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19.衝撃を受ける灰かぶり娘

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「……なるほど、僕達のいない間にそんなことが……。髪と瞳の色が違うから不思議に思っていたんだ。ごめんよ、アスタディア。すごく辛い思いをさせたね……」
「本当にごめんなさい、アスタディア。私達がすぐに人間界に戻れる方法を見つけていたら、あなたにそんな苦しい思いをさせずに済んだのに……」


 フェリクとエミリアが二人で暮らしていた小屋には、四人が座る椅子がないので、ラグの上にそれぞれ腰掛け、アスタディアとシンはここに来た経緯を二人に説明した。
 話を聞き終えた後、フェリクは酷く苦しげな表情をすると、アスタディアをギュッと抱きしめる。エミリアも涙をポロポロと零してアスタディアの手を握りしめた。

「お父様、お母様……っ」

 アスタディアも堪らずまた涙を流す。エミリアは彼女の涙をハンカチで拭きながら、自分達が何故ここにいるのかを話し始めた。


「一年前、アスタディアを屋敷に残して二人で内密に領地を視察している時、女の子の魔族が現れて、突然私達を殺そうとしたのよ」
「えっ!?」
「でもアスタディアも知っての通り、お父さんは国境を守るルーゲント領の当主で剣術の達人でしょう? なかなか倒せない私達に焦ったのか、その時その子は逃げ帰ったんだけど、次の日魔界へ繋がる魔法陣を張っていて、罠に掛かった私達はそれに乗ってしまい、魔界へと飛ばされてしまったの」
「そこが魔界だって分かった時は絶望したなぁ。段々と息が苦しくなっていくんだもの。でも、ママは魔界の空気を吸っても平気でね。不思議なことに、ママの手を握ると僕も苦しくなくなったんだよ」
「えっ、それってもしかして――」


 ハッと感づいたアスタディアに、両親は頷く。


「私の双子の姉が先代の《月の巫女》だったのよ。運良く私にも、“月の力”が少し身体の中に流れていたみたい。その力が魔界の空気を浄化してくれたわ。手と手を通じて、その力を僅かに相手に送れるみたいで、最初の頃は新婚さんみたいにずっと手を繋いでたわねぇ」
「ははっ。今は魔界の空気に適応したのか、たまにしか繋がなくて良くなったけど、あの時は嬉し恥ずかしな気持ちだったね」
「うふふっ、そうねぇ」
「…………っっ!!」


 仲睦まじく笑い合う両親が言った言葉に、アスタディアは凄まじく大きな衝撃を受けた。


(……と、いうことは……。別にキスじゃなくても、手を繋げば良かった、ってこと……?)


 バッと勢い良くシンの方を振り向くと、彼は明後日の方角を向き、アスタディアから明らかに目を逸らしている。


(この態度……!! 最初から分かってたんだわ! 絶対に分かってたのに言わなかったんだわ!!)


 今までしてきた濃密なキスが脳裏に浮かぶ。自分からも幾度もキスをしてしまって……。あんなに恥ずかしい思いまでして。
 アスタディアは顔を茹でダコのように真っ赤にさせながらシンをギロリと睨みつけた。


「……シン……? あとで覚えておきなさいよ……?」
「……だって、アスとキスしたかったし、キスしてくる時のアス、めちゃくちゃ可愛かったんだもん。もっとしたい、見たいって気持ちが止められなくなっちゃって……」
「“もん”、じゃないっ!! 可愛く言ったって絶対に許さないんだからっ!!」
「ん? どうしたんだい、アスタディア?」
「えっ……あ、なっ、何でもないわ、何でも!!」


 アスタディアは慌てて首と手を左右に振る。


「そうかい? で、どこまで話したっけ? ――あ、そうそう、それで、森の中で誰も使っていないこの空き小屋を見つけて、ここを拠点にして人間界に帰る方法を探していたんだよ。森の中には人間界にあった食べられるキノコや植物が生えていてね、ここら辺の獣からは肉が獲れ、近くに川もあるから魚も獲ったりして食べる分には困らなかったよ。小屋の中に使用していない服や魔物避けがあったのはすごく助かったなぁ」
「そうなのよ。色々探索するうちに森からは出られて城と町みたいな所は見つけたんだけど、魔族と人間って敵対しているって話でしょう? 怖くてこちらから町に入れなくて。言葉が共通語なのは確認出来たんだけど……。他の方法を探している間に一年が過ぎてしまったの」
「そうだったのね……」


 アスタディアが頷くと、フェリクは眉間に皺を寄せ首を軽く振った。


「我が屋敷にいるその魔族や僕達のニセモノをどうにかしないといけないし、一刻も早く人間界に戻らないとね……。やっぱり町に行って情報を聞くしかないのかなぁ」
「……魔王に直接会いに行って、人間界に戻る方法を聞くのは?」


 シンの仰天発言に、他の三人は驚きの表情を彼に向ける。


「まっ、魔王に会うっ!?」
「森を出た先に“城”があったってことは、その城は魔王城だ。城は魔界には一つしかないから。魔王はこの魔界で一番偉いヤツだ。偉いヤツほど沢山情報を持ってるから、ヤツから聞いた方が手っ取り早い。今代の魔王は争いを好まない性格らしいから、いきなり襲い掛かってくることはないはず。けど何かあったらオレが魔王と闘うよ。オレ魔王に勝てる自信あるし」


(えぇっ!? そのみなぎって溢れる自信はどこから来るのっ!?)


「魔族の特徴は、角や尻尾、羽だ。それ以外は人間とそう大差ないらしい。今みたいな薄暗い中だと人か魔族か分かりにくいだろうし、ギリギリ魔王との謁見が間に合うかもしれない。チャンスは今しかないかも」
「……確かに、シンラン君の言う通りかもしれないね。夜は城に入れないし、明日の朝では明るくて目立ってしまう。少しの可能性を信じて今から行ってみようか、魔王城に」
「えぇ、そうしましょう。それにしても博識ねぇ、シンラン君は。どこかで習ったの?」
「……故郷で少し」
「今こうしている間にも、リリールアが新しい生贄を見つけて苛めているかもしれない。早く止める為にも、行動あるのみね」


 全員の意見が一致し、出発の前に素早く軽食を取ると、四人は魔王城へと向かった……

 ……が。


「本日の謁見は終了だ」


 城の門番の非情な言葉が、ルーゲント親子を打ちのめしたのだった……。



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