人形となった王妃に、王の後悔と懺悔は届かない

望月 或

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 カチャリと音が立てられ、王妃の部屋の扉が開かれる。
 入ってきたのは、このファローダ王国の国王、リオーシュ・ガラン・ファローダだ。
 空色の真っ直ぐな長い髪を後ろの首元で結び、凛々しく端整な顔立ちを持つ彼は、夜空に輝く月のような黄金色の瞳をベッドへと向けた。


「……ロア、おはよう。今日はとてもいい天気だ。君の好きな花も、庭で元気良く咲いているよ」


 リオーシュは微かに笑むと、ベッドの側にある椅子に座る。
 そして、ベッドの上で上半身を起こしている女性の頬をそっと触った。


「……温かい」


 リオーシュはそう呟くと、安堵したように小さく息を吐く。
 その行為は、毎朝の彼の習慣となっていた。


「……ロア。エウロペア」


 リオーシュは女性の名を口にすると、その白く滑らかな頬を優しく撫でる。

 エウロペア・ファローダ。それが、この女性の名前だ。彼女は、ファローダ王国の王妃であり、リオーシュの妻だ。
 薄紫色の腰まである綺麗な巻き髪に、紫色の瞳を持つ美しい顔立ちの彼女は、一点を見つめたまま動かない。

 その神秘的な紫色の瞳には、光が一切入っていなかった。


 彼女は、動かない。
 喋りもしないし、表情も動かさない。
 何を話しても、反応など決してしない。

 ただ息をしているだけの、“人形”となった彼女が、そこにいた。


 ――彼女をそのようにさせてしまったのは、自分の所為だ。

 自分が“過ち”を犯してしまったから、この国の守護神が怒り、彼女に『呪い』を掛けた。


 ……彼女の……実の妹と、自分は――


「……すまない、ロア。すまない――」


 リオーシュの唇が震え、その黄金色の瞳から涙が零れ落ちる。
 彼は、エウロペアの部屋を訪れる度、こうして涙し、後悔し、懺悔をする。



 けれど、五感を失い、感情と思考を失くし“人形”になってしまった彼女には、彼の後悔と懺悔は届かない――



「……ロア。君の友達に、友達を連れてきたんだ。あの子に友達を作ってあげなきゃ、と言っていただろう? 私も君を真似て縫ってみたんだが……やはり、君みたいに上手く出来なかった。それでも、独りよりは……いいだろう?」


 リオーシュは手に持っていた、猫か犬か分からない歪なぬいぐるみをエウロペアに見せると、恥ずかしそうに小さく笑った。
 そして立ち上がると、ベッドの脇に置いてある棚に近付く。
 その棚の上には、水色の髪の可愛らしい女の子の人形が、ちょこんと座って笑顔でリオーシュを見ていた。

 この人形は、エウロペアが作ったものだ。硝子玉の紫の瞳は彼女の瞳、毛糸の水色の髪はリオーシュの髪の色で。


『私達の子供を想像して作ってみたの。名前は……私達の頭文字を取ってリーエちゃんはどう? ふふっ、安直かしら?』


 と、はにかんだ笑顔を浮かべたエウロペアがとても愛しくて、可愛くて。
 思わず彼女を強く長く抱きしめてしまって、彼女を窒息させるところだった。

 リオーシュはその事を思い出して顔を綻ばせると、人形の隣に、上手とは到底言えない、自分が縫った薄紫色のぬいぐるみを置いた。


「一応、猫なんだが……全く可愛くないな……。君が猫が好きだと言っていたから、頑張って作ってはみたんだが……はは、笑ってやってくれ」


 リオーシュは隈が出来ている目を細めて苦笑すると、エウロペアに視線を戻した。


「……公務に行ってくる。君は、ゆっくりと休んでいてくれ……ロア」


 リオーシュはエウロペアの頭を撫で、グッと唇を噛み締めた後、踵を返すと静かに部屋を出て行った。
 動かないエウロペアの傍で、彼女が作った女の子の人形が、代わりに笑顔で彼を見送る。

 不意に人形がグラリと傾き、隣のぬいぐるみにコテンと寄り掛かった。



 その寄り添い合う光景は、もう戻る事の出来ない、エウロペアがこうなる前の二人の夫婦の姿のようだった――




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