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23.キライよ!
しおりを挟む「アハハハッ! アンタ達の気配くらい簡単に読めんのよ。奇襲出来なくて残念だったわね」
中から嘲笑うリリールアの声が飛んでくる。ゆっくりとそこに視線を移すと、ベッドの上で足を組んで座り、彼女は愉しそうにこちらを見ていた。
リリールアが一歩も動いた形跡はない。恐らく魔法で扉を開け瞬時にナイフを飛ばしたのだ。魔力の気配を悟られないようにする為に。
「魔界から生きて戻ってきたのは驚いたけど、寿命がホンの少し延びただけだったわね」
嗤っているリリールアの言葉にハッとし、アスタディアは床に目を落とすと急いでしゃがみ込む。
「シン!!」
シンは倒れたきり、ピクリとも動かない。
うつ伏せに倒れているので傷の具合が分からないが、勢い良く腹に突き刺さったので致命傷のはずだ。
その証拠に、腹の辺りから赤い液体がじわりじわりと広がっていく。
「シン……! いや、イヤよ……。返事をして……。お願い……シン……、シンッ!!」
シンの背中に手を置き、アスタディアは切実に何度も呼び掛ける。しかし彼からは何の返答もない。
彼が死んでしまうという恐怖に身体がガタガタと震え始めた。
「フフッ、先に厄介者がいなくなって良かったわ。ひ弱なアンタ一人で何が出来るって言うのよ」
意地悪く嗤うリリールアに、アスタディアはぐっと唇を噛みしめる。
「……ねぇ、教えて……。どうして私を苛めていたの? 私、貴女に何かした……?」
「冥土の土産に教えて欲しいってワケ? ま、別にいいけど? たまたま見掛けたアンタが、親と仲良く楽しそうにしてたからムカついたのよ。アタシには親がいないのに、何で人間如きのアンタが幸せそうなのよ。だからアンタの親を殺して、アタシの魔法で都合の良い人間をアンタの親にして、アンタを苦しませていたのよ。絶望と悲しみを味わせる為にね」
「……たった……それだけの理由で……?」
「アタシは自分が愉しければいいの。ま、アンタはそれなりに愉しめたわ。ピーピー馬鹿みたいに五月蝿く泣かないところが気に入っていたのよ。でも、これでオシマイ。アンタはお役御免でここで死ぬんだもの。今日はのんびりしてたけど、明日から新しい妹候補を捜すわ。アンタ以上の苛め甲斐のある子を、ね」
リリールアが口元に大きく半円を描き嗤う。
そんな彼女に、アスタディアは瞳を大きく見開くと、震える唇を開いた。
「……そんなのさせないわ……。あんな、辛くて苦しい日々を、他の子には……」
「へえぇ? じゃあアンタが止めるの? アタシを? なーんの力もないアンタが? どうやって?」
鼻で嗤いながらリリールアはベッドから腰を上げると、アスタディアの方へと歩いてくる。
そして身を屈ませると、アスタディアの顎を手で強く掴んで上を向かせた。彼女の顎に、リリールアの指と爪が思い切り喰い込む。
「…………っ!!」
「ほら、言ってご覧なさいよ? あまりにもフザケたことを言ってると、今すぐに殺すわよ?」
「…………させない。絶対にさせない! あんな苦しみは、私でおしまいにするわ!!」
アスタディアはキッとリリールアを睨みつけ、顎を掴んでいる彼女の手を自分の手で掴み返す。そして、グッと手に力を込めた。
「あっつッッ!!」
刹那、リリールアは手が瞬時に燃え尽くされるような感覚に陥り、即座にアスタディアの顎から手を離す。見ると、その手は真っ赤になって膨れ上がり、火傷のような状態になっていた。
アスタディアの“月の力”が持つ『防衛魔法』が発動したのだ。
「は!? 何コレ!? アンタ一体何をしたのよ!? アタシに怪我を負わせるなんて何様よッ!? ムカつくから今すぐに殺してあげるわッ!!」
リリールアが鬼のような形相で叫んだその時、突然耳にとんでもない激痛が走った。
「ギャアアァッ!!」
リリールアの悲鳴が部屋に響く。ズキズキと激しい痛みが続く耳をバッと触ると、そこには耳朶がなかった。触った手に真っ赤な血がへばり付く。
「……は……? 何……コレ……」
「……シン……?」
アスタディアの震えた呟きに、リリールアはわなわなと横を向く。
そこには、致命傷を負っているはずの男が起き上がっていて、その手には自分の大事なイヤリングが、引き千切られた耳朶ごと握られていた。
「は……? 何で――」
シンは心底嫌そうに顔を顰めると、耳朶からイヤリングを引っ張って外し、すぐさま耳朶を遠くへ投げ捨てアスタディアへイヤリングを渡す。
「え……」
「アス、それ壊して。オレはこの女を殺す」
