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12.とんでもない提案再び

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「さて……そうと決まったら、“彼”には退去して貰いましょうかね」
「“彼”……?」


 小首を傾げて問い掛けたイシェリアの顔に、自分のそれを近付けユーリは言った。


「向こうに小さく見える木の上に、僕がちゃんと暗殺出来るか最初から見張っている同僚がいるんですよ。侯爵からは結構な手付け金を受け取ったみたいですから、確実に仕留めて欲しいのでしょうね」
「え……」
「アレで気配を消してるつもりみたいですが、僕にはバレバレなんですよ。これだけ離れていたら、こちらの声は向こうには聞こえていないから大丈夫ですよ。――という訳で、ちょっと“お芝居”に付き合って下さいますか?」
「“お芝居”……?」
「はい。僕が貴女の首を軽く締めるので、貴女は自然に地面に倒れて、そのままピクリとも動かないで下さい」
「……はい、分かりました」


 イシェリアが素直に頷いたのを見て、ユーリは彼女の首に腕を回した。苦しくない程度に加減してくれている。

(演技もした方がいいでしょうか?)

 イシェリアはユーリの腕を両手で掴み、バタバタともがく振りをした後ピタリと動きを止め、バタリと地面に倒れ込んだ。

 動かず暫くそのままでいると、


「……行きましたね、完全に気配も消えました。素晴らしい演技をありがとうございます。咄嗟の判断力が流石ですね。もう起き上がって大丈夫ですよ」


 と、ユーリの称賛の声が頭上から聞こえ、イシェリアは彼に抱き起こされ立ち上がった。
 自分の服や髪に付いた汚れを手で払ってくれているユーリを見て、イシェリアは細かい所に気が付く人だなと感心する。


「では、あと一つ“偽造工作”をしましょうか」
「“偽造工作”?」
「ロウバーツ侯爵に、貴女を殺したという『証拠品』を送りたいのですよ。申し訳ないのですが、髪を少し戴けますか?」
「なるほど、そういうことですね。分かりました。何か切る物があれば貸して貰えますか?」
「はい、ここに」


 ユーリは腰に差してあった鋭利な短剣を取り出し、イシェリアに手渡す。
 彼女は太腿まで伸びた薄茶色の髪を一掴みにすると、肩の下辺りでザックリと切った。

「え……」

 ポカンとするユーリに、イシェリアは切った髪と短剣を渡す。


「短剣、ありがとうございました。これだけあれば足りますか?」
「え――あ、いやいや足りるも何も切り過ぎですよ!? 少しだけあれば良かったんです! あぁ、折角の綺麗な髪が――」


 柄にもなく慌てるユーリに、イシェリアはクスリと笑った。


「いいんですよ。髪を伸ばしていたのは父と陛下の意向でしたし……。いい加減鬱陶しかったからバッサリと切りたかったんです。だから気にしないで下さいね」
「……そうでしたか……。貴女が良ければいいですよ。うん、短い髪型も似合いますね。落ち着ける場所に着いたら、僕が綺麗に整えてあげますよ。こう見えて手先が器用ですから」
「あ……ありがとうございます。よろしくお願いします……?」
「はい、こちらこそ。今も十分可愛いのですが、もっと可愛くして差し上げますよ。期待していて下さいね?」
「……ふふっ。ありがとうございます」


 自分を殺しに来た“暗殺者”と、普通に笑って会話をして髪の毛を整える約束をしていることに、イシェリアは内心戸惑いもあり、くすぐったい気持ちもありで、何とも言えない不思議な感情になっていた。


「髪、ありがとうございました。あとは手頃な血を――おや、丁度良いところに」


 ユーリが殺意を感じ振り向くと、狼風の魔物がこちらに向かって飛び掛かってくるところだった。
 彼は小さく詠唱を呟くと、手を軽く振る。
 瞬間、魔物は身体中をズタズタに切り裂かれ、血飛沫を盛大に飛ばした。


「そ、それは……魔法……?」
「えぇ、『闇魔法』の一つですよ。見えない闇の刃で相手を切り刻む魔法ですね。僕は『闇の力』を持っているんです」
「そうなんですね……」


 髪の色からして、案の定というべきか。


(――あぁ! だからアーテルは『相性最悪だ』と言っていたんですね。『闇の力』と『光の力』は相反する力だから……。だからと言って私を置いて逃げるなんて許せません! 今度会った時は思いっ切りモフモフっとして頬をグリグリっとして――)


