人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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25.それでも貴女は私の ◇

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 あの後行った事情聴取で、フォアレゼン公爵は言い逃れが出来ないと観念したのか、大筋で“罪”を認めたが、カトレーダを川に落とした事は断固として容疑を否認している状況だ。
 ミュールはいつもと変わらず終始落ち着いて、素直に聴取に応じているという。

 彼女に関しては、自ら“罪”を白状した事と、父親であるフォアレゼン公爵に指示されて犯行に及んだので、逆らえない部分もあり、情状酌量の余地はあるとの事だった。


 ……私は、ミュールは自分と父親の“罪”を明らかにする為、故意に公爵の自室から“毒”を持ち出して、わざと私の部屋で使ってみせたと思っている。
 “毒”が見つかってしまってからの彼女は、異様な程冷静だったからだ。綺麗な微笑みまで浮かべて。

 まるで、そうなる事を予測していたかのように。


 ……だからきっと、ミュールは私に“毒”を飲ませる気なんて、最初から毛頭無かった。
 飲ませようとして、わざと“毒”を床に落として大きく叫んだと思う。私が飛び掛からなくても。

 ……まぁそれは、私の希望的推測も入っているけれど。
 でも、間違ってはいないと……思いたい。


 ミュールはずっと苦しかったんだろう。恋い慕う人の傍に居たいが為に私を裏切り、“人形”にしてしまった事が。
 ずっと、良心の呵責に苛まれていたのだろう。

 そして、王政を我が物とし、戦争を起こそうとしている父親の『野望』にも心を痛めていたのだろう。

 それが限界に達し、今回の事件を起こした。
 自分と父親の“罪”を曝け出し、自分達を捕まえて貰う為に。


 私をこんな風にし、リオーシュを今も苦しめているのは、恋情を優先したミュールの所為でもあるけれど、どうしても私は彼女を憎めずにいた。


 好きな人とずっと一緒に……傍にいたい――

 その気持ちは、痛い程分かるから……。


(ミュールが勇気を出して“罪”を話してくれたお蔭で、この事件を解決する事が出来たのも事実よ……。けれど私は、貴女のした事は赦せない。その所為でリオは『後悔』と『懺悔』から離れられないし、私はまだ自分の気持ちが割り切れないでいる……。貴女のした事で、きっと……私達は別れなくてはいけない……。――それでも……それでも私は、今でも貴女の事を友人だと思っている。甘過ぎると馬鹿にされ罵られようとも、貴女がそれを全力で拒否しようとも、私は――)


 私が思考に没頭していると、扉がノックがされ、ゼベクが入ってきた。今は、本体の私以外誰もいない。
 案の定、ゼベクは真っ直ぐにリーエちゃんの所にやってきて、その頭に大きく温かな手を乗せ、ポンポンと軽く叩いた。
 そして、真面目な顔で私の頭を優しく撫でる。


(……? ――あぁ、もしかして慰めてくれているのかしら……? ふふっ、ありがとう……)


 私は心の中で微笑み、ゼベクを見ながら思考する。


 ……ミュール、そう……。ゼベクの事が大好きだったのね……。私との友情を切り捨てられる程に。全く気付かなかったわ……。
 ミュールは父親である公爵に会いに来る用事で何度か登城していたから、その時に彼を好きになったのかしら?

 ゼベクは……性格はアレだけど、顔はすごく良いものね……。
 漆黒の髪と切れ長の黒曜石のような瞳は、他の人には見られない、妖艶漂う魅力的な雰囲気があるものね……。
 性格はアレだけど。(二回目)
 ミュール……実は面食いだったのかしら?


 ……身分の差さえ無ければ、二人はきっと上手くいっていたと思う。
 だって、ゼベクの好みはミュールそのものだから。『お淑やかで穏やかで可憐』なんて、全部彼女の為にあるような言葉だから。
 もっと二人で会って話していたら、ゼベクもミュールの事を好きになっていたんじゃないかしら……?

 貴族では無く平民だったなら、仲睦まじい恋人同士になって、美男美女の光り輝く夫婦になっていたに違いないわ。
 身分の所為で二人は一緒になれないなんて……。本当に悲恋だわ……。
 うぅっ……やだ、泣けてきちゃう……。私、悲恋話には弱いのよ……。


 でも、ゼベクってば性格がアレだから(三回目)、いずれミュールが愛想を尽かしちゃったかも……?
 それでゼベクが「俺を捨てないでくれ!」って号泣して、ミュールにガバッと土下座して……ウフッ、フフフッ。


 ――あぁっ、憐れよ……憐れだわ、ゼベクっ。
 私を散々からかった報いよ。せいぜいミュールに頭を下げ続けて許しを請うといいわっ。ウフフフッ。


 そこまで考えて、突然両頬をグイーッと引っ張られ、私は痛みで飛び上がってしまった。


「……エウロペア様? そんなニヤニヤ笑顔でどうされました? 俺がフォアレゼン公爵令嬢に捨てられる想像でもしていましたか? それで俺が「捨てないでくれ」って公爵令嬢に泣きついて土下座して? 俺の性格がアレだから? 貴女の跳ねっ返りのじゃじゃ馬でお転婆な性格に比べたら全ッ然マシですけど??」


 ゼベクが笑顔でグイグイほっぺを引っ張ってくる。目が据わった状態で。


(笑顔はいつも通りの顔ですけどっ!? それよりも何で分かるのっ!? そこまで読まれるとすっごく怖いんですけどっ!?)


