前略陛下、金輪際さようなら。二度と私の前に姿を見せないで下さい ~全てを失った元王妃の逃亡劇〜

望月 或

文字の大きさ
上 下
10 / 38

10.危機、現る

しおりを挟む



「いやぁ、改めて思いましたが、何もかも失っちゃいましたねぇ」
『そんな明るく言うことじゃねぇぞー』


 草原の道を歩きながら、イシェリアはアハハと笑う。
 ロウバーツ侯爵家から離れて、三日が経っていた。

 その間、イシェリアはのんびりと道を歩き、馬車を乗り継ぎ、自然の景色を見て感動し、慣れない野宿をして、満天の星空をうっとり眺め、寝袋で虫達の鳴き声を聞きながら眠り――

 どれもが初めての経験で、新鮮で――

 イシェリアは思いっ切り旅を楽しんでいた。


 ロウバーツ侯爵家にはイシェリアの私物は一切残っていなかったので、使用人達がお金を出し合って当分の旅費を作ってくれ、旅用の頑丈な動き易い服も用意してくれ、保存食や携帯食も持たせてくれた。彼らには感謝してもし切れない。

 感謝の意を伝えたら、使用人達全員から、


「それはこちらの台詞です! これくらいでは御恩は全く返せていないのですよ!? 落ち着いたら私達に絶対に会いに来て下さいね!? ずっとずっと待っていますから! 約束ですよ!?」


 と、口を揃えて言われてしまった。本当に優しい人達だ。


「でも、今は本当に清々しい気分なのですよ。“自由”がこんなに素敵なものだなんて。こういう気持ちはすごく久し振りな気がします……」
『おぅ、そっか。良かったな』
「改めまして、アーテル。『洗脳』から解いて下さって、本当にありがとうございました」
『いや、いいってことよ。アルジからの“願い”だからアンタを助けたワケだし。そんでアンタを護れってさ』
「至れり尽くせりですか? そのアルジさんって方は一体――」
『おっと、ちょい待ち。アルジがいる場所とかも、そこは契約上話せないことになってんだ、悪ぃな。ま、オレサマを召喚出来たし、すっげぇ強ぇ『光の力』を持ってるってことだけは言えるぜ』
「そうですか……残念です。ちなみに、他の【精霊】達もアーテルのように口が悪いのですか?」
『ん? オレサマ、口悪ぃのか? 【精霊界】じゃ、皆丸い光のような物体なんだ。属性や性格はちゃんと個々に持ってるけどな。召喚される際に、形や口調は召喚者の性質に大きく影響されんだよ。ま、アルジのことだな』
「へぇ? ということは、アルジさんが口の悪い人なのですね……。――ん? それってどこかで……」


 そこでイシェリアは黙り、腕を組んで首を捻る。


『ん、どした?』
「んんーー……。――駄目です、頭に靄が掛かっているようで思い出せません……。アルジさんに会えれば分かるのでしょうか……」


 何度首を捻っても分からなかったので、イシェリアは早々に降参した。


『ところで、これからどうすんだ? この三日間、アテもなくブーラブラしてっけど』
「そうですね……。どうしましょう?」
『オレサマに訊くなよー』
「あ、魔物が現れました」


 イシェリアの言葉にアーテルは即座に反応し、大きなハリセンが空中からポンッと飛び出した。
 アーテルはそれを猫のような両手でパシッと掴むと、唸り声を上げて襲い掛かってくる狼のような魔物に向かって勢い良く振り下ろす。


『どぉりゃっ、と!』


 バシーンッ!! と小気味良い音が辺りに響き、ハリセンをもろに喰らった魔物は地面に突っ伏すと、砂になって消えていった。


「わぁ、相変わらずハリセンの威力が凄まじいですねぇ。最初見た時は驚きましたよ。てっきり光の魔法でビビッと光線とか出してやっつけるものだと思っていましたから」
『ザコ相手に魔法使うの勿体無ぇだろーが。このハリセンはオレサマの魔力がこめられているからな。ザコなら超簡単に一撃だぜ』
「アーテルがいなかったら、私なんて旅の開始早々魔物にやられて雲の上でしたね……。流石アーテル、とても強くて頼もしいです。いつも護ってくれてありがとうございます」
『ふふーん、いいってことよ。もっと盛大に褒めてくれたって構わねぇぜ? へへっ』


 褒められて鼻高々のアーテルは、小さな身体をふんぞり返らせ、黒い尻尾をブンブンと振り回している。


「アーテルがいれば安全ですし、もう少しブラブラしてもいいですか? こうやって外を自由に歩けるのが嬉しくて……」
『ん、そっか。別に構わねぇぜ。時間制限なんてねぇし、アンタの好きなようにしな。オレサマがしっかり護ってやっからよ』
「ふふっ、痺れるお言葉ですね。惚れちゃいそうです。ありがとうございます、アーテル――」



「こんにちは、お嬢さん。良いお天気ですね」



 その時、突然後ろから声を掛けられ、イシェリアはビックリして飛び上がってしまった。


「あぁ、申し訳ないです。驚かせてしまったようですね、失礼いたしました。何分、足音を消して歩くのがクセになっているものでして」


 振り返ると、そこには長身で細身の男が口元に笑みを浮かばせ立っていた。後ろは首辺りで切り揃えていて短いが、前はサラサラの漆黒の髪が上半分を覆い、目と耳が隠れてしまっている。
 口元から見るに、二十代前半くらいだろうか。


(……黒い髪……。この国では“魔族”が黒髪だからって理由で忌み嫌われている色で、この色の髪の毛に産まれてしまった子は、殆どは違う色に染めるのだけれど……。染めずに、こんなに堂々としているなんて……)


「どうしました? ――あぁ、この黒髪に恐れをなしてしまったのでしょうか?」
「……いいえ。少し驚きましたけれど、艷やかで綺麗な髪と色ですね。私の髪は手入れをしないとすぐに傷んでしまうので、羨ましいなと思いました」
「…………」


 男はイシェリアの返しにポカンと口を開け、やがて「ふはっ」と吹き出した。


「貴女くらいですよ、僕の髪にそんな感想を述べるのは」
「そうでしょうか……? ところで、私に何か御用でしょうか?」
「あぁ、そうなんですよ。イシェリア・ウッドディアス――あぁ、今はイシェリア・ロウバーツさんに戻られたんですよね?」
「……っ!」


 その言葉に、イシェリアは即座に男を警戒し一歩下がる。
 男は口の端を持ち上げたまま、イシェリアの方へ一歩足を踏み出した。



「とある方の依頼により、貴女を“暗殺”に伺いました、ユーリと申します。どうぞよろしくお願いしますね」















※後書き※

ド変態野郎に負けず、ここまでお読み下さり本当にありがとうございます!
あらすじに追いつきましたので、次回から一日1~2回の更新になります。引き続きお楽しみ頂けたら幸いです。



しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

処理中です...