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10.危機、現る
しおりを挟む「いやぁ、改めて思いましたが、何もかも失っちゃいましたねぇ」
『そんな明るく言うことじゃねぇぞー』
草原の道を歩きながら、イシェリアはアハハと笑う。
ロウバーツ侯爵家から離れて、三日が経っていた。
その間、イシェリアはのんびりと道を歩き、馬車を乗り継ぎ、自然の景色を見て感動し、慣れない野宿をして、満天の星空をうっとり眺め、寝袋で虫達の鳴き声を聞きながら眠り――
どれもが初めての経験で、新鮮で――
イシェリアは思いっ切り旅を楽しんでいた。
ロウバーツ侯爵家にはイシェリアの私物は一切残っていなかったので、使用人達がお金を出し合って当分の旅費を作ってくれ、旅用の頑丈な動き易い服も用意してくれ、保存食や携帯食も持たせてくれた。彼らには感謝してもし切れない。
感謝の意を伝えたら、使用人達全員から、
「それはこちらの台詞です! これくらいでは御恩は全く返せていないのですよ!? 落ち着いたら私達に絶対に会いに来て下さいね!? ずっとずっと待っていますから! 約束ですよ!?」
と、口を揃えて言われてしまった。本当に優しい人達だ。
「でも、今は本当に清々しい気分なのですよ。“自由”がこんなに素敵なものだなんて。こういう気持ちはすごく久し振りな気がします……」
『おぅ、そっか。良かったな』
「改めまして、アーテル。『洗脳』から解いて下さって、本当にありがとうございました」
『いや、いいってことよ。アルジからの“願い”だからアンタを助けたワケだし。そんでアンタを護れってさ』
「至れり尽くせりですか? そのアルジさんって方は一体――」
『おっと、ちょい待ち。アルジがいる場所とかも、そこは契約上話せないことになってんだ、悪ぃな。ま、オレサマを召喚出来たし、すっげぇ強ぇ『光の力』を持ってるってことだけは言えるぜ』
「そうですか……残念です。ちなみに、他の【精霊】達もアーテルのように口が悪いのですか?」
『ん? オレサマ、口悪ぃのか? 【精霊界】じゃ、皆丸い光のような物体なんだ。属性や性格はちゃんと個々に持ってるけどな。召喚される際に、形や口調は召喚者の性質に大きく影響されんだよ。ま、アルジのことだな』
「へぇ? ということは、アルジさんが口の悪い人なのですね……。――ん? それってどこかで……」
そこでイシェリアは黙り、腕を組んで首を捻る。
『ん、どした?』
「んんーー……。――駄目です、頭に靄が掛かっているようで思い出せません……。アルジさんに会えれば分かるのでしょうか……」
何度首を捻っても分からなかったので、イシェリアは早々に降参した。
『ところで、これからどうすんだ? この三日間、アテもなくブーラブラしてっけど』
「そうですね……。どうしましょう?」
『オレサマに訊くなよー』
「あ、魔物が現れました」
イシェリアの言葉にアーテルは即座に反応し、大きなハリセンが空中からポンッと飛び出した。
アーテルはそれを猫のような両手でパシッと掴むと、唸り声を上げて襲い掛かってくる狼のような魔物に向かって勢い良く振り下ろす。
『どぉりゃっ、と!』
バシーンッ!! と小気味良い音が辺りに響き、ハリセンをもろに喰らった魔物は地面に突っ伏すと、砂になって消えていった。
「わぁ、相変わらずハリセンの威力が凄まじいですねぇ。最初見た時は驚きましたよ。てっきり光の魔法でビビッと光線とか出してやっつけるものだと思っていましたから」
『ザコ相手に魔法使うの勿体無ぇだろーが。このハリセンはオレサマの魔力がこめられているからな。ザコなら超簡単に一撃だぜ』
「アーテルがいなかったら、私なんて旅の開始早々魔物にやられて雲の上でしたね……。流石アーテル、とても強くて頼もしいです。いつも護ってくれてありがとうございます」
『ふふーん、いいってことよ。もっと盛大に褒めてくれたって構わねぇぜ? へへっ』
褒められて鼻高々のアーテルは、小さな身体をふんぞり返らせ、黒い尻尾をブンブンと振り回している。
「アーテルがいれば安全ですし、もう少しブラブラしてもいいですか? こうやって外を自由に歩けるのが嬉しくて……」
『ん、そっか。別に構わねぇぜ。時間制限なんてねぇし、アンタの好きなようにしな。オレサマがしっかり護ってやっからよ』
「ふふっ、痺れるお言葉ですね。惚れちゃいそうです。ありがとうございます、アーテル――」
「こんにちは、お嬢さん。良いお天気ですね」
その時、突然後ろから声を掛けられ、イシェリアはビックリして飛び上がってしまった。
「あぁ、申し訳ないです。驚かせてしまったようですね、失礼いたしました。何分、足音を消して歩くのがクセになっているものでして」
振り返ると、そこには長身で細身の男が口元に笑みを浮かばせ立っていた。後ろは首辺りで切り揃えていて短いが、前はサラサラの漆黒の髪が上半分を覆い、目と耳が隠れてしまっている。
口元から見るに、二十代前半くらいだろうか。
(……黒い髪……。この国では“魔族”が黒髪だからって理由で忌み嫌われている色で、この色の髪の毛に産まれてしまった子は、殆どは違う色に染めるのだけれど……。染めずに、こんなに堂々としているなんて……)
「どうしました? ――あぁ、この黒髪に恐れをなしてしまったのでしょうか?」
「……いいえ。少し驚きましたけれど、艷やかで綺麗な髪と色ですね。私の髪は手入れをしないとすぐに傷んでしまうので、羨ましいなと思いました」
「…………」
男はイシェリアの返しにポカンと口を開け、やがて「ふはっ」と吹き出した。
「貴女くらいですよ、僕の髪にそんな感想を述べるのは」
「そうでしょうか……? ところで、私に何か御用でしょうか?」
「あぁ、そうなんですよ。イシェリア・ウッドディアス――あぁ、今はイシェリア・ロウバーツさんに戻られたんですよね?」
「……っ!」
その言葉に、イシェリアは即座に男を警戒し一歩下がる。
男は口の端を持ち上げたまま、イシェリアの方へ一歩足を踏み出した。
「とある方の依頼により、貴女を“暗殺”に伺いました、ユーリと申します。どうぞよろしくお願いしますね」
※後書き※
ド変態野郎に負けず、ここまでお読み下さり本当にありがとうございます!
あらすじに追いつきましたので、次回から一日1~2回の更新になります。引き続きお楽しみ頂けたら幸いです。
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