして、ニヤリと大きく口の端を持ち上げた。



「あぁ、漸く……漸く君に会える……。待っていてくれ、私の可愛い愛しのイシェリア。もう二度と虫けらどもを寄り付かせはしない。絶対に君を離しはしないさ。く……ははははッッ!!」



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