シンは光の灯っていない深蒼色の瞳で、驚き戦慄いているリリールアを睨みつけると、彼女の投げたナイフを手に取りその心臓を正確に一息で貫いた。
ゴボ、と口から血を溢れさせたリリールアは、何の感情も持たないシンの顔を、はち切れんばかりに大きく見開いた目で見る。
「もっと苦しませて殺したかったけど、テメェに構ってる時間が勿体ないし。早く死んで魔界に還れクソ女」
「……あ……ああぁ……。やだ……。死にたくな――」
「ふぅん。死ぬのイヤなのか? 残念、テメェは死ぬんだよ。コレ決定事項。――はっ、ざまーみろ。テメェが今までしてきたことの報いだ。テメェは確実に地獄行きだな。せいぜいそこで苦しみまくれよ」
シンが馬鹿にしたように鼻で嗤うと、リリールアは絶望の表情を浮かばせながらその場に倒れ、動かなくなる。
その瞬間、リリールアが自身に掛けていた『変身魔法』が解けた。その姿は額に大きな角が生えた女の魔族で、お世辞にも美人とは言えない顔つきだった。
やがて、リリールアと名乗っていたシェイプシフターの身体は、霧のように消えていった。
――本当に、あっという間の出来事だった。
アスタディアはイヤリングを手に乗せたまま動けず、呆然としてシンを見つめた。
「……シン、貴方……。お腹のキズは……?」
「あぁ、大丈夫。この《幻惑の石》を懐に入れてたお蔭で、これが盾になってナイフを防げたよ。この赤いヤツは、魔界で余分に採っていた果物を服のポケットに入れておいたんだけど、倒れた際に潰れたんだ」
「無事……だったの……? じゃあ、どうして返事してくれなかったの……? あんなに呼んだのに……」
「咄嗟にあの女を騙す方法を思い付いたんだ。死んだフリして、あの女が不用意に近付いた時に不意打ちでイヤリングを奪い、その後確実に息の根を止めようと思って。成功して良かった」
ニッと無邪気に笑うシンに、アスタディアは信じられない思いで見返す。
「心配……したのよ? すごく……。シンが死んでしまうんじゃないかって、私……とても……」
「あぁ、何の合図も出来なくてゴメン。あの女にバレるわけにはいかなかったんだ。それに大丈夫だよ。《月の聖獣》が死んでも、《月の巫女》は死なないんだ。だから仮にオレが死んでも全然悲しまなくていいよ。もうあんな風にアスを泣かせたくないし。オレの命でアスが助かるんなら喜んで死ぬよ。だってオレ――」
「ふざけないでッッ!!」
アスタディアはガバッと立ち上がると、これ以上聞きたくないといった感じで、シンの言葉を遮り大きく叫んだ。
両手を強く握り締めた拍子で、イヤリングが宝石ごと壊れる。
刹那、彼女の髪と瞳が美しく輝く銀色へと変わった。
その神秘的な銀色の瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ出る。シンはその美しさに見入り、けれど彼女が何故泣くのか分からず戸惑ってしまう。
「あ、アス……? どうして泣くんだ……? 泣かないで――」
「貴方が死んじゃうと思って、私、すごく怖かったのよ!? もう二度と貴方に会えないって思っただけで、とても悲しくて辛くて!! 悲しまなくていい……? そんなこと出来るわけないじゃない! 貴方は私の大切な人なのに!!」
「あ……アス……」
「貴方はいつもいつもそう! 私の心配を軽々しく考えてる!! 魔界での時もそう! 本当はあんなに頻繁に力を供給しなくて良かったんでしょ!? お父様達から聞いたわ! 私すごく心配で、貴方が苦しむのがイヤで、だからしつこいくらい聞いて、それなのに貴方は……! 私は本気で貴方のこと心配してたのに!!」
「あ、あれは……」
「それに貴方は、自分の命をも軽く見ていて!! 屋敷に入る前に交わした約束も粗末にして!! 私は心の底から本気で言ったのに……! 貴方が死んでしまったら私はどうなるの!? 大切な人を亡くして、ずっと一生泣いて暮らせと!? 絶望と悲しみと苦しみの中生きていけと!? 貴方は私にそう言うのね!?」
「ち、ちが……っ」
――彼がいつも強気だったのは。
体術が防御無視の攻撃重視だったのは。
魔王に勝てると当たり前のように豪語したのは。
自分の攻撃に、“捨て身”も含まれていたからだ。
自分はいつ死んでもいいと、そう思っていたのだ。
「……キライよ!! 自分の命を軽く見てる貴方も、私の気持ちなんてこれっぽっちも考えてくれない貴方も、全部全部キライ!!」
「…………っ!!」
シンの切れ長の瞳が驚愕に見開かれたが、アスタディアは涙を流したままギュッと目を瞑り、クルリと踵を返すと、彼を残して部屋から飛び出して行った。
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