 イシェリアが心の中で良からぬことを考えているとは露知らず、ユーリは彼女から貰った髪を前にかざし、飛んでくる血を上手くそれだけに付けていく。


「……怖い、と思いましたか? 僕の『闇魔法』を見て、“魔族”のようだ……と」
「え……?」


 ポツリ、とユーリが独り言のように聞いてきたので、イシェリアは思ったことを素直に言ってみた。


「いえ。髪の色が黒だから、やっぱり『闇』かー、と」
「ふはっ!」


 イシェリアの返答を聞いて、ユーリは何故か吹き出した。
 面白いことを言っているつもりは無いのに、先程から何度も吹き出されている。


(この暗殺者さんは、結構笑い上戸なのでしょうか……)


 ユーリが笑いを堪えている間に息絶えた魔物は、サラサラと灰になって消えていった。


「――これで良し、と。この血の付いた貴女の髪をロウバーツ侯爵に送りますね。愚かで愚鈍な侯爵ですから、簡単に騙されるでしょう。再依頼で他の暗殺者が来ることは無い筈です。組織には、『首を絞めて殺害したが、念の為心臓を突いてトドメを刺した』と伝えましょう。それなら髪に血が付いているのも違和感がありませんから」


 そう言いながら袋に髪の毛を入れているユーリに、イシェリアは苦笑を漏らす。


「愚かで愚鈍って……。依頼人なのに、なかなか辛辣な評価ですね」
「子を暗殺しようとする親なんて、愚かで馬鹿で愚鈍以外の何物でもないですよ」
「……ふふ。ですね」
「そんな奴のことなんて忘れて、行きましょうか」


 袋を懐にしまうと、ユーリはイシェリアの肩を抱いて、自分の方に引き寄せた。突然の密着に、イシェリアは大いに戸惑う。


「え、あの……行くって、どこに……?」
「向こうに小さな町が見えるでしょう? その町に僕の住み家があるんですよ。まずはそこに行って一休みしましょうか。貴女、人目を気にしてずっと野宿していたでしょう? 今まで魔物に襲われずに無事だったことが不思議でなりませんよ」
「あ――いや、あはは……」
「髪をこんなに切って、服装もドレスでは無いのだから、すぐに元王妃と分かる者はいないでしょう。町の中でも堂々としていいんですよ。貴女は何も悪いことなんてしていないのだから」


 ユーリはイシェリアの肩を抱いたまま、彼女の顔を覗き込むと、フッと微笑んだ。
 まるで心を見透かされたような言葉に、イシェリアの顔が熱くなる。


「あ、ありがとうございます……」
「はい、どういたしまして」
「…………あの」
「はい、何ですか?」
「こ、このまま歩くんですか……?」


 ユーリはイシェリアの肩を抱きっぱなしで歩いているのだ。


「一緒に住むのなら、『恋人同士』の設定がいいかなと思いまして」
「い、一緒に住むっ!? 『恋人同士』ぃっ!?」
「だって貴女、勘当されて行く宛も無いでしょう? なら僕と一緒に住めば解決する話じゃないですか。ちなみに僕は一人暮らしなので、周りに気兼ねすることはないですよ」


 またもや出てきたとんでもない提案に、イシェリアは慌てて首がもげるかと思うくらい左右に振った。


「いえそんなっ、そこまで御迷惑をお掛けするわけには……っ」
「別に迷惑だなんて微塵も思っていませんよ? 僕は貴女が気に入ったから一緒にいたいんです。これは僕の我儘ですから、貴女が気にする必要は全く無いですよ」
「え、えぇ……? でも――」
「僕、こう見えて家事も料理も出来ますから。貴女は今までそれをさせて貰えない環境でしたから、やる気があるのなら丁寧に教えて差し上げますよ。一緒に家事や料理が出来たらきっと楽しいでしょうね。僕、結構腕が立つ方だと思いますし、貴女に危機が訪れたら護ることも可能です。さぁ、どうですか?」


(「さぁ、どうですか?」って、そんな叩き売りみたいに!? それに暗殺以外デキる男過ぎませんかぁっ!? 背後からデキる人の神々しいオーラが放たれて眩しいぃっ!!)


 思わず両手で目を覆ったイシェリアに首を傾げつつも、ユーリは微笑みながら返事を待っている。


(あぁ、そうでした……。よくよく考えたら、旅費も心許ないですし、アーテルは何処かに行ったきり帰ってこないですし、王妃以外の仕事なんてしたこと無いですし、不安な要素が多いです……)


 一人だと早々に魔物にやられるか、お金が無くなって餓死するかのどちらかの運命だと思うので、悩んだ挙げ句、イシェリアはユーリのお言葉に甘えることにした。


「あの……。その、不束者で御迷惑をお掛けしますが、よろしくお願い致します……」
「はい、こちらこそ」


 ユーリは嬉しそうに口元を綻ばせると、イシェリアの肩を強く抱きしめ、密着度を高くさせる。



 無駄に上手な鼻歌を歌いながら歩くユーリを見上げながら、イシェリアは、彼の掌の上で転がされているような錯覚に陥ったのだった……。



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