人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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36.『呪い』の先にあるもの

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 今にも泣きそうなリオーシュの顔を改めて見ると、まだ目の下にクッキリと隈が広がっている事に気が付いた。


「リオ……貴方、隈が酷いわ。ちゃんと寝てる? 色々と事実が分かって、私から離れて『懺悔』と『後悔』から解放されたんじゃないの?」
「え? ――違う、そんな訳ない! ここに住み始めてからも、毎日そればかりだ……。それに、君の温もりが無いとよく眠れないから、夜は殆ど起きている……」
「はぁっ!? どうして――」
「……君は……私を、決して赦さないだろう……?」


 リオーシュの口の中で呟かれたその問い掛けは、火花の音だけが響く静かな空間の中、エウロペアの耳にもちゃんと届いて。


「……えぇ。赦さないわ」
「………っ」


 エウロペアの一言に、リオーシュは酷く傷付いた表情をし、それはすぐに深い絶望へと変わって、長い睫毛を伏せた。


(自分から訊いておいて、その顔……。“優しいロア”なら『赦す』と言ってくれると思った? 本当に困った人ね……。この人の中で、私は“憧れ”を超えて“聖人”にでもなっているのかしら)


 エウロペアは心の中で苦笑し、一呼吸置いて言葉を続けた。


「貴方が『後悔』と『懺悔』を一生し続けるのを赦さない」
「――っ!」


 こちらに視線を向けた、揺らいで月光のように煌めく瞳を、エウロペアは真っ直ぐに見つめる。


「だから今すぐに『後悔』と『懺悔』を止めなさい。今それをしても、全く意味は無いわ」
「……ろ、ロア……。でも、私は――」
「赦す赦さない以前に、仕方の無い事だったのよ。『媚薬』を使われたら、健全な殿方は大抵負けてしまうでしょう。しかも強力なものなら尚更。けれど貴方はそれに負けず自ら腕を強く噛み、正気を一時的に取り戻してカトレーダを追い出した。これは本当に凄い事なのよ?」
「わ、私は……。あの時、ロア以外の女性とは絶対に……死んでもしたくなくて……。無我夢中だった記憶が微かに……」
「……えぇ、ありがとう。もし妹と最後までしていたら、私はどんな理由であれ、今後貴方に抱かれるのを拒否していたわ。私、随分と心が狭いの。そして自分がなかなかに嫉妬深い事を知ったわ。貴方が思っているような“聖人の私”じゃないのよ。醜い心を持った、うつわの小さい馬鹿な女なの」
「……っ! そんな事――」


 思わず声を上げたリオーシュに、エウロペアは首を横に振って言葉を止める。
 そして、徐ろに彼の腕をそっと触った。
 ビクリと、リオーシュの身体が大きく震える。


「……貴方はきっと、私に生涯負い目を感じて、『後悔』と『懺悔』が続いて。そしてギクシャクする私達は、いずれ必ず別れを選んでいたわ。貴方はそれを防いだの。この腕の深い傷は、恐らく痕がずっと残ってしまうでしょう……? 腕を噛み千切ってもいい程の覚悟だったのね……。リオ、それは“名誉の傷”よ。――そんな貴方が、私はとても誇らしいわ」
「………っ」


 エウロペアの優しい微笑みと言葉に、リオーシュはとうとう堪え切れなくなり、その両目から涙を零した。
 ハラハラと、瞳から透明な雫を流し続ける彼を見ながら、エウロペアは眉尻を下げ、思考する。


(……この人は――)



 ――この人は、不貞をして私を傷付けたと毎日『後悔』と『懺悔』をして。
 私の為に、自ら一人で危ない崖を登り、花を摘んでくれて。
 私の泣く顔や傷付いた顔を見たくないと、『王』の責務を放棄して逃げて。
 森の中の、人が滅多に来ない、娯楽も何も無く寂しい小さな家の中で、只一人……毎日私の幸せを願って。眠れぬ夜を日々過ごして。

 まるで一生の『贖罪』のように。


 今も私の事を想って泣いている。



 ――この人は、一国の『王』として失格だろう。
 私を優先して“只の男”に成り下がり、『王』である事を捨てて。
 国民達や、残された城の人達の事を考えずに。

 彼の中で私は、“王の責任”や“国民達”より『大切な存在』となっているのだ。


 本当に……本当に、どうしようもない人。


(こんな……こんなに私を中心に世界が回っている人、私以外に誰が面倒を見れるって言うのよ……)


 ――そして、そんな彼を『愛おしい』と感じる自分にも、もう付ける薬が無い……。



(――あぁ、駄目。私の負けよ。完敗だわ……)



「……リオ、一緒にお城に帰りましょう? 私達はまだ離婚をしていないわ。貴方は国民達の間で『王妃の看病疲れの為静養中』となっているから。それに、有難くも私はまだ王妃をやらせて貰っているの。――また、一から始めましょう? “夫婦”として、この国の“王”と“妃”として……」
「……ロ、ロア……? ほ、本当に……? 本当にいいのか……?」
「えぇ。それに、貴方がいないと、ゼベクが過労死しちゃうわ。彼、貴方の穴を埋める為に頑張り過ぎてるの。本当に、彼の貴方に対する忠誠は見事なものだわ。けど、少しは休ませないと。彼を失ったら困るでしょう? 私も彼がいなくなったら嫌だし、困るもの」
「ロア。君はゼベクを――」


