前略陛下、金輪際さようなら。二度と私の前に姿を見せないで下さい ~全てを失った元王妃の逃亡劇〜

望月 或

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14.それはまるで新婚の夜

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「では、髪を整えましょうか。用意しておきましたので、こちらに来て下さい」


 ユーリは大きな紙を敷いた上にイシェリアを座らせるとハサミを持ち、器用な手つきで彼女の髪を整え始めた。


「――うん、こんな感じでしょうか。すごく可愛いですよ」
「あ、ありがとうございます」


 照れながらエヘヘと笑い、自分を見上げるイシェリアに、ユーリは彼女の頬に思わずキスをしてしまった。

「――えっ」
「……あ、すみません。可愛かったもので口が勝手に……。こんな風にこれからも僕は貴女にちょくちょくキスをすると思いますが、これも『挨拶』だと思って下さい」
「え、えぇ……?」

 キスをされた頬に手を当て真っ赤になって狼狽えているイシェリアにユーリはクスクスと笑うと、散髪の後始末をして彼女をソファに座らせた。


「僕もサッとシャワーを浴びてきます。その後すぐに夕食を作るので、ここで少し待っていて下さいね」
「あ……。て、手伝います――」
「今日は大丈夫ですよ。貴女、ずっと野宿で夜は余り休めなかったと思いますしお疲れでしょう? そうですね……ではお手伝いは明日からお願いしましょうか」


 ユーリはニコリと笑うと、早速イシェリアの額にキスをし、無駄に上手な鼻歌交じりでリビングから出て行く。
 そんな彼の背中を見送った後、イシェリアは声にならない叫びを上げてソファに勢い良く突っ伏した。


(お仕事の早さといい器用さといい気遣いといい、完全無欠のデキる人過ぎるじゃないですかッ!! 何であんな人が“暗殺者”なんてやってるんですかぁッ!? もっと違う高みを目指せますよぉッ!?)


 暫くソファの上で身悶えてゴロゴロしていると、ズボンを履いていないことに気が付いたイシェリアは、慌てて起き上がり姿勢とシャツを整えた。

 するとタイミング良く、シャワーを浴び長袖シャツとスラックス姿のユーリが、パスタの乗ったお皿を両手に持ってリビングに入ってきた。
 気付かぬ内に、結構長い間身悶えていたようだ……。


「即席で申し訳ないのですが」
「あっ、いえいえそんな! ありがとうございます……!」


 ユーリはリビングのテーブルの上にお皿を置くと、スプーンとフォークも用意してくれ、二人で「いただきます」をして食べる。


「す、すごく美味しいです……!」
「ふふ、ありがとうございます。いつも自分の為だけに料理を作っていたので、こうやって自分の料理を食べて『美味しい』と言ってくれる相手がいるのは、とても嬉しいものだって分かりました」
「……私も料理が出来るようになったら、自分の作ったものを貴方に食べてほしいです」
「ははっ! それはすごく楽しみですね。お教えしますから、少しずつ作れるようになっていきましょうね?」
「は……はい、不慣れ者ですがよろしくお願いします!」
「ふふっ、こちらこそ」
 

 居心地の良い雰囲気に包まれ、イシェリアはユーリが“暗殺者”だということを忘れ談笑したのだった。




 そして夕食を食べ終わり、歯も磨いてあとは寝るだけとなった二人は、ここにきて意見対立をしていた。


「私、床で寝ますから大丈夫ですよ?」
「駄目です、僕と一緒に寝て下さい。ベッドは一つしか無いんです。広いベッドですから、二人なんて余裕で寝られます。床で寝たら風邪をひいてしまいますよ。絶対に駄目です」
「大丈夫ですよ、野宿で慣れましたから――」
「駄目ったら駄目です。全く、変なところで頑固ですねぇ。それなら強行突破でいきますよ」
「えっ――」


 そう言うな否や、ユーリはイシェリアの腕を引っ張り自分の方へ引き寄せると、彼女を抱きしめながらベッドの上に寝転がった。

「あっ……!」
 
 イシェリアの叫びに構わず、ユーリは彼女を腕の中に閉じ込めたまま毛布を被った。


「ちょっ……!」
「大丈夫、何もしませんよ。『挨拶』以外は……ね」


 ユーリはイシェリアの耳元でそう低く囁くと、彼女を抱きしめたまま、頬や額に何度も唇を落としていく。
 その擽ったさに、イシェリアは思わず身動いでしまった。

「んっ……」
「……あぁ、可愛い――」

 ユーリは小さくボソリと呟き、イシェリアの髪を優しく撫でる。


「……質問なのですが」
「は、はい……何でしょう……?」
「王とは“性交”したのですか?」
「ゴホッ!!」


 ド直球の質問に、イシェリアは思わずむせてしまった。


「……しっ、していませんっ! く……口付けもしていませんっ! あの人には『一番』に愛する人がいましたから!!」


 顔をリンゴのように真っ赤にして叫んだイシェリアの返答に、ユーリは口の端を大きく持ち上げた。


「キスも……。――そうですか。それは安心しました」
「え……?」
「いえ、何でもありませんよ」


 ユーリはフフッと笑い、無駄に上手な鼻歌を歌いながら、イシェリアの髪を梳いていく。
 彼の心地良い低音の鼻歌と、彼の温もりと、髪を撫でる優しい手つきに、イシェリアの瞼が次第に閉じていく。


「あ……もう……」
「はい、いいですよ。おやすみなさい、イシェリア」


 ユーリの穏やかで温かな声音と共に、イシェリアの意識は静かに沈んでいったのだった――



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