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13.それはまるで新婚のよう
しおりを挟む襲い掛かる魔物をユーリの『闇魔法』で倒しつつ草原の道を歩き、日が暮れる頃、彼の住む家があるというエスト町に到着した。
町に入ると、擦れ違う人達の何人かがチラチラとこちらを見てくる視線を感じる。
「……皆さんに見られていますよね? やっぱり私だと気付かれたのでしょうか……」
「いいえ。十中八九、僕の髪の色の所為ですね。僕がここに住む前の在住者はもう見慣れて普通に接してくれるのですが、初見の方は大抵こちらを見てくるのですよ。見るだけで何もしてこないので無視しています」
「……染めないんですか?」
「昔、僕の大事な人が『あなたが“魔族”であろうと、自分の大切な人であることに変わりはない』と言ってくれたんです。その人がそう思ってくれているだけで僕は自信が持てるので、周りの目を気にすることはなくなりました。けれど貴女が気になるのなら、僕は貴女から離れますよ」
そう言ってイシェリアの肩から手を離し、距離を置こうとするユーリの指を彼女が咄嗟に掴んだ。
「私も気にしませんよ。貴方は何も悪いことなんてしていないのですから。貴方が離れる理由がありません」
掴まれている自分の指を見、そして真剣な表情のイシェリアを見つめたユーリは、フッと口を綻ばせた。
「“暗殺業”という悪いコトをしていますけどね」
「うっ! そ、それは……っ」
「ははっ! ありがとうございます。やはり貴女は……素敵ですね」
口の端を上げると、ユーリはイシェリアの細い指に自分の指を絡ませた。
「では行きましょうか。ここから少し外れた所に僕の家があります」
「あ……はい」
指を深く絡ませたまま、ユーリは機嫌良く歩き出した。
(普通に手を握るのとは少し違う握り方ですね……。何だか気恥ずかしいような……)
その繋ぎ方で、二人を見掛けた町の住民達から、『彼らは恋人同士だ』と認識されてしまったことを、イシェリアは知る由もなかった……。
「さぁ、着きましたよ。ここが僕の家です」
ユーリの声にイシェリアは視線を上げると、少し古びた小さな一軒家がそこにあった。
「町の中心部から離れているし古い家なので、格安で購入出来たんです。中はちゃんと清掃されているから汚くないですよ。では入りましょうか」
ユーリはポケットから鍵を取り出すと玄関の扉を開け、イシェリアの手を繋いだまま中に入った。
「お、お邪魔します……」
「はい、どうぞ」
玄関で靴を脱ぎ、短い廊下を歩くとリビングらしき部屋に入る。
そこは綺麗に整頓されており、彼の言う通り定期的に清掃されていることが分かった。
「さて、先にシャワーを浴びてきますか? 貴女、野宿で身体を拭くだけだったでしょう? あぁ、寝間着は……今日はもう遅いから明日買いに行きましょう。僕のシャツを貸しますから、今夜はそれで我慢して下さい。浴室はこの部屋を出て、廊下の突き当たりにありますよ」
「え、あ、あの――」
「どうしました? ――あぁ、僕と一緒に入りたいんですか? いいですよ、僕は大歓迎――」
「しゃ、シャワーお借り致しますっ!」
ユーリが言い終わる前に、イシェリアは慌ててリビングを飛び出した。
脱衣所への扉を開けて中に入ると、急いで扉を閉める。
「……はぁ……。何だか怒濤の一日でしたね……」
イシェリアは大きな息を一つつき、のそのそと服を脱ぎ始める。
「洗濯する服はここに出しておいて、お風呂から上がったら洗わせて貰いましょう。下着を多目に購入しておいて正解でした……」
イシェリアは荷物から洗う服や下着を取り出し、今日着ていた服もまとめて床に置くと、浴室に入ってシャワーを浴びた。
「数日ぶりのシャワー、すごく気持ち良いです……。それにしても、アーテルはあれから全然姿を見せませんね……。本当にあの暗殺者さんのことが苦手なんですね。元気でいてくれるといいのですが……」
頭と身体を洗いながら、イシェリアはこれからのことを考える。
(いつまでも暗殺者さんのお世話になるわけにはいかないですし、住むお家を見つけて私でも出来るお仕事を探さないと……。……あの人は……私を捜すでしょうか。『一番』愛するメローニャさんが正式にあの人の妻になって、堂々と一緒にいられるのですから、私のことなんてもう忘れている……ですよね。ようやく“自由”になれたんですし、あの人のことは全て忘れて『第二の人生』を楽しまないと!)
イシェリアは自分の決意に大きく頷くと、浴室を出た。
すると、洗う為に床に置いておいた服と下着が無くなっており、代わりにタオルと一枚の大きな長袖のシャツが畳んで置かれてあった。
「これは……暗殺者さんが置いていってくれたんですね。私の服はどこに持って行ったのでしょうか……? とにかく、着るものがこれしか無いのなら着て出るしかないですね……」
イシェリアは頭と身体を拭いてブカブカのシャツを着ると、下に履くものが無いことに気が付いた。
「暗殺者さん、ズボンを忘れてます……。このシャツ膝下まで裾がくるからいいんですが、下着だけでは心許ないですね……。――アレは……良かった、見えていない……。暗殺者さんに見られないように気を付けなくては……」
イシェリアがリビングに戻ると、ソファに座っていたユーリがこちらを見たと同時に口に手を当て顔を逸らした。
「……ヤバ……。破壊力が凄まじい――」
と、ポツリと漏らしながら。
「あ、あの……?」
「あ、いえ、何でもないですよ、何でも、えぇ。貴女の服は洗って干しておきましたよ。明日には乾くはずです」
「えっ」
(仕事が早いッ!? ――って、ちょっと待って……ということは、下着も見られた……っ!?)
イシェリアの表情で何を思っているのか察したユーリは、クスリと笑みを漏らして言った。
「可愛らしい下着でしたね」
「……っ!!」
瞬時に茹でダコのように顔を真っ赤にさせたイシェリアに、ユーリは耐え切れなくなったように吹き出した。
「一緒に住むんですから、洗濯時に貴女の下着は毎日見ますよ。勿論、僕の下着も貴女は見ると思います。お風呂時に裸も見ることになるかと。それは徐々に慣れていきましょうね?」
「っ!?!?」
何もかも初々しいイシェリアの反応に、ユーリはどうしても緩んでしまう口元を引き締めるのに非常に苦労したのであった。
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