 リオーシュは流れる涙はそのままに、エウロペアの言葉を遮り手を伸ばしたが、すぐにその手を止めて俯いた。グッと握り締めた拳がカタカタと震えている。


(……あぁ、そうか。カトレーダの事もあって、意識のある私に触れるのを躊躇しているのね。いつまでもウジウジナヨナヨしてちゃ『王』としての威厳が丸潰れだし、私も「いい加減になさいっ!」ってこの人を張っ倒して蹴り飛ばしたくなるし。この人に自信をつけさせるには、私に触れて貰うしか……。――うぅっ、自分から言うのはすごく恥ずかしいわ……)


「り、リオ……」
「あ、あぁ……」
「……だ、抱きしめて……いいわ、よ……?」
「!!!」


 潤む瞳に上目遣いの真っ赤な顔でそう言われ、リオーシュの顔にもボッと瞬時に火が点いた。彼の理性にバキバキッと大きなヒビが入る。


「……ろ、ロア……。い……いいのか……? 君に触れて……。ほ、本当に……?」
「……えぇ。私からはもう触れてるけれど……」


 朱に染まった頬で小さくコクリと頷かれ、リオーシュの理性は粉砕寸前だ。
 それでも何とか必死に耐えて、リオーシュはエウロペアの方に静かに近寄ると、その華奢な身体を、小刻みに震える腕でそっと抱きしめた。


(……そう言えば、意識のある“人”の状態でリオに抱きしめられたのは、『初夜』以来だわ……)


 身体を包み込む優しい温もりに知らずホッと息をついていると、エウロペアの頭上からリオーシュの声が落とされた。


「……ロア」
「うん?」
「ありがとう……」
「……えぇ。どういたしまして?」
「ロア」
「ん?」
「心から……愛している」
「ふふっ。――私も大好きよ」
「ロア」
「今度はなぁに?」
「私を……私を嫌いにならないでくれて……もう一度、機会を与えてくれて……ありがとう――」


 そう呟いたリオーシュの肩が、小さくカタカタと震えている。
 エウロペアは微笑み、リオーシュの広い背中にそっと手を回した。


「――ねぇ、リオ。私ね、“人形”になって、そして“人”に戻って、思ったの。神様の『呪い』って、不貞をした本人に『懺悔』と『後悔』をさせる為もあると思うけど、二人がまたやり直せる“機会”も与えてくれてるんだって」
「え……?」
「相手が物言わぬ“人形”になって、伴侶をそうさせてしまった相手は、余程人でなしで無い限りは罪悪感を抱くでしょう。それで罪悪感を少しでも感じなかったら……代わりにその相手が“人形”になっていたと思うわ。きっと、一生そのままの“人形”に。伴侶は元に戻ってね」


 リオーシュは、エウロペアのその言葉に瞳を瞬かせて問い掛ける。


「そう……なのか? どうしてそんな事が分かるんだ?」
「私が元に戻る直前かしら……神様が傍にいるような気配がして、彼女の気持ちが伝わってきたような感じがしたの。浮気や不倫が大嫌いな私達の神様は、不貞に反省も罪悪感も持たない相手に対して、容赦無くそうすると思わない?」
「そうなのか……。――あぁ、きっとそうだな。そうでないと、只の理不尽な『呪い』で終わってしまう」
「えぇ。――罪悪感を持った場合、“人形”になってしまった伴侶を見て、相手は伴侶の大切さを思い出すと思うの。そして『懺悔』と『後悔』の日々が始まって……」
「……あぁ……」
「『七色の月光花』は、『呪い』を受けてからすぐには咲かないと思うの。即治ってしまったら『呪い』の意味が無いでしょう? 『呪い』を解く方法を知っていても、全然咲かない月光花に相手は焦り、益々後悔すると思うわ」
「あぁ、確かにな……」


 リオーシュはそれに頷いて返す。


(……その間に、“人形”になった伴侶の精神は何処かに乗り移り、相手の様子を観察して、赦すか赦さないかを『判断』する……って所かしら)


 これは、リオーシュには今は言わないでおく事にした。
 彼の泣きながらの『懺悔』と『後悔』を毎夜見ていたなんて知ったら、彼は多大な羞恥で毛布に包まって暫くそこから出てこなくなるだろうから。


「『呪い』を解く方法も、相手に対する“試練”だと思ったの。伴侶に対し想いを再確認した相手は、自らが月光花を取りに行こうとするでしょう。命懸けで花を取り、“惑わす力”にも打ち勝って、伴侶に赦された場合は、二人の絆は今よりもっと深まるに違いないわ。不倫なんて二度としないでしょうね。もし“惑わす力”に負け崖から落ちたら……その時の為に、葉が二枚あるんだと思うわ。一枚は伴侶、もう一枚はその相手に使う為にね。もしかしたら……崖から落ちても、神様が死なないギリギリで助けてくれるかもしれないわ」
「……普通に無傷で助けて欲しいと思うが……」
「死ぬ間際を体験して、命の大切さを知り、更に伴侶の事を大事にしそうじゃない? そこまで神様は考えてたりして。――まぁ、これは私の推測でしかないけれど……」
「……いや、私もそう思う。きっと当たっているよ。そうでなければ、この『呪い』が何の為にあるか分からなくなる。なかなか回りくどいやり方で、頭を傾げる点もあるが……神の考えている事は、人には理解出来ない部分もあるからな……」


 リオーシュは苦笑しながらそう言うと、エウロペアを強く抱きしめた。
 彼女をもう二度と離さないとするかのように。


「ロア、私はもう二度とこんな事を起こさない。私はもっと強くなる。精神的にも、肉体的にも。君に頼って貰えるような、そんな男に私はなる。そして、誰にも引けを取らない、立派な王になる。約束する。だから……だからどうか、私の傍で、ずっと……見守っていてくれないか……?」


 エウロペアは、震える彼の背中を抱きしめ返し、クスリと微笑んだ。



「えぇ、勿論よ。――それならまずは、その泣き虫さんをどうにかしないとね?」




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