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22.凶器の矛先
しおりを挟むいつの間にか瞑っていた瞼をアスタディアはそっと開くと、そこはルーゲント侯爵家の玄関前だった。シン、そしてフェリクとエミリアも無事に到着しており、夫婦は自分達の屋敷を感慨深げに眺める。
「一年ぶりねぇ、我が家は」
「本当だねぇ……。帰ってこられたんだねぇ……」
人間界と魔界に時差はないらしく、すっかり夜も更けていた。
「さて、どうやって入ろうか? きっと玄関には鍵が掛かっているはずだし」
「普通にノックしてみる? 皆ビックリするかしら」
「中にいるはずの僕達がいきなり外から現れるんだ。ビックリし過ぎて腰を抜かしちゃうかもね」
ルーゲント夫妻が話し合っていると、シンの頭にソウの声が響いてきた。
『シンラン? 私の声が聞こえますか?』
「よぉ、ソウテン。ちゃんと聞こえるぜ」
『……良かった、ようやく繋がりました。日中から何度か話し掛けても全く反応がなかったから心配していたのですよ』
「それは悪かったな。あの女の罠に掛かって、魔界に飛ばされてたんだよ」
『魔界に!? ……それは……本当によく無事でしたね……』
「何とかな。たった今侯爵家に戻って来られたとこだ」
『アスタディア様もご無事で?』
「当たり前だろ。オレがアスを死なせるわけねぇよ」
『良かった。貴方達に伝えたいことがあるんです』
「りょーかい。アスにも聞こえるようにする」
シンはアスタディアに伝えると、彼女は真剣な表情で頷いた。
『ユリアンヌがこの国の行方不明者を調べたところ、該当する二人がいました。ラケルタ元伯爵と、ラケルタ元伯爵夫人です』
「ラケルタ“元”伯爵……?」
『彼らはいくつもの不正行為を繰り返して、牢獄に入れられ爵位を剥奪されたのですよ。釈放後は足取りが掴めず、いつの間にか行方不明になっています。アスタディア様から聞いた、現在のルーゲント侯爵夫妻の性格と、ラケルタ元伯爵夫妻の性格がかなり似ているとのことです。彼らがリリールアの『変身魔法』で、ルーゲント侯爵夫妻に化けている可能性が高いかと』
「『変身魔法』を解く方法は分かったか?」
『術者の命を奪うか、もしくは完全に力を取り戻したアスタディア様の“浄化の力”が効くかもしれません』
「分かった、サンキュ。これから決着をつける」
『……くれぐれも気を付けて下さいね。危険になったら公爵家に一旦避難して下さい』
「ありがとうございます、ソウさん」
通信を終えると、アスタディアはフェリクにラケルタ元伯爵のことを訊いた。彼は腕を組むと顔を顰める。
「ラケルタ元伯爵と夫人ね……。彼らは盗作等の不正をしていたんだ。不正行為は簡単にお金が手に入る。一旦味を占めてしまったらなかなか抜け出すことは出来ないんだ。もしかしたら、僕達に成り代わった後も不正行為を続けているかもしれないね」
「そんな……」
「そう言えばあなた、玄関の合鍵は? 視察に出掛ける時、念の為に持ってきたじゃない?」
「……あぁっ、そうだった!!」
フェリクはハッとして手をパンと打ち、上着の内ポケットから玄関の鍵を取り出した。
「良かった、失くしてなかった。これでそーっと中に入って、その魔族に奇襲を掛けるかい?」
「あ! それは良い考えだわ! 今の時間なら眠ってるかもしれないものね。お父様とお母様は、念の為にラケルタ元伯爵夫妻を見張っていて欲しいの。彼らが起きて騒ぐ前に止めてくれると有り難いわ。使用人達に余計な不安と心配を掛けさせたくないし」
「それはお安い御用だけど、アスタディアはどうするんだい?」
「私は“月の力”を取り戻さなきゃだからリリールアの部屋に行くわ。シン、一緒に来てくれる?」
「そんなの当たり前だよ。アスとはずっと一緒だ」
「ありがとう」
フェリクとエミリアは、シンに向かって頭を下げた。
「シンラン君、娘を頼んだよ。必ず護っておくれよ」
「アスタディアをお願いね?」
「大丈夫です。アスはオレが命に代えても護ります」
「シン、“命に代えても”なんて止めて。私はシンに死んで欲しくないの。シンも絶対に生きて。約束して?」
アスタディアの切実な言葉に、シンは目を瞠って彼女を見た。
「……分かった」
「絶対だからね?」
「うん」
アスタディアはシンの返事にホッとしたように顔を綻ばせる。そんな彼女が堪らなく愛おしくなり、シンはその身体を引き寄せ抱きしめていた。
「なぁ……っ! パパの目の前で何をやってるんだい!? 今すぐに離れなさいっ!! 僕は君を娘の恋人だなんてまだ認めたわけじゃないからね!?」
「あなた、しーっ、しーっ!! 大きな声を出さないのっ!!」
「ちょっ、お母様もね!?」
フェリクが無理矢理シンをアスタディアから引き剥がし、不貞腐れた顔の彼を残して玄関の鍵を静かに開ける。扉をそっと開くと、運良くそこには誰もいなかった。
「……じゃあ、パパ達はラケルタ元伯爵夫妻を見張るから。アスタディア、シンラン君、本当に気を付けるんだよ」
「危なくなったらすぐに逃げてね?」
「お父様、お母様、ありがとう。行ってきます」
アスタディアはしっかりと頷くと、シンと共にリリールアの部屋へ向かう。
「オレが扉を叩いて、あの女が扉を開けた瞬間すぐに殺すよ。散々苦しめていたぶって地獄を見せた後に殺したいけど、今はスピード勝負だし、そんな光景アスに見せたくないし」
「え、えぇ……。そうね、見たくないわ……」
「危ないから、アスはオレの後ろにいてね」
「分かった。十分気を付けてね、シン?」
「ん。全部終わったらオレ達恋人になって、沢山ギュッてしてキスしよう? そしたらオレ頑張れるよ」
「……え、えぇ……。分かったわ、約束ね……」
「やった」
シンが嬉しそうに笑う。
(よくそんな台詞がサラリと言えるわね!?)
アスタディアはそれを聞いただけでも顔の火照りが酷くて熱い。
リリールアの部屋の前に辿り着くと、彼は躊躇なく扉をノックした。
(え、もう!? 心の準備しなくていいの!? 私が出来ていないんだけど!!)
焦るアスタディアの目の前で、ゆっくりと扉が開かれる。
――そして。
ヒュンッと、風の切る音がした。
開いた扉の隙間から鋭いナイフが高速で飛び出し、シンの腹部へと真っ直ぐに突き刺さる。
シンは目を見開いて己の腹部を見下ろした後、すぐに顔を大きく顰め、小さく呻き声を出しその場に崩れ落ちていった。
「……あ……」
アスタディアは、その光景をただただ呆然として見つめていた……。
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