「ったく……。けど、思ったより元気そうですね。良かったです」


 フッと苦笑すると私のほっぺから指を離し、頭を撫でてきた。
 心配してくれた事が分かって、心情的に胸がジンと熱くなる。


(私より、ゼベクは大丈夫なのかしら? 今回の事件、彼にも関係が出来ちゃったのよね……。自分を責めてなければいいけど……。ミュールの一方的な想いで、彼は何も悪くないのだから)


 ゼベクは何故か微かに目を瞠ると、瞳を細めて小さく笑った。


「……俺は大丈夫ですよ。ありがとうございます。正直、公爵令嬢が俺の事をそんなに想っていたなんて青天の霹靂でしたし、今も実感が湧きません。会ったら挨拶と世間話程度しかしていませんでしたから。……貴女と陛下には申し訳無いと思いますけど」


(そんな事全く思わなくていいわ! ゼベクは本当に何も悪くないもの! 貴方は堂々としていればいいのよ! リオだって絶対にそう思っている筈よ!)


 私はそれに、首をもげるくらいブンブン横に振って答えた。
 ゼベクは「ふはっ」と吹き出すように笑うと、私の頭をポンポンと叩く。


「……貴女は、本当に……。――ありがとうございます。俺は陛下にのみ忠誠を誓っていましたけど、これからは貴女にも誓いますよ、親愛なるエウロペア王妃陛下」


 ゼベクはそう言うと、私の小さな手をそっと取り、瞼を閉じると手の甲へ唇を落とした。
 彼の柔らかく温かい唇の感触が、否が応でも伝わってくる。


(っ!?)

「……向こうのエウロペア様にすると、陛下が嫉妬で狂いかねないですから。こっちはセーフでしょう」


 唇をゆっくりと離し、わたしの手を握りながら、ゼベクは漆黒の瞳を細め、妖艶漂う笑みを見せる。
 私はそれに思わず後ろにひっくり返りそうになってしまった。咄嗟にゼベクが私の背中に手を添えて支える。


「おっと、大丈夫ですか? 相変わらず反応がいちいち面白いですね、貴女は。ふ……ククッ」


(楽しんでる!? もしかしてさっきのはわざとっ!? くぅーっ! 本当性格がアレね! ミュールに「貴女、容姿に騙されちゃ駄目よ! 彼は性格がアレなのよ!」って告げ口してやるわ! それで捨てられて、泣き喚いて縋りついても全然効果無しで憤怒した彼女に容赦無く蹴り飛ばされるといいわ! フンだっ!)


「……く、くは……っ。な、何だよソレ……っ。やば、っかし……っ」


 ゼベクが肩を震わせ前屈みになり、両手をお腹に当てて笑いを必死に堪えている。 


(えぇっ? そんなに私のひっくり返りが面白かったのかしら?)

「っと、いけねぇ……本来の目的を忘れる所だったぜ……。――エウロペア様、宰相の部屋に一緒に来てくれますか? 例の書物の確認をしたいので、場所を教えて下さい」


 ゼベクは大きく息をつき、私をヒョイと肩の上に乗せると、部屋を出た。
 廊下で擦れ違う人達がゼベクを驚いたように見上げ、通り過ぎてもグルリと首を回し振り返っている。


(そりゃそうよ、いい年した大の男が女の子の人形を肩に乗せて歩いてるんですもの! ちょっとは隠しなさいよっ!? 恥ずかしくないのっ!? 私は恥ずかしいわっ!)


 私は周囲の好奇な視線に耐えられなくなり、誰もいない隙にゼベクの頭をポフポフ叩いても、彼は何処吹く風で笑ってさえいた。
 その楽しそうな表情を見て、私は諦めて大人しくなる。


(この人もきっと、心の奥では傷付いている筈だから……。幾ら関係ないと言っても、リオを一番大切に想うこの人は、リオが苦しんでいるのは自分にも責任があると自責しているに違いないから……。少しでも気持ちが楽になるのなら……彼に笑顔が出てくれるのなら、これ位我慢しましょうか)


 不意に目を見開き、チラリとこちらを見たゼベクは、何故か今度は瞳を細めて小さく笑ったのだった。


 結局最後までゼベクの肩に乗ったまま、フォアレゼン公爵の部屋に到着した。
 部屋に入り扉が閉められると、私は早速執務机を指差す。


「そこですか。一旦降ろしますよ」


 ゼベクが私を執務机の上に降ろすと、私はすぐに椅子に飛び乗り、中段の引き出しを開けた。


(えっ!?)


 私は中を見て驚き、ビシリと固まってしまう。


 そこにある筈の例の書物が、何故か無くなっていたのだった――




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