前略陛下、金輪際さようなら。二度と私の前に姿を見せないで下さい ~全てを失った元王妃の逃亡劇〜

望月 或

文字の大きさ
上 下
17 / 38

17.募る一抹の不安

しおりを挟む



「何かしたいことはありますか?」


 着替え終わり、ユーリが用意してくれた朝食を美味しく食べている時だった。
 不意に彼からそんなことを訊かれ、イシェリアは思わずキョトンとしてしまった。


「え……?」
「折角“自由”になれたのなら、好きなことをしていいんですよ。『衣食住』は僕が提供しますから。貴女のしたいことをお聞かせ下さい」
「したい、こと……?」


 城で王妃をやっていた頃は、国務や王妃の責務で一杯一杯だった。それに『洗脳』されていたから、そんなことを考える余裕なんて持っていなかった。


 私がしたいこと――


「……お菓子を……作りたい、です。実家の料理長が作ってくれたお菓子がとても美味しかったから、そんなお菓子を私も作ってみたいです……」
「おや? 花を育てるんじゃなくて?」
「え、お花? どうしてですか?」
「――あ。いえ、その……。貴女の耳のピアスが花型だから、花が好きなのかな……と思いまして」


 イシェリアの問い掛けに、ユーリは何故か少し慌てた風に返してきた。


「あぁ、このピアスですか? 髪が長かった時は隠れて見えなかったから、今は見えるようになったんですね」
「……その、花のピアスはいつから……?」
「えっと……。あまり覚えていないのですが、昔……大切な人から戴いた気がするんです。本当に、すごく大切な人だったような――」



 ……そう。
 その人は、口が悪くて。
 ガラも悪くて。
 私をからかうのが好きで。
 太陽のような笑顔が眩しくて。
 茶色の髪と、明るい茶色の瞳で――


 あの人は、“夢の中の人”ではなかった……?
 私は確かにあの人に会っている――


 ――あれ? 口が悪い……って、アーテルのアルジさんと同じ……?


 偶然? それとも――



「……そうですか」


 向かいから聞こえてきたその声音がとても優しかったので、イシェリアは思考を中断しユーリを見上げると、小さく口の端を持ち上げて微笑んでいた。

 その微笑みがどことなく寂しそうに見えたのは、イシェリアの気の所為だろうか――


「……では、今日は必要なものを買い揃えて、お菓子の材料も買いましょうか。最初は簡単に作れるクッキーが無難かもですね。一緒に作りましょう」
「あ――はい、ありがとうございます! ――あ、私、違う名前を名乗った方が良いでしょうか? 元王妃だってことを隠した方が良いですよね?」
「あぁ、そこは心配いりませんよ。この小さな町は自分達の生活で一杯一杯で、王族には全く興味を持っていませんから、王と王妃の姿や名前も分からない人が多いです。もし分かったとしても、こんな田舎の町に元王妃がいるなんて夢にも思いませんよ。同じ名前の別人だと捉えるでしょう」
「それは良かったです……」


 そう言うイシェリアの顔がまだ晴れなかったので、ユーリは首を傾げて彼女に尋ねた。


「まだ何か心配事でも?」
「あ、はい……。その、父からの追手は本当に来ませんでしょうか……?」
「あぁ、なるほど。昨日、ロウバーツ侯爵家宛に例の物を送りましたから大丈夫でしょう。……第三者が介入しない限りは」
「第三者……?」
「例えば、――王とか」
「……っ!!」


 コザックの、自分に執着する執拗な言葉を思い出し、イシェリアの身体がブルリと震えた。
 彼女の様子に気付いたユーリは、静かにおもむろに立ち上がった。


「……ではちょっとそこまで行ってきますね」
「え? そこまで? どちらまでですか?」
「あのクズ王を“暗殺”しに、そこまで」
「ご近所にお買い物に行く軽い感覚で物騒なコトをしに行かないで下さいッ!?」
「貴女を辛い目に遭わせた恨みもありますから。それに……貴女を脅かす者は、誰であろうと――例え神であろうと容赦しませんよ」
「わぁ、すごくトキメクお言葉ありがとうございます!? でも“暗殺”は止めて下さいねっ!? ――だ、大丈夫ですよ! きっと王后になったメローニャさんと仲良く暮らしていますよ! 私のことなんか忘れて!」
「……そうですね……」


 ユーリの中で嫌な予感が拭えない。彼のそういう直感は当たるのだ。
 しかし今は、イシェリアを不安にさせることを言ってはいけない。


 ようやく彼女は“自由”になれて、“本当の笑顔”を取り戻したのだから――


 ユーリはフラリとイシェリアの側に立つと、顔を近付け彼女の口元に付いていたジャムをペロリと舐めた。


「おっと失礼、ジャムが付いていたもので」
「っ!!?」


 椅子をガタンッと後ろに引き、舐められた場所に手を当てみるみる真っ赤になっていくイシェリアの顔を見て、ユーリは堪らず「ふはっ」と笑う。


(――本当に、“幸せ”な時だ……)



 気休めにしかならないが、王がこのまま何もしないことをユーリは祈るのだった――



しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

処理中です...